八十七話 赤き夢⑤
『消すのは貴様からだ! アベル・ベレーク!』
シルフェイムは自身が殴り飛ばしたクゥドルを無視して俺へと掴みかかって来た。
俺は木偶竜の速度を上げてシルフェイムから逃れる。
仮にクゥドル無視で一気に攻められれば、この木偶竜とて長くは持たない。
クゥドルは既に体勢を立て直しており、シルフェイムの後を追ってきている。
クゥドルが駆けつけてくれるまではシルフェイムの接近を許すわけにはいかない。
『逃がすと思うてか!』
シルフェイムが俺へと指を向ける。
木偶竜の先に巨大な天まで届く竜巻が発生した。
俺は杖を振って木偶竜を操り、素早く横に軌道を逸らして衝突を免れた。
間一髪……と考えていたが、シルフェイムは続けて何度も腕を振っていた。
あの竜巻を連発するつもりだ。
俺は木偶竜の進行経路を不規則なものへと切り替え、ジグザグに進ませていく。
これだけ巨大な魔法を放っているのに、シルフェイムからまるで魔力が尽きる気配が見えない。
底なしの魔力にも程がある。
どうにか避けられてはいるが、竜巻のせいで最短で動くことができないためシルフェイムとの距離が一気に詰められてきていた。
それに引き換え、シルフェイムとクゥドルの距離は一向に縮まっていない。
両者の速度がほぼ同一なのだ。
木偶竜の操作だけで正直せいいっぱいなのだが……俺が妨害を仕掛けてシルフェイムの速度を落とすしかないようだ。
「こっちも逃げてるだけじゃないぞ! তুরপুন!」
俺は二つのオーテムを用いてオーテムコールを行い、大量のヒディム・マギメタルを新たに造り出す。
アベルノコギリを使おうかと思ったが……クゥドルが追いついていない今、シルフェイムへアベルノコギリを放ってもリターンが少ない。
あっさりと避けられて終了だ。
それではさすがに魔力の燃費が悪すぎる。
しかし、それ以下の威力の魔術であれば、シルフェイムから回避行動を引き出すことさえできはしないだろう。
だからこそのこの攻撃であった。
「いけ、魔法金属の巨人!」
俺はヒディム・マギメタルを操り、巨大な金属製オーテムを造り出した。
銀色に輝く巨人がシルフェイムの前方に立ちはだかる。
『邪魔臭い玩具を……!』
シルフェイムは大きく高度を上げての回避を選んだ。
言葉上こそ軽視しているが、明らかにこの不気味なオブジェクトを警戒していた。
だが、それではこのオーテムを振り切ることはできない。
このオーテムを完全に避けるならば、更に大回りを選ぶべきであった。
巨大オーテムは、素早くシルフェイムへと向かって跳び上がった。
シルフェイムは下の巨大オーテムを一瞥すると、天へと腕を掲げる。
空が光り、突き上げた拳へと雷が落ちた。
雷の光を纏った拳が巨大オーテムへと叩きつけられる。
巨大オーテムの全身に罅が入る。
『警戒し過ぎたか、ここまで威力を高める必要はなかったようだ』
「その通りだったな」
その瞬間、粉々になっていく巨大オーテムを中心に魔法陣が展開された。
『こ、これは……!』
「受けた衝撃を利用する術式だ!」
巨大オーテムの砕け散った断片がシルフェイムの全身へと襲い掛かった。
受けた物理衝撃を利用して逆側へと飛翔する、天ノ邪鬼術式だ。
加えてあの巨大オーテムのヒディム・マギメタルは、強い衝撃を受けるとその力に応じて物質構造が強化され、瞬間的に硬度が跳ね上がるようになっている。
シルフェイムは超強化されたヒディム・マギメタルの断片を、自身の全身で受け止めることになる。
元々は俺が、クゥドルに敗北した後にアイツに一発入れるためにこっそりと造ったものである。
クゥドルに有効打を与えるためには、アイツ本体の馬鹿力を利用するのが一番だと考えていた。
奇策の類であるため一回成功すれば次はないだろうが、充分だ。
効果的な場面で使うことができた。
硬度も速度もシルフェイムの本人由来だ。
シルフェイムの一撃がシルフェイムに通用しないわけがない。
時間を稼ぐどころか、大ダメージを与えるのにも成功したはずだ。
ヒディム・マギメタルの断片がシルフェイムの身体へと飛来したその刹那、全てのヒディムマギメタルの破片が唐突に消滅した。
『……言ったであろう、この私に勝つことなど、絶対にあり得ないのだ、と』
シルフェイムの胸部に眠る『赤き夢』が、その瞼を痙攣させていた。
咄嗟の攻撃には対応できないのではないかと思っていたが……今の攻撃は消滅させられたか。
……もしかして、最初の時より発動までの時間が短くなっているのか?
シルフェイムを見れば、『赤き夢』の瞼が先程までより上に持ち上がっていた。
あれの眠りが浅くなれば浅くなるほど、精度があがるという話だったが……。
シルフェイムが自身の胸元を確認する。
『ふむ……十五パーセント……といったところか。これ以上、目を覚まさせたくはないのだがな』
その後、俺へと飛来してくる。
『そのためにも、先に貴様を消す!』
追いついたクゥドルが、シルフェイムの脚を触手で絡め取ろうとした。
だが、シルフェイムの腕の一本が長さを増し、爪でクゥドルの触手の一本を弾き返した。
シルフェイムは腕を掲げる。
歪な巨竜の身体を中心に、大きな魔法陣が連続的に展開されていく。
何か……ヤバい奴が来る!
『喜べアベル・ベレーク! クゥドルを一時的に封じて仕切り直すための切り札であったが……貴様を処分するのに用いてやる!』
ク、クゥドルを封印するために用意した魔法……?
 




