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暁の向こう 作者:冥龍帝

~第1章 希望の場所~

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多数の不平等。唯一の平等。



 人間とは数多くの不平等と唯一の平等を併せ持つ生物である。

 性別、人種、髪色、身長、顔立ち、身体つき、筋力、頭脳、能力、才能、このような具合に人間は各個人がそれぞれ独立した要素を持っている。双子などであれば容姿は瓜二つになることもあるが、それでもその2人は『全く同じ存在』という訳ではない。容姿以外のものが異なるからだ。無論、容姿も完全に同じであるという訳ではないのは言うまでも無い。
  生まれた時から容姿が異なり、能力が異なり、環境や境遇が異なる。数多くの生物の中でもこれほどの差異を有しているのは人間ぐらいだろう。そして人間はその違いを『不平等』と呼ぶのだ。
 それは多くの場合、人間が後ろ向きな感情を抱いた場合に叫ばれる言葉だ。優秀な個体として生まれ育った人間を羨みあるいは妬んで、そうした無念と無力の感情の象徴なのである。
 不平等は決して消えはしない。人間が、いや生物が存在している限りは不平等もまた存在し続ける。しかし裏を返せばそれは


 ――――生命が終われば不平等(・・・・・・・・・・)も存在しなくなる(・・・・・・・・)ということだ。


 この世界にあるただ1つの絶対的な『平等』。どのような不平等を抱えていようともそれは逃れることの出来ない絶対の運命、それは『死』と呼ばれる。
 遠い将来かもしれない。1年後かもしれない。明日の話かもしれない。今すぐかもしれない。いつやって来るのか分からない、それが死だ。
 一度は考えたことがあるのではないだろうか。死とはどういうものか。人は死ぬとどうなるのか。当然、その答えを知る者は居ない。死ねば何も出来ないからだ。話すことも聞くことも嗅ぐことも見ることも触ることも、何もかも出来ないのである。
 「永遠の眠りに就く」「天に召される」という風に表現される場合もある。このような響きであれば、死とは美しいものであり安堵して迎えることが出来るようにも思われる。
 しかし現実は違う。死とは非情、残忍、理不尽の集約されたものだ。いつ訪れるのかすら分からない。誰もがいつかは死ぬということを分かっていても、それを日常生活の中で実感することなど皆無だろう。
 さらに死は、死を与えられた当人以外にも想像を絶する痛みを与える。悲しみという決して消えない傷を残していく。死んでしまった者は悲しむことすら出来ないが、その者と親交のあった者達に時として死をも凌駕する苦しみを負わせる。一生埋めようの無い喪失感と悲壮を与え続けることもあるのだ。
 仮に死神が居るとして、一体その存在は人々に『死』を与えるのをどのように考えているのだろうか。単純に死を与える以外にも、悲しみ涙する者達の苦しみを見て愉悦に浸っているのか。あるいは手を叩いて大笑いしているのか。何にせよそれを知ることは人間には不可能であった。死とは誰にでも訪れるもの。それは絶対であり残酷過ぎる程の平等性を保っている。







 だが不可避の死から逃れ得た者が居たとして。その者は果たして――――人間として扱われる(・・・・・・・・・)ことはあるのだろうか。








 
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