四十話 破壊の王者③
船内に緊張が走る。
メレゼフがゆっくりと周囲を見回す間、護衛として呼ばれていたらしい魔術師や剣士は各々に武器を構えていたが、誰も攻撃を仕掛けるものはいなかった。
あんなのと常人がまともに渡り合うなど、絶対に不可能だ。
子供が棒きれでドラゴンに挑むようなものだ。
俺も杖を抜き、メレゼフへと構える。
メレゼフの目が、メアを捉える。
「と、父様……」
メアが震える声で口にする。
デフネは、メアの父親はメアの処分に反対したため連れてこなかったと、そう説明していた。
だが、この様子を見るに、とてもそうだとは思えない。
メアも勘付いていたようだったが……恐らくデフネは、メアをせめて傷つけまいとああ言っただけだったのだ。
「…………」
メレゼフは、何も口にしなかった。
無表情のまま、再び立っていた場所を蹴り上げて軽く十メートル以上を跳ね上がり、俺達のところへと向かってきた。
「メア! 悪いがこいつ、ボコボコにするぞ!」
俺は空高くへと杖を向ける。
デフネは、メアの父親を族長だと言っていた。
この男がドゥーム族の追手集団を纏める代表であり、最強格なのだろう。
こいつさえ潰せば、メアの実家連中が追いかけ回してくるのは止まるはずだ。
メアの目前で悪いが、そんなことを言っていられる場合ではない。
悪いが、再起不能にさせてもらう!
「তুরপুন!」
俺の周囲を囲む様に、三つのヒディム・マギメタルの塊を錬成する。
空中にいるメレゼフ目掛けてヒディム・マギメタルが直線状に伸び上がり、メレゼフを狙う。
一番速く伸びたヒディム・マギメタルがメレゼフの目前まで到達した。
「ぬっ……」
メレゼフが背から槍を手に移して身体の下に構え、軌道を逸らして回避する。
槍一つで大きく動きが変わった。とんでもない重量があるらしい。
「あ、あれをあんな動きで避けられるのか……?」
目前の光景が信じられなかった。
全力で攻撃したつもりだった。
あれを避けられるとなると、反応速度だけならクゥドルの触手に近いレベルだ。
脅威度リストに名前がなかったのがおかしい。
あのランキングガバガバじゃないかクソペテロめ。
そりゃシムが四位になるし、ガストンも三十三位になる。
「……ま、自動追尾あるから関係ないんだけどな」
直前で軌道修正されたヒディム・マギメタルの柱が、メレゼフの腹部を突き上げた。
「ぐほっ!」
メレゼフの身体が、上空へと押し上げられる。
他の二本の金属柱がメレゼフの身体へと当たり、一瞬融解した後に再度凝固し、彼の太い脚を金属内に取り込んだ。
「な、なんだと!?」
メレゼフが足を抜こうとするが、金属はびくともしない。
「お、おのれ……! 貴様、ジュレム伯爵の手先か!」
「……いいえ、俺はあいつらとは関係ありません」
「馬鹿な、そんなはずがあるまい! でなければ、なぜ赤石を庇い立てする!」
メレゼフが空高くから吠えて来る。
この期に及んで、威圧感が衰えていない。
「メアが俺の仲間で、恋人だからだ! それ以上の理由が必要かよ!」
メレゼフが面食らった様に仰け反り、口を閉じた。
だが、すぐに顔に力を込め、怒鳴り返してくる。
「ただの愚か者であったか! その赤石は、この世界で一番恐ろしい男の道具だということを知らぬようだな! それがいる限り、貴様はどこへ逃げようとも安息が訪れることはないぞ!」
「娘の命狙って追いかけ回すクソ親父にわかるはずはなかったか! お前はここでくたばっていろ!」
三本の柱が各々に撓る。
「頭と胴体は止めておいてやる!」
……だが、手足は砕いてから、生体魔法が通らない様に呪いを仕込ませてもらう。
「……我らドゥーム族は、元々神話の時代に、追い込まれた神の一柱が、ヒトという器を用いてどうすれば最大限に戦力として活かすことができるのか考えた末に造り出したのが始まりであったという」
メレゼフの身体が赤くなり、筋肉が更に膨張する。
その姿は最早、赤い鬼だった。
「私は生まれつき力が強かった。その理由がわからなかったが……自分で古代文献を解読し直し、成人する頃にはそれが不完全な先祖返りのためであり、十全に制御するための能力が備わっていないことがわかった。故に私は、一度として全力を出したことがない。ここが海でよかった、被害が少なく済む」
俺は撓らせた金属柱を打ち合わせた。
だが、メレゼフが強引に身体を捻じり、自身を捕らえている金属の一部を疲労させ、三本の柱が交わる寸前に強引に蹴り飛ばして拘束を破壊し、そのまま跳びかかってくる。
手にした槍の照準をメアへと向けていた。
驚きのあまり声も出なかった。
ここまでだとは、全く想定していなかった。
俺は杖をメレゼフへ向け、ヒディム・マギメタルの柱を変形させ、メレゼフとの間に分厚い盾を作った。
加減がわからない。
アベル球やリーヴァイの槍ではさすがに殺してしまうだろう。
だが、手を抜いていたら俺かメアの方が先に殺されかねない。
メレゼフが構えていた槍を再び後方に引き、ヒディム・マギメタルの盾へと勢いよく叩きつけた。
槍の先端が粉々になり、持ち柄がへし折れた。
「やはり、硬いな」
……さすがに、あれは砕けなかったか。
いや、それがわかっただけよかった。
だったらまだ、殺さずにどうにか無力化できるかもしれない。
メレゼフが素手でヒディム・マギメタルの盾を殴りつけた。
衝撃波が発生し、船が大きく揺れた。
俺は揺れに足を取られ、体勢を持ち直すのに気を取られた。
「うぐ……!」
盾に罅が入って砕け散り、その中央から拳を構えたメレゼフが急降下してくる。
「は、はぁ!?」
あの槍より、素手の拳の方が遥かに硬いとでも言うのか。
駄目だ、今からヒディム・マギメタルを操っても間に合わないし、新しい魔術を発動する猶予がない。
メアの護衛用オーテムが跳び上がり、メレゼフと正面衝突した。
メレゼフの軌道が逸れ、彼の身体が海へと落ちた。
大きな水飛沫が上がり、船の上に豪雨として降り注いだ。
波が激しく揺れる。
「や、やったのか? あの怪物を!」
「おい! それより水が入ってきているぞ! 誰か! 魔術が使える奴を下に呼んでくれ! 穴を修復しろ!」
メレゼフに怯えて固まっていた連中が慌ただしく動き始めた。
奴が船に大穴を開けてくれたおかげでとんでもないことになっているらしい。
俺はそうっと、船の上に落ちた護衛用オーテムへと近付く。
護衛用オーテムは、木が拉げて変形していた。
俺が魔力を込めて強化した特注品だったので、大概の衝撃ではものともしないはずだったのだが……。
俺は杖を構え、船の端へと移動した。
やや離れたところで大きく水飛沫が上がり、水面から皮膚を赤く変色させたメレゼフが現れた。
「私とて、無関係の者を巻き込むのは本意ではない。どうしても我が前に立ち塞がると言うのならば、降りて来い。相手をしてやる」