五十七話 火の国からの来訪者⑦(side:収集家)
「ヒホホホホホホ! そんな剣をいくら振っても無駄だと、まだわからぬのか!」
ジームは収集家へと肉薄し、彼へと手刀を振るう。
収集家は剣で防ぐべく構えを変えたが、すぐにそれを解いた。
ジームは『龍流し』により、自身の受けた衝撃を相手に返すことができる。
これは防御だけでなく、攻撃に転じることもできる力である。
反動を相手に押し付けることで、防御のために収集家が加えた力が、そのままジームの手刀に乗るのだ。
実質、ガード不可の手刀である。
故に、完全に回避する他に対処法はない。
「何故わからぬ? お前は、今の私に危害を加える術を持っておらんのだと。ニンゲンは、無駄が多すぎて、頭が悪すぎて理解しがたい」
速さでジームが勝る分、収集家は読みで勝負をするしかない。
収集家はジームの動きを予測し、それに則って寸前のところで回避していく。
背後へ引き、屈み、地面を滑る。
だが、それにも限界が来る。
ジームは収集家を確実に追い込める手順で攻撃を加え、大きな動作での回避を誘った後に、一気に肉薄した。
ジームの伸ばした三本の指が、収集家の外套に触れた。
収集家の衣が裂け、腹部に三本の指の痕が走った。
収集家はジームの肩を蹴り、返された反動を利用して背後へ跳んで、距離を取った。
その後、抉られた腹部に手を当てる。
「ヒホホホ……確かに貴様はニンゲンにしては強いが、表に現れぬ古の精霊の中には、貴様より強い者などいくらでもおる。図に乗って、引き際を誤ったの、収集家。集めた宝があればまだ遊べたかもしれぬが、勝負にならぬな。全て失った貴様に、何ができる? さあ、そろそろ、終わりにしてやろうではないか」
「フン、全てを失ったわけではない。大物振っていた割に、底が透けて見えるわ!」
収集家は、なおも剣を構える。
ジームはだらりと舌を伸ばし、収集家へと掴みかかる。
収集家は剣を構えはしたものの、結局は回避することしかできなかった。
避け損ねる度に、身体に決して軽くないジームの手刀を受け、肉を切られる。
直撃を避けてはいるものの、あっという間に収集家は血塗れになっていた。
「ちょこまかと、鬱陶しい……」
ジームが焦れて、大振りで両腕を振るった。
収集家は口許に笑みを湛え、剣の先端をゆっくりとジームに向けて倒し、足を滑らせながらジームへと向かった。
「気でも狂ったか愚か者め」
ジームが指先で剣を突こうとする。
だが、剣先は指に触れなかった。
ジームは困惑した様に口を開けたが、すぐに首を横へと倒した。
剣は、ジームの顔のすぐ横を突いていた。
ジームはすぐさま背後へ退く。
「驚いたか? ある剣豪が、壁に極意を刻んで残した絶技、『明鏡止水』だ。壁画は失ったが、技術は我の中に残っておる」
絶技『明鏡止水』は、刃を地面と平行に倒して、独特の身体捌きを用いて行う刺突技である。
高速戦闘の最中に、ほんの一瞬相手の遠近感を狂わせ、その隙を突くことができる。
精妙な動作が必要とされる上に、残された絵画からの技の解析は困難であった。
今の世界に、収集家の他にこの絶技を会得している剣士はいない。
「凝った手品だ。だが、無意味であるな」
「それはどうであろうな」
収集家が笑う。
ジームの耳先が、ぱっくりと切れた。
ジームの目が、大きく開かれた。
僅かに避け損なっていたのだ。
「貴様が馬鹿の様に油断しているときであれば、当たるらしいな。いいヒントをもらった」
「いい気になるでないぞ、ニンゲン如き……」
ジームが地面を蹴り、収集家との距離を詰める。
収集家は手刀を避け、ジームを挑発する様に剣先を落としてわざとらしく突きの構えを取った。
「どうした? 動きが単調になっておるぞ、精霊如き」
「お前は、奥の手を明かし、ようやくこの私の耳に掠り傷をつけることができたに過ぎぬ!」
ジームは収集家の背に回り、彼を宙へ蹴り上げた。
ジームは宙へ跳んで収集家より上を舞い、手刀を振り下ろしての追撃に掛かる。
収集家は腕で攻撃を受け、地面へと叩き落された。
「それがお前の、限界だ! 確実に当てられる時までその剣はとっておくべきであったな!」
ジームは収集家の周囲を円を描く様に駆けて手刀で殴り掛かる。
避けられれば、更にまた間合いを取ってから回り、次は蹴り掛かる。
逃げに徹しているのでどうにか致命傷を避け続けられてきたが、一方的に攻撃を仕掛けられ続ける収集家は、消耗を強いられていた。
戦いが長引く程に出血量が増える。
「勝ち筋を自ら潰すとは愚か者め。元々、糸の如くか細い道ではあったがな。ただの剣の一突きでこの私を仕留めようなど!」
激戦の最中、互いが正面から向かい合った。
収集家は剣先を降ろし、地面と平行にジームへと向けた。
「一度見た技が通じるものか!」
ジームは臆せず前に出る。
見え見えのフェイント技など、恐れる理由がない。
来る技がわかっていれば、思いの外に長引いたこの戦いにも、次の一手で終止符を打つことができる。
ジームは収集家の『明鏡止水』を潰し、彼に致命打を与えるつもりでいた。
だが、収集家は、早々に剣を持ち替え、頭上高くへ振り上げた。
「む……?」
意表を突かれたジームは、ひとまず後退して距離を取り直すことにした。
掲げられた収集家の剣に、紫の光が走る。
「やっと隙を見せたなバカがァ! 我が会得した剣の絶技が、ただ一つだとなぜ勘違いした!」
収集家が笑いながら剣を振るう。
剣に乗った紫の光が、炎となって刃を抜ける。
「『王神竜の咆哮』!」
アベルとの戦いでも見せた、剣の絶技である。
身体に滾る魔力を刃に乗せ、実体の伴った斬撃として放つ。
伝承の英雄が用いた剣の絶技である。
「な……」
熱を持った豪速の衝撃波が、収集家とジームの間合いを潰した。
ジームの顔を、一閃した。
鼻から上が綺麗に切断され、ジームの身体も衝撃を無防備に受けて吹っ飛び、地面の上を転がった。
収集家は、手にしていた剣を掲げる。
既に刃は焼け焦げ、朽ち果てていた。
収集家は両の口端を吊り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ハッ! やはり魔力の塊は返せんかったか! バァカめが! 本気で我が勝算もなく、小細工頼りで剣をしつこく振るっていたとでも思っておったか!」
最初から収集家は『王神竜の咆哮』頼りで戦っていた。
ロクに攻撃にも防御にも使えない剣を振るいつづけたのも、早々に決定打となり得る『明鏡止水』を見せたのも、全ては『王神竜の咆哮』を確実に当てるタイミングを計るためであった。
消耗が激しいのであまり気軽に撃てる技でもなく、そもそも技に剣が耐えられるとも思えなかったので、確実に当てられる瞬間を探っていたのである。
収集家は持っていた剣の柄を投げ捨てようとしたが、小さく溜め息を吐き、手に握り直した。
この剣は元々大した値ではない。
それに、既に剣の役割を果たせる状態でもない。
だが、この剣は彼にとって、ファージ領での想い出の宝であった。
投げ捨てるには気が引けた。
「いや……今のは、驚かされた」
ジームを吹き飛ばして地面に作った溝を、何かが歩いて収集家へと向かってくる。
目を凝らせば、顔の上半分を飛ばされたジームが、そのままの姿で向かって来る。
傲岸不遜、畏れ知らずの収集家であったが、このときばかりは得体の知れない空気を感じ取り、呆然と立ち尽くしていた。
先程までとは比にならない、不気味で強大なオーラを放っている。
「雑魚相手に魔力を浪費するわけにはいかんのだが、少しだけ本気で行くぞ」
ジームの身体に浮かぶ植物の根の様なものが、更に分厚く浮かび上がる。
肌の色が、黒と濃緑の斑へと変貌する。
失った顔の上半分が急速に再生していき、肩から新たな腕の様なものが伸びていく。
 




