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厄日だよ

妹の心臓にはペースメーカーが埋め込まれている。それはあたしの罪の証で…。


 ベシッ

「痛ぁっ!?」

後頭部の突然の衝撃にあたしは思わず飛び上がった。口元を拭いながら寝ぼけ眼で周りを見渡すと呆れたような冷ややかな視線が何本も突き刺さる。

「授業中に居眠りとはいいご身分だなぁ、仲川美智佳」

「げ、先生。こ、これはえーと…」

目の前で腕を組んでいたのは数学の伊藤先生、あたしたち二年生の生活指導の男の先生で、…たぶんこの学校で一二位を争う怖い先生だ。先生は別に厳しいわけじゃない、それにも関わらず彼の前では斜に構えてる生徒も従順になる。今の説明を疑っている人は今すぐあたしと場所を代わってみて欲しい。だってほら、ニコニコしているのに目が全然笑っていないんだもの。

「一応言い訳を聞いといてやろうか?」

「それはそのぅ、納得できる理由があれば許していただけるということでしょうか」

心なしか声が震える。今すぐその目を鋭くするのをやめていただきたい。あたしがいるのは裁判所か、尋問されているのかと錯覚した。

「居眠り常習犯のお前が俺を納得させる?ふむ、とりあえず聞こうか」

発言を促す先生。親切で聞いてくれているはずなのに、あたしには粗を見つけて更に首を絞めにかかってきているように感じられるのは気のせいだろうか。

「えーとそのですね。最近あたし、悩みごとがありまして」

「ふむ」

「そのー」

「眠くなったと?」

「はい、あ…いえ違うんです。あ、まず前提としてあたし昔から抱え込んだら辛くなっちゃうタイプで」

「そうかそうか、お前の言い分はよーく分かった」

大げさなまでの納得した素振りにあたしは一瞬安心して、間抜けに笑いながら席に座る。そんなあたしのにへらっとした顔に先生は凶悪なという表現のよく似合う笑顔を返しながら、

「反省文5枚な」

「え?」

「宿題は今日の演習問題の残りだけのはずだったけど、お前どうせ終わってんだろう?お前だけ次回までの宿題な」

「そ、そんなちょっと待ってください!あたしはちゃんと先生を納得してもらえるように順序立てて…」

「はあ?!」

「ひぃ!?」

先生は動物園の平和ボケした猛獣たちがしっぽを巻いて逃げ出すような顔をしてあたしを見つめている。対するあたしは蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなんだーと冷や汗をだらだら流しながら頭の中で考えていた。

「あと放課後職員室な」

「え、」

「返事は?」

「はいッ!行かせていただきます!!」

「よろしい、じゃあ授業開始するぞー」

 何事もなく授業を再開する伊藤先生と、適度に(あたしを)笑ってまた気を引き締める生徒たち。悔しいことにこの先生、授業のメリハリがめちゃくちゃうまいのである。毎回ダシにされているあたしや不良君たちは納得できていないのだが。

「というか先生、体罰御法度の時代によく平気であたしや不良君たちをぽかすか叩けますね。あたし、これでも花の女子高生のはずなんだけど」

しまった、つい口に出して言ってしまった。それと同時に後ろの席でブフッというくぐもった音が聞こえてきた。音の方角的に不良の一人の山口君だ。彼は最初の授業で脅、…注意されてからこの授業だけは真面目に受けているのだ。

「そりゃ、お前のことは三年間しっかり面倒見るって決めたしな」

いつにも増して感動的な言葉にあたしは目頭を熱くした。先生、そんなにあたしたちのことを思ってくれて…

「まあお前のことは女子高生とは思ってないけどな」

前言撤回。あの男、いつか絶対訴えてやる。

「とりあえずこの話はここで終わりだ。授業戻るぞー。仲川美智佳は反省文10枚だからなー」

「増えてませんか!?」

「はっはっはー」

先生、あたしは別に先生のこと嫌いではないのです。むしろ先生の数学の授業は他の人のものより退屈している時間が少ないから楽しいと思っているし。次第に日が長くなったがそれでも4時を回った夕方の空は夏とはまだ言えなくて、教室に入ってくるオレンジ色の夕日がやけに目に染みた。ぐすん

 放課後職員室にて改めて脅された。はいすみません、もう二度と居眠りはしないのでそんな目で睨むはやめてください。本当に申し訳ございませんでした。あたしの15分にも及ぶ誠心誠意の謝罪の甲斐あって反省文15枚を書いてくることで、今回の粗相は水に流してくれるそうだ。…伊藤先生め。

 職員室から戻るともう大半の生徒は帰って、いつもより広々とした教室はオレンジ色に染まっていたが、同じ部活でクラスメイトの斯波奏は残ってくれていた。

「あ、美智佳おかえりー。伊藤先生に絞られてきた?」

「うわーん。奏ちゃん私を慰めてくれー!」

あたしが彼女のほっそりとした体を抱きしめようとすると、素早い身のこなしで躱して自分の荷物を持った。

「ほら、美智佳のせいで遅れるよ。早く行こ?」

慰めてくれる味方のいないことを知ったあたしはまた泣き真似をして、二人で体育館へと向かう。せめて体育館に行ったら精一杯慰めてもらうのだ。


「センター空いてる」「リバウンド!!」「試合考えて!練習にならないよ!」

 体育館の半面を使って、私の所属する女子バスケットボール部はもうアップを終え試合形式の練習に入っている。市内予選を突破し最後の県大会を控えているため三年生の先輩を中心に練習にも今まで熱が入っていた。

「あ、お姉ちゃんと斯波さん、こんにちは。今日は遅かったね?」

体育館脇の女子更衣室に入ろうとドアノブに手を掛けるあたしに、後ろから聞きなれた優しい声がかけられた。

「やあ秋穂、こいつがまた伊藤先生に喧嘩売ってさー。待ってたら遅くなっちゃった」

「う、売ってないやい。つい眠くなって」

またなのと少し呆れてからくすっと笑った双子の妹はあたしたちと違うクラスだが、同じく女子バスケ部に所属している。

「うわーんアキちゃん、傷心のお姉ちゃんを慰めてー」

「もう、よしよしお姉ちゃん。お姉ちゃん数学得意なのに、なんでそんなに怒られちゃうのかな?」

「ううっ、あの先生、絶対あたしを目の敵にしてるんだよ!だって(私が悪いとはいえ)あの目!生徒に向けるものじゃないもん!」

妹の腰に腕を回し、彼女のお腹辺りに顔をうずめて泣きごとを言うあたしとそんな姉の頭を控えめに撫でてくれる妹。二人の姿を呆れるように見ていた奏は思い出したように言った。

「そういえば秋穂、こんなところで油売ってて大丈夫なの?」

「あ、そうだった。私、スポーツドリンクの粉とか切れてたから持ってくるところだったの。ごめんねお姉ちゃん。それじゃ」

そっとあたしから手を離して秋穂は部室へと向かって行った。妹は運動があまりできないので、女子バスケ部のマネージャーをやっている。今日も何か雑用を任されていたのだろう。ゆっくりと歩いていく秋穂の後姿をぼんやり眺めていると、急かされるように更衣室へと押し込まれた。

「よーしアキちゃん成分も確保したし、今日も頑張ろう!」

「はいはい」

 練習着に着替えてから体育館に入って奏と二人でささっとアップを済ませる。県大会は来週末ということもありメンバー中心の練習だ。私も奏も一応控えの選手として選ばれているので途中からだが実践練習に参加した。

 秋穂はしばらくしてからようやく体育館に戻ってきた。なぜか重たそうな段ボール箱を男子バスケ部員と共に運んでいる。妹の向かい側で段ボール箱を支える爽やかなあいつは男子バスケ部のキャプテンだ。男子バスケ部にはマネージャーがいないため、女子の方のマネージャーである秋穂がヘルプに回されることもなくはない。しかしただヘルプのためだけではないのだろう。その証拠にさっきから男子部員たちはちらちらと自分たちの練習場所に来ている秋穂を下心いっぱいの目で見ていた。

「秋穂さん、ほんと可愛いよな。付き合ってる人いるのかな」

「お前聞いて来いよ。…ってうわ、ミチカのやつがめっちゃ睨んでる」

あたしは練習しながらデレデレしている不届き者たちを精一杯威嚇してやった。そして少しだけコートから目を離した。それがいけなかった。「美智佳!」という声と共に飛んできたボールは思ったよりも強烈で、頬を思いっきり殴られて目の前にチカチカと星が見えた。今日はなんて厄日なんだとひっくり返りながら思った。でもその時見た、びっくりして口を大きく丸くした妹の顔は地獄で見る天使のようだと思った。

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