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ダブルデート……?

「わぁ先輩!海が見えてきましたよ!きれいですね」

 隣の座席に座っていた後輩、綾辻志保のいつもより少し高い興奮した声で、ハッと我に返った。

「え?何々?何か言った」

目を輝かせて窓の外を見ていた彼女はあたしの方を向き、嬉しそうに声を弾ませて言う。

「あの、ほら海が見えてきました!」

「わっ、本当だ、海だ!大きいねえ」

志保の声につられて車窓を見ると、いつの間にかあたしたちの乗っている電車は海沿いを走っていた。南国の海のような明るいエメラルドグリーンではないが、夏の太陽を反射してあざやかな青色が見渡す限りどこまでも続いている。四方を見渡しても遠くに山しか見えないあたしたちの町に比べてずいぶんと開放的に思えた。

「あ、私ったら一人ではしゃいじゃってすみません…。私たちの住んでいる場所って海がないからその、楽しくなっちゃいまして」

「いいよいいよ。あたしもおんなじこと思ったから。あたしたちには海ってやっぱり遠い場所な感じがするからね。実際、見れてよかったって思うよ!」

「今日は先輩と来れて嬉しいです!…あの先輩、何か悩みごとでもあるんですか?朝からなんかぼーっとしているっていうか……」

海を見ながらまた少しぼんやりとしていたあたしを、志保はどうしたのかと心配する。あたしは何でもないよと手を振って、隣に座った一年歳下の女の子に笑顔を向けた。

「ごめんね。ちょっと考え事。いつも大人っぽい志保ちゃんでもこんな風に可愛くはしゃぐこともあるんだなーって」

「も、もう先輩は。ズルいですよ」

志保はいやいやと右手を振って恥じらった後、また海の方を眺める。あたしもそれに合わせて海を見て、しばし二人の間に無言の時間が流れた。その無言の間に、あたしと志保の会話に入り込んでくる人が二人。

「ひゅぅ。俺たち抜きで二人の世界に入っちゃうなんて熱いねー、お二人さん」

「やっぱり仲良いよね二人とも。…ところで志保ちゃんは休みの日は友達とよく遊びに行くって言ってたけど、水族館にも行ったりするの?」

妹の秋穂と男子バスケ部部長の杉本だ。志保は冷やかす杉本に冷たい一瞥をくれた後に、ぱっと表情を変えてから秋穂の方を見て、

「水族館はあまり行かないですね。結構遠いですし。秋穂先輩は水族館って行かないんですか?」

「うん。私は子供の頃はあまり家から出なくって、こうして休日に人と遊びに行くこともあんまりないんだ」

「おーい…」

「そうなんですか」

「おーい、志保さん?無視されると俺は悲しいんだけど」

「バカな杉本さんは勝手に悲しんでいればいいんです。あー失敗しました。こんなことなら付いて行くって言った時に迷わずダメって言っていれば」

「わ、悪かったって。ごめん。ごめんなさい。もう言いませんからっ!」

「あはは、志保ちゃんと杉本くんは仲が良いんだね」

「ただの腐れ縁ですよ」

 あたし、志保、妹、杉本の四人はその順番で座って電車に揺られていた。7月半ばの日曜日の昼過ぎに、いつもとは反対方向の電車に乗って仲良く水族館へと向かっている。あたしはどうしてこの四人で出かけることになったのかを思い出していた。


「今度の土曜日か日曜日に水族館に行きませんか?」

 三人で帰ったあの日、志保は妹にそう言っていたらしい。なんでも通常の半額で入園できる日らしく、夏だしぜひ行きたいとのことだった。あたしは心ここにあらずで、二人が何を話していたのかは家に帰って秋穂に教えてもらうまで知らなかった。

「みっちゃんは行くの?」

帰宅後、二人の部屋で改めて志保の誘いの話を教えてくれた後、秋穂は行くのかどうかを聞いてきた。

「あたしはー、そうだな。日曜日は練習もないし、特に予定もないし。行こうかなって思ってるけど」

「そっか」

「アキちゃんは?行く…のかな?」

水族館と言うと人が多い場所と言うイメージがある。入園料が割引される休日は更に人が集まりやすいだろう。彼女が人混みを身体的にも性格的にも苦手としていることを良く知っていたので、心配の色を含んで聞いてみた。

「また私の心配だ」

「ごめん…」

あたしの心配はただのお節介だったようで、機嫌を損ねてしまった。こうなってしまったら、怒ってアキちゃんは水族館には来ないかな?あきらめに似た感情で秋穂の返事を待っていると、

「私も行く」

あれ?

「私も二人と行くから」

「あ…うん。分かったよ。それじゃ日曜日は水族館だね」

それ以上何も言わない妹に押されて、あたしには妹が何を思っているのかよく分からないまま、休日の予定が三人で水族館に行くことに決まった。

 三人が四人に増えたのはその次の日の放課後の練習後だった。妹と共に日曜日に水族館に行きたい旨を伝えると志保は大層喜んだ。

「二人とも来てくれるんですか。嬉しいです!あの、私の方でももう一人、一緒に行きたいという人がいるんですけど」

そう言って志保が連れてきたのは困ったような顔をした、杉本だった。男子の方は既に練習を終え、今まさに帰ろうとしていたところを志保に連れてこられたようだ。

「えーと、なんでこいつが?杉本と一緒に行くってどんな罰ゲームだし」

「それはこっちのセリフだ!なあ志保、俺は秋…」

「わーわー!私が週末に秋穂先輩たちと水族館に行くかもしれないって言ったら俺も行くって言われて。駄目でしたかね?」

杉本の言葉を途中で遮って、志保は大声を出した。そういえば志保と杉本は家が近所で子供の頃から兄妹のように育った、いわゆる幼馴染だと聞いていた。普段あまり二人が一緒にいるところを見ないが、話をするってことはあたしが見ていなかっただけで仲が良いのだろう。

「まあ志保ちゃんがいいなら反対はしないけど。アキちゃんはいいの?」

「…うん」

犬猿の仲である杉本と休日一緒にどこかに出かけるということで一瞬すっかり忘れていたが、秋穂にとってはかなり気まずいことではないだろうか。何と言っても回答保留中の相手なのだから。そう思ったあたしが思わずアキちゃんはどうかと聞いてみると彼女は少し考えてはいたが、案外すんなりうんと頷き、そして杉本や志保に楽しみだねなどと笑って話していた。


電車に揺られながらあたしは志保と、妹は杉本と、という風にもっぱら分かれて話をしていた。あれから秋穂とは相変わらず仲直りしていない。普通に話しはするものの、少し前の(それはあたしの一方的な思い込みだったのかもしれないが)仲の良かった時から比べると明らかに距離ができていることを感じた。普段のお互いの交友関係も違い、あまり二人で話すこともなくなったあたしたち二人の間には本当に深い溝ができてしまったように思った。

「もうすぐ着きそうですよ」

 志保の声と車内のアナウンスに促されて、杉本と秋穂、あたしと志保という順に二列になって水族館の最寄り駅に降りたった。あたしとちと同じく駅に降りた人たちは思った以上にカップルが沢山いて、少し場違いな所に来てしまったように思った。

「なんだかダブルデートみたいですね」

唐突に呟いた志保の方を振り返ると、自分で驚いたように口を押さえた志保と目が合った。

「え?」

「な、何でもないです!妄言です。忘れてください!」

忘れてと言われて忘れる訳もなく、あたしと杉本はにやっと笑ってからかった。

「そうかーダブルデートかぁ」

「じゃあ今日はあたしがエスコートしてあげないとね」

「も、もう知りません。早く来ないと置いていきますよ」

「ごめんね志保ちゃん」

ぷりぷりとした志保に秋穂が謝った。妹に睨まれて、あたしたちはからかってごめんなさい、悪かったですと謝った。それから四人で固まって人の間を抜け、ホームから階段を下りて改札へと向かう。階段や壁にはサメやエイ、マグロ、マンボウ、ペンギンと水族館の魚や鳥たちのイラストが描かれて気分を高揚させてくれた。

 駅を出て、駅前の小スペースに出ると、ふわっと潮の匂いがした。あたしたちの慣れていない海からの風が歓迎してくれているようだ。少し歩くと通行人の喧騒にも負けず、蝉の鳴き声が聴こえてくる。快晴と言ってよい、雲一つない午後2時はうだるような暑さだった。 駅前から目的地の水族館までの道のりは見事に日向しかなく、あたしは秋穂の様子をちらちらと気にしながら進んだ。途中にある十字路を左に進むと水族館入り口というが見えてきた。さらに先に進むと木々の茂る緑道に入り、にぎやかな蝉時雨の中を進んでようやく入り口に到着する。四人分のチケットを通常の半額で購入して、入り口にある階段を上ると水族館へと足を踏み入れた。

「うお!サメだ!志保ちゃん、サメが出迎えてくれたよ」

「サメって出迎えてくれるんですかね」

「さあ、どうだろ。あはは」

 水族館に入ってすぐ、まず目に飛び込んだのはサメやエイの水槽だった。頭がトンカチのように出っ張ったシュモクザメという種類のサメ。サメ映画で見るやつよりもエイリアンみたいで可愛いねと言ったら妹は少し頷いてくれたが、志保と杉本には理解できないというような顔をされてしまった。いいのだ、他人に理解されない趣味趣向もあるのだから。

 サメのお出迎えを受けた後、順路に沿って進んでいく。先に進むにつれて徐々に人が多くなってきた。ここは世界各地の魚がそれぞれ水槽を泳いでいる区画だ。歩いていると暗い部屋の人混みの中でいつの間にか他の三人とはぐれてしまった。どうせ進んでいけばいつか会えるだろう、そう思ってあまり気にせず先に進んでいくと、いよいよ進むことも困難なほどに混みあってきた。皆きれいな魚をじっくり見ていて歩みが止まっているのだ。人混みに入ることがあまりできない妹に付いて、あまり入ろうとしてこなかったあたしはわざわざ集まっている水槽を見に行く気も起きず、なるべく人の少ない展示をさっと見ながらずんずん進んでいく。途中何組ものカップルたちがフラッシュを焚いて美しい黄色や青色をした魚たちを撮影していて、長居したくなかったのだ。あたしの印象に残ったのはたまたま人が少ない合間を縫ってしばらくぼーっと眺めた大西洋の海の魚たち。その中で特に鮮やかな赤色の魚があたしの目に強く印象付いていた。名前も知らない魚たちがゆらゆらと泳ぐのを、しばし時間も忘れ、日頃の様々な悩みごとも少し忘れて眺めていた。

 世界の海コーナーをようやく一周して先に進むと、そこはこの水族館の目玉の一つである巨大なマグロの水槽だった。十何匹もの大きなマグロが巨大な水槽をぐるぐる遊泳している。マグロの回遊をしばし観覧できるように、順路を少しそれた所に休憩場所のような座って休めるスペースがあった。設置された座席にはマグロを見ているお客さんや休憩のために座っているお客さんが何人かいた。歩き回るのも少し疲れたので、水槽の端がぎりぎり見えるような人のいなかった一角に腰を下ろした。しばらくぼんやりマグロを目で追っていると隣に誰かが近づいてきて、

「あ、みっちゃん」

隣からあたしのよく知る声が聞こえてきた。そちらを向けば秋穂が隣に腰を下ろすところだった。

「アキちゃん……他の2人は?」

「太平洋のところまでは一緒にいたんだけど、はぐれちゃった」

「そっか、アキちゃんは人多かったけど大丈夫だった?」

「うん」

「そっか……」

それ以上に会話は続かない。気が利く人ならここで何か言えるのだろうが、利かないあたしはただ黙ってマグロを眺める作業へと戻った。秋穂もそれっきりなにも言わず、黙って悠々と泳ぐ魚たちを見ていた。二人の間だけでしばし無言の時間が続いた。

 しばらくして、あたしたち姉妹を見つけた志保と杉本が水槽の方に向かってきた。

「もう、先輩たちどこ行ってたんですかー!心配したんですよ」

「ごめんごめん、人多くてはぐれちゃって」

「ごめんね、志保ちゃん杉本くん。でもまた会えて良かったよ」

謝りながらあたしたちは立ち上がって、再び順路に戻って次の展示ブースへと向かう。順路は建物の外に出て、浅瀬の生き物の展示に続いていた。

「わ、まぶしい」

「急に明るいところに出ましたからね。でも展示が凝っていてすごくきれいですよ!」

「本当だ、浅瀬だ!」

あたしと志保は二人で騒ぎながら進んでいく。後ろからは妹の秋穂と杉本が何か話ながらついてきていた。あたしの方には話の内容は聞こえなかったが、親密な様子の二人の会話を聞いたら辛くなると思ったので、無理矢理元気を出して志保と話しをすることで、後ろを意識しないようにした。

「先輩!ここの生き物は触ってもいいそうですよ!」

展示スペースの真ん中でウニやイソギンチャク、ヒトデ、そして子供のサメやエイと触れ合える水槽があった。待っているという秋穂と杉本を置いて、二人列に並ぶ。順番が来て、あたしは早速サメとエイに触った。

「どれどれ。わっ、ざらざらだ」

「ウニはチクチクして気持ちいいですよ」

隣ではチクチクしたウニを触る志保。あたしたちは夢中になってしばらく海の生き物たちを触り続けた。

 順路の最後に見たのは日本近海の魚たちだ。ここまでくるといつの間にか人も減っていて、あたしたちは最初よりのんびりゆっくりと見て回った。

「日本の海ってこんなにいろんな魚がいるんだね」

「そうですね。私も知りませんでした!」

「すごい海藻だ!」

魚たちが巨大な海藻の間を泳いでいる水槽の前に立ち止まって、しばらく観察する。

「あれはジャイアントケルプっていうらしいですよ。一日に50cmも成長するとか」

「え、それはすごい成長期だね」

「なんですかそれ」

あたしの頓珍漢な感想に志保はおかしそうに笑った。

「この魚のブサ可愛い顔は好きだな」

「ハゼですね。私は、まあ好きですねこういう顔も」

志保とあたしは最後のコーナーをわいわいと興奮しながら進んでいった。

 最後の水槽を抜けると出入口へと戻る階段と、レストランやお土産物の売店があった。あたしたちはレストランの四人用の席を見つけて腰掛ける。お昼も大分過ぎた午後4時半では人の入りも少なく、折角だから何か食べて休憩しようと志保が提案したからだ。

「それじゃメニュー決まったから頼みに行きましょうか」

「そうだね、丁度今は人も少ないし」

志保と秋穂が立ち上がろうとしたので、あたしは杉本と息の合ったコンビネーションで二人を押しとどめた。

「ちょっと待った」

「女の子に行かせるわけないだろ。二人はちょっと待っていてくれよ。俺たちが持ってくるからさ」

「あ、うん。ありがと」

二人を座らせ、カウンターまで二人で歩いていく。

「珍しくナイス杉本と思ったけど。女の子に行かせるわけないんならあたしも行かなくてよかったの?」

「や、美智佳がいないと無理だ。俺一人じゃ全部は持てないし」

「うわー情けないぞ、この男。アキちゃんが聞いたら呆れるよ絶対」

「ふ、ふん。秋穂ちゃんには絶対言うなよ」

「さてどうしようかなー」

水族館に来て初めてまともに杉本としゃべった気がする。軽いノリのついでに聞いてしまえと何気ない風を装って聞いてみた。

「アキちゃんと何話していたの?」

「別に、大したことは話してないけど」

「アキちゃんに告白したんだって?」

「おま、どこでそれを」

まさかアキちゃん本人からだよ、なんて言うわけにもいかなかったから、いつかの妹を下心満載の目で見ていた男子バスケ部の一人の名前をお借りした。ごめんね、君には犠牲になってもらったよ

「返事はあったの?」

「ない。いきなり返事はできないから、少し待ってくれって言われた」

「そっか。アキちゃん杉本のこと嫌いじゃないってよ」

「マジで?なんでお前が知ってんの、まさか協力してくれんのか?」

まったく脈が無いわけでもないことを知り、彼は嬉しそうな顔をした。そんな喜んだ顔を見ると、敵に塩を送ったみたいな気持ちになり癪だったので、あたしはあえて棘のある言葉を選んだ。

「でも好きって言ってなかったし。駄目かもよ」

「うへ。ひでー。何も上げて落とすことはないだろ」

「ライバルだからね」

「は?」

「可愛い妹をお前に渡すわけにはいかんのだ!」

おどけてファイティングポーズをとるあたしに対して、奴はいつにもなく真面目な顔で言った。

「や、お前はライバルじゃないだろ。ライバルにはなれないだろ?」

「え?」

「俺は自分の気持ちをあの子に伝えたんだ。ただの双子の姉とは土俵が違うだろ」

「それは…」

双子の姉と言うだけのあたしじゃ相手にならない。はっきりと言われた言葉が胸に突き刺さった。今まで姉妹であるということが彼女と誰よりも近いのだと思っていた。しかし彼女のことを何も知らないと気付いてしまった上、姉妹という関係では妹とどんなに近づこうとしても一番にはなれないということに気付いてしまったのだ。

「ありがとうございます。…先輩?どうしたんですか」

「あ、ううん。なんでもない。二人ともお待たせね」

あたしは胸の中深くに入り込んだ敗北感を抱いたまま持ってきたかき氷を志保の前に置く。あたし自身の頼んだアイススムージーに口をつけながら、同じものを頼んだ秋穂を見つめた。今までは同じものを頼んだというだけで嬉しい気持ちだったが、今のあたしにはなぜそれだけのことがなんで嬉しいのかも分からなかった。

 しばらく休憩して、お土産を見て回り、水族館を出たのは5時を大分過ぎてからだった。相変わずセミの鳴き声は昼間と変わらず賑やかであったが、さすがの夏の太陽もようやく傾き始め、空は次第にオレンジ色に染まっていた。

「帰る前にもう一つ行きたいところがあるんです」

そう言って、志保があたしたち三人を引き連れてやってきたのは、行きの電車でも見えた、水族館に併設された公園にある巨大な観覧車だ。夜にはイルミネーションできれいに輝くようだが、まだ夕方で明るいためまだ美しいイルミネーションは灯されていない。国内でも最大規模の観覧車は水族館のチケットを見せれば少し割引してくれるようだ。折角だから乗って行こうとチケットを買って並んだ。

「四人じゃ狭いし、二人・二人で乗ろうぜ」

「そうですね、それじゃ『グッとパー』で決めましょう!」

じゃんけんで分かれた結果、

「先輩…、その、よろしくお願いします」

「うん。よろしくね」

志保と一緒に乗ることになった。あたしは少し残念な気持ちを抑え、先に並んだ妹と杉本に向けて釘を刺した。

「杉本、アキちゃんに変な事したら承知しないからね」

「しねーよ!」

「アキちゃん、男はみんなオオカミなんだから。気を付けてね」

あたしの声は耳に入らなかったのか、もしくは聞いていて無視をしたのか、彼女はこちらを振り向かなかった。二人の乗ったゴンドラが地上から離れていく。

「それじゃ、あたしたちも行こっか」

「は、はい!」

あたしも志保の手を引いて二つ後のゴンドラへと乗り込んだ。二人で向かい合わせに座ってしばらく、上っていく風景を首を左右に回しながら眺めていた。ゴンドラが4分の1の所にまでくると海が見えた。

「夕焼けの海、すごくきれいだね」

「そうですね」

夕陽は海とは反対側にあるから海の中に入っていく日の入りは見れなかったが、反射してオレンジ色に輝いた海が泣きたいほどにきれいだった。

「あ、あれってもしかして富士山?こんなところから見えるんだ!」

美しい景色に興奮して窓の外を張り付くようにして見ていた。しばらく一人ではしゃいでいたが、志保からの反応がないことを不思議に思って志保の方を向いた。

「志保ちゃん急に黙ってどうしたの。志保ちゃ…」

 あたしの向かい側に志保はいなかった。いつのまにか彼女は隣に座っていた。

「先輩…」

志保はそのままあたしの肩にもたれかかってきた。あたしの顔に志保の長い黒髪がかかり、志保の匂いで満ちていく。

「…志保ちゃんえーと、どうしたのかな?」

「私、先輩のこと好きなんです」

「え?」

突然の告白に、あたしは間抜けな返事をしてしまった。

「初めて先輩が声をかけてくれた時から、ずっと先輩のことが好きなんです」

「……」

「女同士なのに気持ち悪いですよね。隠しておかなきゃいけないと思ったのに、先輩と二人になって急に言わなくちゃいけないような気持ちになって。…ほんと、何言ってるんだろ私」

志保の声に若干の涙声が混じってきた。意を決していったということが分かるだけに、あたしのことを想って涙を流している姿に心が痛んだ。あたしは無言で彼女の肩を抱いた。

「私、最近考えるんです。あと一年たったら先輩卒業しちゃうって。そう思ったら胸が痛くなって…」

「志保ちゃん、ありがとね…。こんなあたしをそんなに想ってくれて。女の子同士だから気持ち悪いなんて思わないよ。誰かを好きになれるなんて、あたしはすごく素敵だと思う」

「先輩…」

 あたしは志保と向かい合わせになって、彼女の頭をなでる。夕焼けに染まったゴンドラの中でも彼女の目が真っ赤に染まっていることがはっきりと分かるほど彼女は涙をこぼしていた。

「人を好きになるってよく分からないけど。いいよ、志保ちゃんなら。あたしたち付き合おうか?」

「……」

そう提案すると、先ほどとは違う顔をして志保はあたしを見つめた。やがて涙をぬぐうとにっこりと笑って言った。

「すごく嬉しい言葉ですけど」

「?」

「やめときます」

「え?」

「先輩っていつも誰かのために何かしてくれますよね。優しいけど先輩はすごい嘘つきだと思います」

「嘘つき、か…」

「知ってるんですよ。先輩は自分の本当の気持ちを隠しているってこと。私たちの前でいろいろ隠さないでください。嫌なら嫌って言ってください。面倒くさいって言ってください。なんでもかんでも誰かのため、秋穂先輩のためって、それじゃ先輩自身が機械みたいじゃないですか!」

 秋穂の名前を出した時に、ひゅっと息を吸ってしまったのはあたしと志保のどちらだったのだろうか。一つ年下の少女には全てを見透かされていた。秋穂の心を機械扱いして、本当に心が機械になってしまっていたのはあたしだったのかもしれない。

「私はでも、そんな先輩のことが好きなんです。誰かのためじゃなくて自分の心で生きられるよう、絶対私のことを惚れさせてみせます。だからさっきの先輩の言葉は聞かなかったことにさせてください」

 観覧車から出た志保は憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情をしていた。帰りの電車に乗っている間も楽しそうに笑い、最後に「先輩愛しています」と言って降りて行った。秋穂はびっくりしたような顔をしてあたしたちを見比べる。

 あたしにはみんなの言う、愛するという気持ちが分からない。誰かを想う、いつの間にか分からなくなっていたその気持ちを必死に思い出そうとして、結局できなかった。

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