四十一話 破壊の王者④
俺は海上に立つメレゼフと睨み合う。
確かに、このままでは船ごと粉砕されかねない。
俺も、船とメレゼフの双方を気遣って戦うのは骨が折れる。
だが……このままでは、少し戦い辛い。
できるだけメレゼフからは距離を取っておきたい。
「……今のを見て、それだけでは安心できません。あんなの、余波だけで船を壊してしまう。不意打ちを受けるのもごめんです。もうちょっと……そうですね、向こうの水平線くらいまで退いてくれませんか?」
俺は遠くを指差す。
「その間に、逃げようというつもりか? ならば諦めて赤石を差し出すがいい。そんな手には引っ掛からぬ。今の私ならば、あの果てからこの船まででも、すぐに詰められよう」
半ば人外の姿と化したメレゼフが俺へと言う。
……もう少し、油断させておこう。
このオッサン、はっきり言ってかなり強い。
万全で飛び込んでこられれば、配慮する余裕がなくなる。
「……バレてしまいましたか。確かに、少し狡いことを考えていました。じゃあはっきり言いましょう。俺が時間を稼ぎ、その間に船を進ませます。受けてもらえますね、この決闘」
後ろの船員達が騒めく。
「お、おい、無茶だ! 確かに、あの金属魔法は凄かったが……あんな化け物相手に、時間稼ぎなんてできるかよ」
「お前、絶対殺されるぞ!」
……よし、連中に演技は通っている。
後は、メレゼフを騙すだけだ。
「無茶ですよアベル! もう、もう、いいんです……。アベルがここまで連れ出してくれて、メア……すっごく幸せでした! ですから……!」
「大丈夫だって! アベルちゃんは、殺しても死なないから!」
メアが目を赤くして俺へと近付くのを、シェイムに腕を掴んで止められていた。
……演技じゃ、なさそうだな。だ、大丈夫かな、メア。
「大丈夫だ。きっと、戻ってくる。シェイム、メアを任せたぞ」
「……ん、わかったよ」
俺が声を掛けると、シェイムはいつもとは違い、やや歯切れ悪そうに応えた。
珍しい。いつものシェイムなら、高すぎるくらいのテンションで即応じてくれそうなものなのに。
「……ごめんね、アベルちゃん」
続けてシェイムが、ぽつりと言葉を漏らした。
「今、何か……」
俺が問い直す前に、メレゼフが応じた。
「……いいだろう、距離を開けておいてやる。だが、充分だと判断すれば、即こちらのタイミングで攻撃させてもらう。本当にしんがりになるか、別れの時間にするかは好きに選ぶがいい」
水柱が爆ぜ、メレゼフの姿がすぐに遠ざかっていく。
こちらも、すぐに準備を始めなければならない。
俺は息を整える。
ここからは、過酷な戦いになる。
……何より、俺が禁じていた手段を使うことになる。
「তুরপুন!」
……ヒディム・マギメタルの塊を船の外に浮かべ、ゆっくりとその上に乗った。
これは、恐ろしく酔うのだ。
馬車とか、オーテムとか、そんな次元じゃない。
三次元で視界が大きく揺れまくるのだ。
おまけに頭で素早く金属塊と、そこに乗る自分の位置座標を計算し続けながら、激しい振動に耐えなければならない。
ヒディム・マギメタルの空間制御自体は、ゼシュム遺跡の浮上要塞からヒントを得て強化していたのだが、今まで移動に使ってこなかった理由がそこにある。
「極力離れる様に伝えてくれ。安心しろ、絶対に戻ってくる!」
俺はそれだけ言い、ヒディム・マギメタルの塊を進ませた。
遠くに、メレゼフが粒になっているのが見える。本当に一瞬だった。
俺は船から離れ、メレゼフへの距離を詰めていく。
目を瞑り、上下の揺れに必死に耐える。
「いい覚悟だ。ここで摘んでやるのも、また情けか」
メレゼフが大きく海面を蹴った。
来る!
「বহন!」
俺は三つの魔法陣を浮かべ、三体のオーテムで自身を囲う。
メア達にはああ言ったが、無論、耐久戦なんてやるつもりはない。
フルで魔力を使ってでも一瞬で沈めてやる。
「তুরপুন!」
三体のオーテムが光を帯び、口をガクガクと動かして言葉を発し、魔法陣を浮かべる。
「「「তুরপুন!」」」
これぞ、二重詠唱を超えた、四重詠唱である。
対クゥドル用魔術の一つだったが、出し惜しみしている猶予があるかは怪しい。
ヒディム・マギメタルが展開され続け、周囲を白銀色が覆い尽していく。
おおよそ半径一キロにも及ぶ白銀の山の中央に俺は立っていた。
これぞ、ヒディム・マギメタルを用いた奥義・アベルキャッスルである。
相応に魔力は消耗させられる。
だが、その分威力は絶大だ。
これならクゥドルの触手とも殴り合える算段だ。
……もっともそうなるとクゥドルは魔法を放ってくるはずなので、これだけで押し通すことはできないのだが。
「なんだ、この馬鹿げた規模の魔術は……?」
メレゼフが領域内に足を踏み入れる。
その瞬間、メレゼフの降り立った周囲のヒディム・マギメタルが変形し、無数の触手を伸ばして彼へと襲い掛かる。
「なっ!」
メレゼフが足を伸ばして跳ぼうとするが、動けない。
当然、足場のヒディム・マギメタルも溶けて、メレゼフの足を掴んでいる。
湾曲しながら回り込む様に伸びた無数の触手が、メレゼフの身体を襲い掛かる。
メレゼフが身体から血を流しながら、触手の塊の中から飛び出して来た。
更に顔が赤くなり、額の石が青々と輝き、角が膨張している。
よく耐えられたものだ。
だが、後一キロメートルだ。
メレゼフは触手に阻まれながら、俺へと向かって来る。
伸びた二本の触手を跳び移りながら移動して一瞬で触手の先端まで移るという離れ業を披露した後に、触手の上部を蹴って空中から俺へと飛来してくる。
だが、すぐに伸びた触手がその前を阻害する。
空中でメレゼフは捕縛されるも、なおも触手を蹴って逃れる。
「……改良の余地があるな、もっと確実に掴めるようにしないと」
「貴様っ! しんがりを務める気など、最初からなかったな!」
俺が呟くと、メレゼフの顔の彫りが深まり、更に修羅の様になる。
「当たり前だろうが! 一緒にいるって言ったばっかりなのに、可哀想だろうが! クソ親父はここでくたばっていやがれ!」
メレゼフは血塗れになりながらも確実に距離を詰めてくる。
だが、底は見えた。
俺は途中で追撃の手を緩め、メレゼフを敢えて誘い出した。
そしてついにメレゼフは、俺の目前までやってきた。
「これで終わりだ! 油断が過ぎたか!」
メレゼフが拳を構える。
だが、万全の状態で構えていた触手が、メレゼフの四肢をがっしりと捕えた。
「なっ!」
「面と向かって言っておきたいことがあったんでな!」
俺は杖を前に突き出す。
「娘さんを俺にください!」
三体のオーテムが、メレゼフの左手、腹部、右手に突撃した。
「がぁっ!」
メレゼフが嗚咽を上げ、口から血を吐いた。
額の石の輝きが弱まり、全身の膨張が収縮していく。
俺は拘束していたヒディム・マギメタルを解いた。
メレゼフの身体が、ヒディム・マギメタルの砦の上に叩きつけられる。