七十四話 太古の破壊者メビウス④
メビウスに対し、まず俺は様子見の意味で二体のオーテムを仕向けた。
メビウスはあくまで、ジュレム伯爵にとって武器の一つだ。
単体でクゥドルに挑めるほど桁外れの化け物だとは思えない。
メビウスは元々、高位精霊の魔力回復の遅さを補うために空神シルフェイムが人間の兵として造ったものだという話であった。
魔力回復の速さを売りにして、空神シルフェイムの露払いや、クゥドルの細かい魔力の消耗を目的としていたはずだ。
つまり、直接の戦闘能力自体はクゥドルに匹敵するほどでは決してない。
……捕まえることも、不可能ではないはずだ。
「オーテムとは、懐かしい。かつてよく相手をさせられたものじゃ」
メビウスは言いながら両腕を交差させて構え、勢いをつけて左右へ手刀を放つ。
「স্বপ্ননখর」
旧神殿の広間全体に風が走った。
彼女へ向かわせた二体のオーテムが、それぞれ壁に打ち付けられてめり込んでいた。
それぞれのオーテムに罅が入り、残骸が地面に落ちる。
俺は目を疑った。
メアの父親のメレゼフより、遥かに力が強い。
「驚いたの。シェイムがあれだけ警戒していたわけじゃ。結界魔術で硬度を引き上げていたようじゃが、巨竜の分厚い鱗を殴ったかのような感触じゃった」
メビウスが俺へと腕を出す。
いつの間にか、赤い魔力結晶が籠手のように彼女の両腕を覆っていた。
殴りつける瞬間に魔力結晶の装甲を腕に纏っていたらしい。
「さて……降参するか? どうやらシェイムは、そっちの方がいいらしいが。元の肉体の持ち主に精神が引っ張られているだけかもしれんが、我もお前のことは気に入ったぞ。我の下僕として可愛がってやろうではないか? んん?」
……メビウスは、明らかに油断している。
好機があるとすれば、そこをどうにか突くしかない。
シェイムは俺がメビウスに対して殺し得る攻撃を撃てないと踏んで後退して様子見に徹しているようだが、状況が変われば手出しをしてくるはずだ。
そうなると状況を打開する条件が更に厳しくなる。
シェイムは未知数だが、ジュレム伯爵本体程度の力はあると見ておいたほうがいい。
……どうにかしてメアを一手で奪還し、メビウスとシェイムを出し抜くしかない。
「なかなかやるではないか、アベルとやら。あの硬度と精度のオーテムを、同時に六体操作できるとはの。人間にできる範疇を超えておる」
「বহন」
俺は再び転移の魔術を行使した。
魔法陣の中央に、四つの目玉と六つの大きな腕を持つ大型のオーテム、バビロン8000が現れた。
「な、なんじゃ、その気色の悪いオーテムは……?」
メビウスが顔を顰める。
バビロン8000は木偶竜ケツァルコアトルを除けば、最も高い打撃力を誇る俺の攻撃手段であるといえる。
純粋な破壊力でいえばアベル球に及ばないが、あれではメアを殺してしまう可能性がある。
そういう意味で、バビロン8000はメビウスの膂力に対抗できるほぼ唯一の手段だ。
バビロン8000は、改良前のアシュラ5000の時点でクゥドルの触手とさえ押し合った実績を持つ。
俺が杖を振ると、バビロン8000が不気味な多腕を蠢かしながらメビウスへと迫っていく。
四体の通常オーテムも、バビロン8000に続かせてメビウスへと向かわせた。
「いけ! バビロン8000!」
とにかく今は勝負を長引かせ、一手でひっくり返すことのできる盤面を、極力自然な形で作り出すしかない。
そのためにも、バビロン8000でメビウスの馬鹿力をどうにか押さえ込む。
「我を力づくで突破しようとするのが無駄だと、まだわからぬか! 我とて一万年の時をただ眠っていたわけではない。濃密な魔力の廻る月の中で、我が魂を鍛え続けてきたのじゃ! 二十年と生きぬお前に超えられるわけがあるまい!」
メビウスが正面からバビロン8000の振り下ろした二本の腕を受け止めた。
その際の衝撃で旧神殿全体が大きく揺れた。
「ぐぬ……な、なんという重さよ!」
軽く弾くつもりだったのだろう。
だが、メビウスは、バビロン8000の二本を押さえるのがせいいっぱいになっていた。
残る四本の腕が、素早くメビウスの背へと回される。
通常オーテム達も、メビウスを四方向から囲んでいた。
いける……動きが止まった隙を突いて、一気に拘束する!
俺は杖を振るい、魔法陣を浮かべる。
「তুরপুন」
俺の目前に、人三人分程度の質量を持つ金属球が浮かび上がった。
魔術によって魔力と精霊、大気中の成分より錬成した特異金属、ヒディム・マギメタルの塊である。
この金属を操ってメビウスを完全に押さえ込み、メアの身体を回収する算段であった。
「仕方あるまい……ভাঙাগরূৎ」
メビウスが光に包まれたかと思うと、光は質量を得たかのように固まっていき、同時に暗色を帯びていく。
黒い魔力結晶の塊がメビウスの身体を繭の様に覆い尽していた。
メビウスの背に回そうとしていたバビロン8000の腕の四本も、魔力結晶の中に取り込まれていた。
バビロン8000は腕を引いていたが、抜ける気配がない。
……あの魔力結晶……とんでもなく濃密な魔力の塊だ。
単純な膂力での破壊は難しそうだ。
即席で展開できる絶対防御とは、かなりインチキ臭い魔術だ。
あんなのがあったのでは、ますます手が付け辛い。
魔力結晶の中で、メビウスの口許が僅かに歪んだ。
ふと、咄嗟に悪寒を覚えた。
「まさか……!」
俺は杖を振るい、ヒディム・マギメタルを操り、盾状へと変形させて前方向を守った。
「মুক্তি」
メビウスを覆っていた繭が左右に開け、巨大な黒い翼のような形状になった。
凄まじい衝撃波が走り、床、天井の表面が剝がれ、辺りを暴風が疾走した。
直後、翼が砕け、魔力結晶の破片が大広間中を蹂躙する。
広間の床や壁に大きな亀裂が走った。
オーテム達が風に飛ばされて宙を舞い操縦不可能に陥ったところへ、魔力結晶の破片がボディーを撃ち抜いていた。
ヒディム・マギメタルの盾にも大きな罅が生じていた。
四つの通常オーテムはどれも腕を折られ、身体を抉られ、貫かれており、破損状態が酷くまともに動かせなくなっていた。
バビロン8000も、魔力結晶の繭に巻き込まれていた四本の腕が千切れている。
辛うじて動かせそうだが、抉られたように大きな溝が幾つもできていた。
メビウスの砕け散った双翼の魔力結晶が辺りへと舞っていた。
天井が崩れ、メビウスの頭へと巨大な瓦礫が落ちるが、彼女が腕を振るうとそれは容易く粉々になった。
「ほう、今のを防いだか」
メビウスが感心したように言う。
「বহন」
俺は再度転移魔術を行使する。
呼び出すのは、新たに六体のオーテムだ。
ストックの心配はいらない。
木偶竜ケツァルコアトルにはオーテムを大量に積んでいる。
 




