メアの出産騒動②
俺はジゼルと共に森を走った。
先にはオーテムを進ませていく。
オーテムには怪しい魔力を感知して覚えさせ、そちらへ向かうようにしている。
このままオーテムを追っていけば、マーレン族の集落を訪れていた集団の元へと辿り着けるはずだ。
ジゼルは俺にペースを合わせて走っていたが、不安そうに俺を見る。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「その、兄様、肩をお貸ししましょうか?」
「ぜぇ……大丈夫だ……ぜぇ、最近は俺も、体力がついてきたからな」
「そうですね。私もそう思います」
ジゼルは大きく頷き、走るペースを更に落としてくれた。
オーテムは俺達を振り切ってぐんぐんと進んでいく。
このままだと見失いかねない。
「ま、待ってくれ、おい! なんであんなに急に速く……!」
「その、私達が遅くなっただけじゃ……。兄様、あのオーテム、遅らせられないのですか?」
俺は首を振った。
立ち止まり、膝に手を置く。
もう少しオーテムを遅くすればよかった。
トレーニングも兼ねてちょっと早めにしたのが間違いだった。
たまに運動したら余計な気合を入れてしまう。
「……ジゼル、悪い、少し休憩しよう」
「背負っていきましょうか?」
「それは名案……! ……いや、止めておこう」
図を想像したら、あまりにも情けなさすぎる。
木を背に少し休むことにした。
数分が経って、ぽつりとジゼルが呟いた。
「兄様、もうあのオーテムには追い付けないんじゃ……」
「……まぁ、追いついたらその場で暴れてくれるはずだから、相手がそれなりのやり手でもない限り大丈夫だろう」
俺はそう返して、森の奥へと目をやった。
丁度その時、遠くから、大木が倒れたかのような大きな音が聞こえてきた。
ジゼルがぱちりと瞬きをする。
「兄様、今のは……?」
「交戦しているみたいだな。思ったより手こずっている。急いだ方がいいかもしれない」
俺は腰を上げた。
最悪オーテム任せでいいかと考えていたが、ちょっと舐めすぎていたかもしれない。
世界樹オーテムならいざ知らず、通常オーテムだ。
相手は『刻の天秤』の魔術師、それも俺とぶつかる覚悟がある奴だ。
それなりの強者と想定しておくべきだったのだ。
「……やっぱり背負ってもらっていい?」
ジゼルは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。
「はいっ!」
ジゼルに背負われ、俺は大きな音がした方へと向かった。
ジゼルは俺を背負いながらも、さっきまでよりずっと速かった。
「…………ジゼル、強くなったな」
「兄様を追いかけて旅に出た間、大変でしたから」
ジゼルがくすりと笑う。
すぐにオーテムへと追いつくことができた。
周囲の木が薙ぎ倒されている。
地面に三人のドゥーム族が倒れていた。
ドゥーム族の大男が、オーテムの頭を掴んで地面へと叩きつけているところであった。
地面に身体を埋められたオーテムは、しばらくプルプルと震えた後、完全に動かなくなった。
大男が立ち上がり、俺を振り返る。
荒々しい濃紺色の髪をした、壮年の男だ。
俺はその人物に見覚えがあった。
「なっ、何をしてるんですか、メレゼフさん!」
メアの父親、メレゼフであった。
メレゼフは俺と目を合わせた後、俺を背負うジゼルへと目線を下ろし、それからまた目線を上げた。
「なっ、何をしているんだ貴様は!」
それから俺は負傷したドゥーム族の治療を行い、メレゼフ一派と顔を合わせて話し合いをすることにした。
「……最近マーレン族を監視していたのは貴方達ですね。一体、どうしてそんなことを? 昔はマーレンとドゥームは不仲だったと聞きます。ですが、貴方はそれを今の代に持ち込むつもりではないのでしょう?」
「たまたま通りかかったまでだ。貴様らに話すことなど何もない」
メレゼフは腕を組み、冷たい顔でそう言った。
しばらく睨み合いをしていると、ドゥーム族の一人が、メレゼフには見えないようにちょいちょいと手招きをした。
俺は彼へと目を向ける。
男は自身の後ろを指で示した。
その先には、横倒しになった木製のベビーカーらしきものがあった。
中には子供服が詰まっている。
……どうやらメアの子供が産まれそうだと聞いて、いてもたってもいられず、マーレン族の集落近辺をウロウロしていたらしい。
「……その、一緒に集落に行きますか、お義父さん」
「違うと言っておるだろう! メアのことは関係ない」
メレゼフが表情を強張らせる。
……この人もなかなか面倒くさい人だ。
「アベルさ~ん!」
そこへシビィの声が聞こえてきた。
俺は立ち上がり、顔を向ける。
シビィは俺達の姿を見ると、足を止めた。
息を切らしている。
大分急いでここまで来たらしい。
「よ、よかった……見つかって」
「どうしたんだ、シビィ?」
「いやぁ……実はメアさんが、急に産気づいたみたいで。これで知らせるのが遅れたら、殺されかねないなと……」
シビィが頭を押さえ、ハハハと笑う。
「なにっ!」「なんであると!」
俺はメレゼフと声が揃った。
「すっ、すぐに戻る!」
俺は立ち上がって走り出した。
マーレン族の集落周辺をウロウロしていたのがメレゼフであれば、どうせ心配は不要だ。
だが、少し走ったところで、足に激痛が走った。
俺はその場に盛大に転んでしまった。
さ、裂けた! 筋肉が裂けた!
元々、メレゼフを追う段階で無理をしていたのだ。
座って話し合いをしていて油断していた足が、急に俺が走り出したので限界を迎えてしまったようだ。
「つ、攣った! 足攣った! やられた!」
「に、兄様、しっかりしてください!」
ジゼルが大慌てで俺の靴を脱がし、自身の太腿に俺の足を乗せて伸ばした状態で固定し、足の指を掴んで押さえた。
一気に足の痛みが楽になってくる。
「兄様! 深呼吸です深呼吸! ゆっくり息を吐いてください!」
「ジゼルちゃん、対応慣れているね……」
シビィがやや呆れたようにそう口にした。
すぐ戻らないといけないのに、こんなときに足を攣るとは……!
痛みが引いてから、ジゼルに足を下ろしてもらい、地面に座り込んだ。
……だが、しばらくは走らない方がよさそうだ。
そのとき、俺の身体が不意に持ち上げられた。
「道案内せよ、アベル! 私が運んでやろう!」
メレゼフが俺を背負ったのだ。
「お義父さん……! あ、あっちの方向です!」
俺が指で示せば、メレゼフが駆け出した。
さすが速い。
ドゥーム族最強の戦士というだけはある。
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