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十五歳⑮

 香煙葉ピィープ戦争から一週間が経った。

 今日も俺は、生きるオーテムの魔力供給のため、ジゼル、シビィと共に森へと向かっている。


 俺の自家製香煙葉ピィープは、現在では生産量が全然追いついていない。

 だが、香煙葉ピィープの栽培について俺なりにアレイ文字で纏めたものを族長に渡してある。

 族長が俺の香煙葉ピィープの栽培方法を完全にものにしてから集落全体に呼びかけて協力者を募れば、一気に量産体制に入れるだろう。

 ……ただ、『ここまで精密な魔法陣が必要じゃとは思っておらんかった……』と言っていたので、それが可能になるのはまだまだ先のことになりそうだが。


 族長はこれを機に魔鉱石貨幣を今より浸透させたいと、そう言っていた。

 実現できれば、この集落も今よりずっと暮らしやすくなるだろう。


 香煙葉ピィープが安値になる見通しがついて生活に余裕ができた人が多いおかげか、集落の雰囲気も以前よりいいように思う。

 量産体制が実現すれば、俺にもおこぼれが入って来るはずだ。

 もう父にあれこれ言われることもなく、一日中オーテムを彫っていられる。


 俺もハッピー、皆ハッピーだ。

 誰も損をしていない。

 カルコ家? 知らない名だな。


「おいっ! アベル!」


 森奥の香煙葉ピィープ畑についたところで、背中に怒声が浴びせられた。

 振り返ると、ノズウェルがいた。


 ここ数日大人しかったからもう絡んでこないかと思ったのだが、きっちり現れた。

 なんだ、実は俺のこと好きなのか?


 ノズウェルは顔に皺を寄せて俺を睨んでいる。

 俺は辺りを見回す。

 あ、あれ……取り巻き二人、どこに行った?


 いてもいなくても同じだと思ったのだが、やっぱりこうしていなくなると寂しいものがある。

 家の威光がなくなったからついて来なくなったのだろうか。


 ノズウェルへの恨みは尽きない。

 山さんを折られたことから始まって散々邪魔をされたし、挙句の果てにはジゼルを娶るなどと喚いたり、最後には親子揃って体液を掛けてきたりと、恨みは尽きない。

 コイツのことは今でも嫌いだ。嫌いなのだが……なんだか可哀相になってきた。


「……別に、俺はもうお前に用はないんだけど」


「こ、こっちはあるんだよ! ふざっ、ふざけるなよ! パパはなぁ、ああ見えて気が弱いんだ! あれからずっとショックで寝込んでいるんだぞ! お前のせいでな!」


 お、おう……。

 そんなこと言われましても……。


「えっと、なに? 謝りに行った方がいいのか? そういえば興奮させる魔術があるんだけど、落ち込んでいるときの療法に効くそうだ。そう本に書いてあった。なんなら、俺が……」


「来るなぁっ! お前が来たら悪化するだろうが! 一日中毛布に包まりながら、アベルがアベルがと魘されてるんだぞ!」


 あの人、そんなにメンタル弱かったのか……。

 族長も『不気味なほどカルコ家が大人しい。何か企んでおるのじゃろうか』と不審がっていたのだが、まだ精神的なダメージが抜けきっていなかったようだ。

 前回の騒動がよっぽど堪えたらしい。


香煙葉ピィープ栽培ができなくなったら、僕は……カルコ家は、これからどうしろというんだぁっ! ふざけやがって!」


「そんなこと言われても……。これまでいい思いし過ぎていたんだろ。族長がこの香煙葉ピィープ畑の規模を拡大してくれるはずだから、生きているオーテムの魔力供給でも手伝ったらどうだ? それか、他の人みたいに狩りにでも……」


「ぼぼ、僕やパパに、族長の下っ端になれってか!? あんな奴より、ずっと僕のパパは偉いんだよ! それに狩りなんて、それしかできない馬鹿のやることだろうが! 僕はあんな奴らとは違うんだよ!」


 ごちゃごちゃごちゃごちゃと……。

 カルコ家は、一生遊んで暮らせるくらいの資産は持ってるのではないのだろうか。


 ……いや、ひょっとしたら、資産のほとんどを香煙葉ピィープで持ってたのか。

 カルコ家が魔鉱石貨幣を貯め込んでるはずもないか……。

 おまけに、今回のせいでそこへ重ねて売れないゴミを大量に抱えてしまったわけだ。


 な、なんだか本気で可哀相になってきた。


「……お前の家の抱えてる香煙葉ピィープ、何割か交換してやろうか?」 


「……自分が優位に立ったら、いい気になりやがって! 僕を、僕を、本気で怒らせたな! カルコ家の力を見せてやる!」


 まずい。

 確かノズウェルは、グレーターベアを倒せると豪語していたはずだ。

 アイツは今、自棄になっている。

 何をしでかすかわかったものではない。


প্রেত(光よ) আঁকা(描け)


 ノズウェルが詠唱し、手を俺達へと向ける。

 ノズウェルの腕の先に、すぅっと魔法陣が浮かんでいく。


「ジゼル、下がれっ!」


 俺の声を聞いて、ノズウェルが口許を歪ませて笑う。

 まさかコイツ、ジゼルごとやる気か?


 俺は懐を弄って小杖を掴む。


「おっおい、この集落にいられなくなるぞ!」


 ノズウェルは、俺の説得など耳も貸さない。

 完全に頭に血が登っている。


 幸い、ノズウェルの魔法陣構築はそこまで速くない。

 俺は小杖をさっと真横に一閃し、ノズウェルの魔法陣の一部を描き換える。


শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ)


 ノズウェルの叫び声と同時に、魔法陣から炎の球が飛び出した。

 ……ノズウェル側に。


「ああっ! 熱っ! 熱いいっ!」


 火を浴びたノズウェルは、悲鳴を上げながらのた打ち回る。


 魔法陣は、精霊に渡す設計図のようなものだ。

 完成が遅ければ、このように第三者が一部を改変して結果を変えてしまうこともできる。


 ただノズウェルは、引っ込みがつかなくなって脅しを掛けるつもりだけだったようだ。

 魔術自体はさほど威力はなかった。

 ノズウェルが転がり回れば鎮火するレベルだった。


 良かった。

 俺もただ魔法陣の根元部分を掻き消せば良かったものの、咄嗟だったから焦ってノズウェルに返してしまった。

 ノズウェルが本気で殺そうと魔術を使っていたら大問題になっていたところだ。


 ノズウェルは火が消えてからがっくりと膝をつき、動かなくなった。

 肩が微かに揺れている。


「なんで……なんでこんな、なんで……」


 ああ、これ、泣いてる奴だ……。


「な、なんか……スマン」


「…………」


 ……にしてもあの魔法陣、あまり作り慣れているようには見えなかったな。

 威力は確かに抑えた跡があったが、あまり細部が綺麗ではなかった。

 グレーターベアを倒せるというのは、ただの見栄だったのかもしれない。


 そもそも暗号化していれば、魔法陣を簡単に描き換えられることもないのだ。

 俺は魔術を使うときは、魔法陣を暗号化させるようにしている。


 どうしよう……もうこれ、そっとしておいてやった方がいいのだろうか。


 そのとき、後ろでガコン、ガコン、という音が鳴った。

 振り返ると、山さん二号と三号が立ち上がっていた。

 香煙葉ピィープ畑の守護用オーテムだ。


 あの二体には、関節付きの大きな足を取り付けてある。

 立ち上がるとなかなかの威圧感だった。


 まずい。

 ノズウェルが火魔術を使ったのを、敵対行動と捉えたようだ。

 山さん二号と三号はなるべく少ない魔力で動き続けるようにしてあるのだが、魔力をケチったせいか外部からの命令がちょっと効きづらかったりする。


「ノ、ノズウェル! ちょっと立ってくれ! 早く!」


 俺が伸ばした手を、ノズウェルは払い除ける。


「煩い! 来るな! どっか行けぇっ! 見るな、僕を見るなぁっ! 見下しやが……って?」


 ノズウェルへ向かい、山さん二号三号が猛ダッシュする。

 まるで一号の仇を取ろうとしているかのようだった。


「止まれ! 止まれ!」


 俺は叫ぶが、まったく言うことを聞かない。

 やっぱりあれ、作り直した方がいいか。


「わ、わ、わーーー!!!」


 ノズウェルはばっと起き上がり、何度も転がりながら逃げていった。

 その後を二号三号が追いかけていく。


 背に腹は代えられない。

 細かい機能に支障が出るかもしれないが、魔術を上書きし、無理矢理別の動きを取らせて止めるしかない。


 俺は山さん達に向かって小杖を振るう。


পুতুল(人形よ) দখল(踊れ)


 二つの光が、山さん達を襲う。

 山さん三号が足を止めて振り返り、光へと飛び掛かった。

 二号を庇って、二つの光を受けたのだ。


 三号は、停止の命令を上書きされて動きを止めた。

 二号は元気よくノズウェルを追いかけていき、すぐにその姿が見えなくなった。

 ちょっと俺の足では追いつけそうにない。


 ま、まぁ……大丈夫だよな、うん。


 山さん二号三号は、他のオーテムを身を呈して庇う機能と、外敵をひたすら追いかける機能しかついていない。

 悠々と追いかけて行ったが、追い付いたら大袈裟に腕を振って脅しを掛けることしかできない。

 山さんは人畜無害なのだ。

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