七話
職員に呼ばれた俺とメアは、特別窓口へと移動した。
ガストン効果のおかげか、ついてきた野次馬はほとんどいなかった。
『頭喰らいの悪鬼』の換金は、特に問題なく進んだ。
討伐報酬に加え、冒険者支援所の方で加工してもらった毛皮をそのまま施設の方で売ってもらうことにしたため、その分が報酬金に足された。
「ではこちらが報酬金ですので、ご確認ください」
受付嬢が言い、貨幣のぎっしり詰まった重量感のある小袋を俺へと渡した。
俺は興奮を押さえながら小袋を受け取った。
重みに負けて身体が傾きそうになる。
重い、普通に重い。
俺はそっとカウンター手前に小袋を置き、メアに目配せした。
「私はここに務めてそれなりに長いですが、一回の報酬でこれだけ渡したのはかなり久し振りです」
受付嬢はにこにこと笑っていた。
この街の近くには、ダンジョンなどの危険な場所がない。
そういったものの換金を行うのは自然と別の支部になるため、さほど高い報酬金を出す機会も少ないのだろう。
「貴方達のこれからの活躍に、期待していますね!」
力強くそう応援された。
期待を裏切るようで悪いが、これから活躍するのはガストンである。
彼の今後に期待してほしい。
「うわぁ、凄い重い! メア、こんなにいっぱいお金を持ったのは初めての経験です!」
メアが嬉しそうに小袋を持ち上げる。
微笑ましい様子ではあるが、無理して世界樹買わなきゃあの倍以上の額があったはずなんだよな……。
しかしなんにせよ、一文無しから一気に逆転である。
あまり派手に暮らさなければ、しばらく生活に困ることはなさそうだ。
一回の狩りでここまで儲かるとは思っていなかった。
『頭喰らいの悪鬼』は発見例の少ない変異種であるため割高であり、他の魔獣ではこうもいかないのだろうが、それでも幸先がいいことには違いない。
メアへの借金だってその内返せてしまいそうだし、お金が溜まれば魔法具やらキメラ、ゴーレムだって作りたい放題になる。
これからはガンガン狩りに行こう。
ロマーヌの街で買った魔法具に関する本を読んでいると、俺の前世知識とこの世界にある物質を掛け合わせて作れそうなものがいっぱい浮かんでくる。
空中に画面を表示させる魔術は幼少時に開発しているので、あの要領でスペースをまったく取らずに大きな画面表示を行える高性能携帯電話を作れそうだ。
魔力を変質させて遠くにいる仲間を呼ぶ魔獣の話を聞いたこともある。
要するにそれは、魔力を電波のように扱うことができるということだ。
ぜひ捕まえて解剖したい。
金さえ溜まれば、携帯電話の開発に着手できる。
元の世界ではあれだけ広まっていたのだから、こっちの世界でもさぞ売れることだろう。
成功すれば世界一の大金持ちも夢ではない。
そこら辺に携帯電話を持ったローブの男がうろつき、「今あの国どんな感じ?」「ちょっとググるわ」みたいな会話が横行するのだ。
狩りの休憩時にアプリのゲームを開く獣人も現れるだろう。
世界観がヤバイことになりそうだ。
考えただけでワクワクする。
『頭喰らいの悪鬼』の換金が終わってから施設の出口へと移動したが、嫉妬や勘繰りの声はほとんどなかった。
俺を見てぼそぼそと噂話を始める連中はいたが、すぐに話を中断させていた。
明日にはもう噂自体なくなっていそうな勢いである。
ガストンパワーは偉大であった。
「やっぱり協力してもらって良かったな」
俺が言うと、メアは少し顔を顰める。
「なんだかでも、いつかとんでもない形で破綻しそうな気がするんですけど……大丈夫ですかね」
「そのときはさっと手を引けば大丈夫だろ。致命的な証拠は出てこないだろうから、別の街に移動してまた冒険者業を再開すればいい」
ガストンの功績を代わりに積み上げるというのは、不格好なツミキのようなものである。
ずっと成功し続けるなんてことは考えられない。
そして高くなればなるほど、倒れたときの衝撃は大きくなる。
ガストンタワーの倒壊に巻き込まれないよう、多少の注意は確かに必要だろう。
「アベルって結構腹黒ですね……」
「俺も生活に必死だからな」
お金はほしいが、下手に目立ちたくはない。
面倒ごとに巻き込まれそうだし、マーレン族の連中が俺を捜しに来ないとも限らない。
悪いがガストンのことを考えてやれるほどの余裕は俺にはない。
冒険者支援所を出てからは商店街を回った。
お金に余裕ができたため、メア用に解体ナイフと磨ぎ石を購入し、世界樹ナイフの刃もちょっといい物に交換してみた。
次の狩りのために干し果実やら干し肉やらも揃えた。
捕らえた獲物が人目につきにくいよう、布も多めに買っておいた。
他の者の目につけば、それだけ不正発覚が早まる。
それからメアが扱ってみたいと言ったため、初心者用の弓と矢を買ってみた。
「別に弓の経験とかはまったくありませんけど、なんとなくなんとかなる気がします!」
まるでテスト前の学生のようなことを言っているが……本人も安物でいいと言ったため大した出費でもなかった。
むしろ安物を見つけたので扱ってみたいと言い出した節さえある。
なので弓が役に立たなくても痛手にはならない。
ただ安かった分、木の状態も糸の質もあまりよろしくなさそうだ。
使えないことはなさそうだが、マーレン族の弓の方がずっといい。
三日坊主になることも考えられるので、今はこれでいいのかもしれないが。
「アベルの魔術が届かない、遠くの遠くの獲物をズババババーと仕留めてみせますからね!」
俺は視界より広範囲に魔術をぶっ放す自信があるが、ぜひ頑張ってほしいところだ。
「これでメアも、アベルの役に立ってみせます! よろしくお願いしますね、シューティングワイバーン!」
「……ひょっとしてそれ、弓の名前なのか?」
木の弓にシューティングワイバーンって……全世界中のワイバーンが怒るぞ。
いや、俺もネーミングセンスに関しては人のこと言えないけども。
「そのシューティングワイバーン、とりあえず弦換えてささくれ削って塗装し直した方が良くないか? 木くずが指に入って危ないぞ」
なんなら素材を買って俺が一から作った方がいいかもしれない。
実際、俺はマーレン族の集落で弓を作ったことがある。
メアが本当に弓を使い熟せそうであれば、今度時間と金を掛けて本格的な奴を作ってやろう。
しかし普段の言動からメアも何か特技が欲しいのはわかるが、手を広げ過ぎて器用貧乏にならないかどうかちょっと不安だ。




