十話 ゼシュム遺跡①
俺とメアは魔獣の狩り場について話し合っていた。
やっぱり森がいいんじゃないかと意見が纏まりかけたとき、隣のテーブルから怒声が聞こえてきた。
俺は声の方へと目を向ける。
「だから、ここが狙い目なんだと、何度も言っているじゃないか! どうしてリーダーの僕の言うことが聞けないんだ!」
ドンとテーブルを叩き、金髪の男が立ち上がる。
革の鎧を身に纏っている。歳は俺やメアと変わりなさそうだ。
どうやら狩り場の選定で揉めているらしい。
目的地を決める参考になるかもしれない。
ちょっと様子を見ておこう。
「僕は、準E級冒険者様だぞ! キミ達はいくつだ? 二人ともF級だろうが! 黙って僕についてくればいいんだよ! それができなきゃ、去れっ! 去れぇっ! 二度と僕の前に出て来るんじゃない!」
金髪の前に座っているのは、二人の男女だ。
三人とも、似たような鎧を身につけている。
細部は違うが、素材が同じだ。
彼らがF級で、金髪が準E級なのか。
五十歩百歩に思えるのだが、そんなに違うのだろうか。
男の方が立ち上がり、頭を下げる。
それを見た金髪は腕を組み、小さく首を振った。
「はっ! 最初っから、そうしてれば良かったんだよ。まぁ、わかればいいのさ、わかれば」
「悪い、マイゼン。パーティー、抜けさせてもらうわ」
「え、お、おい。……は?」
「前々から……思ってたんだ。マイゼンは、俺とは考えていることが違い過ぎるって……」
「お、落ち着けよ。わかった、僕も言い過ぎたような気がしないでもなくはない。謝る、謝るから、ね? はい、今謝った! じゃあ話を仕切り直そうか。やっぱり、僕の準E級冒険者としての勘は、こっちの方が……」
女の方も、勢いよく席を立った。
「ティーダが抜けるなら、私も抜ける!」
「ちょ、ちょっとぉっ! す、座ろう? 一旦座ろう? 僕も座るから、皆座ろう。ほら、わかった、皆同時に座ろう。僕が三秒数えるから。裏切りはなしだよ。はい、いーち! にーい!」
「リーシャ、お前まで抜けなくても……」
「ううん。私、ティーダのことがずっと好きだったの! ついていかせてくださいっ!」
「リーシャ……」
「ちょ、ちょっと、一旦二人とも落ち着こう。今、そういう流れじゃなかっただろう?」
「リーシャ、俺も好きだ!」「ティーダ!」
金髪を置き去りに、二人は熱い抱擁を交わした。
そのまま手を繋ぎ、歩き出した。
「ね、ねぇ、ちょ、ちょっと! ぼ、僕も二人のこと好きだよ、なんちゃって……ちょっと……ねぇってば! 僕のこと、忘れてない? ねぇ、ねぇって……」
金髪は二人の背に手を伸ばすが、二人の姿が見えなくなるとがっくりとその場に崩れ落ちた。
床に四肢をつけ、「なんでだよう……」と涙を零していた。
……狩り場を決める参考になるかと思ったが、そんなことはなかったな。
三人のやり取りを見ていた他の人達は、気まずげにさっと目を逸らしていく。
俺も少し遅れながらも、慌てて目を背けた。
「いいなぁメア、ああいうの憧れるなぁ。あの二人、幸せになれるといいですね」
メアだけは頬を赤らめながら、さっきの二人組が去って行った方向へと顔を向けていた。
注目するべきはそっちではないと思うぞ。
俺は机の端に手を掛け、少し左へと動かした。
それからさりげなく椅子を擦り、金髪の机から距離を取る。
「メア、あんまり見ない方がいいぞ。とっととここを出よう」
俺は声を潜め、メアに言う。
「ちょっと、ちょっと、そこの人達……さっき、どこへ狩りに行くか、悩んではいなかったかい? お金がないから困っているだとか、そんな話が聞こえたように思うんだけど」
唐突に、さっきの金髪から声を掛けられた。
俺は咄嗟に杖を構えた。
金髪の目にすでに涙はなく、厭味ったらしい笑顔が張りついていた。
金髪は俺の杖を見ると、キザったらしく首を動かす。
「へぇ、キミ、魔術師なんだね。いやぁ、魔術師の仲間が欲しかったんだよ」
「…………」
「僕もパーティーリーダーを務めていたんだけど、たった今役立たずを追い出したばかりでね。キミ達、良かったら僕とパーティーを組まないかい?」
ひょっとしてこの金髪、さっきまでの騒ぎが周囲に聞かれていないとでも思っているのか。
俺達が普通のトーンで話していた狩り場の話は盗み聞きしていた癖に。
確かに形としてはこの金髪が二人を追い出したといえなくはないかもしれないが、かなり微妙な判定だろう。
「僕の言うことを聞いてくれるのなら、移動費用くらい貸してあげたっていいよ。僕の言うことを聞いてくれるのならば、ね」
俺はメアと顔を合わせる。
普通なら飛びつきたい話だが、この人ちょっと色々とアレな気がする。
「どうする?」
「いいんじゃないですか? ここで断るのもなんだか可哀相な気がしますし……」
「まぁ、それもそうだけど……」
俺は金髪へと顔を向け直す。
「どこに行くつもりなんだ? それを聞いてから考えたいんだけど……」
「ゼシュム遺跡だよ」
「ゼシュム……ああ、本で読んだことがあったような……」
――――――――――
エルフは天空の国で暮らしており、自らの意志で降りてくることはない。
地上に存在するエルフは罪を犯して天空の国を追われた者、或いはその子孫である。
約二千年前、宗教対立により、数百という数のエルフが地に落とされた。
彼らは地上でのノークス族の迫害に対抗するために要塞を造った。
やがてノークス族から受け入れられ始めたエルフ達は要塞の機能を封じ、そこを離れた。
これが後のゼシュム遺跡である。
(引用:ベレニス・ベルモンド著作『エルフを知ろう』)
――――――――――
ノークス族というのは、一番数の多い、特徴という特徴のない種族だ。
この街にいるのもほとんどノークス族だ。
要するにゼシュム遺跡とは、作ったはいいけれど完成した頃にはいらなくなってから放置されていた要塞だ。
ゼシュム遺跡の最奥地には大きなゴーレムがあり、今でもエルフの秘宝『神の矢』を守っていると言い伝えられている。
新聞によれば悪魔はおらず、ダンジョンとしては扱われていない。
魔獣はそれなりにはいるが、そこらの森と大差はない。完全にただの遺跡である。
二千年経った今でも結界の影響が強く残っており、中の扉もほとんど開けられない。
歴史がどの程度正しいのかも怪しい。
エルフの寿命は長いが、それでも五百年だ。
四世代も前のことなど、誰も知る由がない。ほとんど風化してしまっている。
「なんでゼシュム遺跡なんかに?」
距離はそれなりにあるし、魔獣を狩るのならば森へ行った方が手っ取り早い。
「よく聞いてくれたね。僕の掴んだ情報によれば、最近結界のいくつかが解除されたらしいんだよ。ただ開けたときに遺跡内部に魔獣が入り込んで、調査が滞っているそうだ。上手く潜り込んで、お宝をかっさらってしまおうという算段さ。結界を維持するための魔石もあるはずだから、損はしないよ」
「お、おおっ! な、なんだか凄そうですよ。メア、なんだかわくわくしてきました。アベル、どうします? どうします?」
確かに聞いている限りではかなり狙い目に思える。
ただ、なぜそれが表沙汰になっていないのかが気にかかる。
今さっき断られていたことからしても、何か穴があるのではないだろうか。
「もうちょっと考えさせてほしいんだけど……」
「荷物持ちくらいの軽い気持ちで来てくれれば大丈夫さ。悩んでいる時間なんかないよ、こうしている間にも調査は進んでいるはずなんだから。キミ達が駄目なら、他を当たるよ。僕のパーティーに入りたい子はいっぱいいるだろうしね。僕は準E級冒険者様だから」
「でも俺達、もしも成果がなかったら、移動経費を返せないし……」
また借金をこさえる羽目に陥るのはごめんだ。
「安心したまえよ。僕に従うのならば、損はさせないさ。万が一にもリターンが入って来ないようなことがあれば、移動経費くらい僕が持ってあげたっていい」
「そこまで言ってくれるなら、じゃあ……」
結局最後は押し切られる形で、金髪の男、マイゼンをリーダーにゼシュム遺跡へと向かうことになった。
魔石は高価なものであればかなり値が張る。
数を効率よく集めれば一攫千金のチャンスがある。
それにもしも本当に宝が見つかれば、借金二百万Gなんてすぐに返せるだろう。
道中に先輩冒険者の話も聞けるというのも大きい。
何度もランクを呼称していたのだから、きっと準E級は相当凄いのだろう。
きっと冒険者としての心得など、参考になることを教えてくれるはずだ。




