二十六話 ドゥーム族の襲撃⑥
俺は頭に手を置き、思考を纏める。
デフネから聞いた話に頭が追いつかない。
いや、理解することを拒絶しているかのようだった。
俺を助けてくれたジェームがジュレム伯爵だったなんて、信じたくない。
それにだとすれば、あの時点で俺はジュレム伯爵の掌の上だったことになる。
ジュレム伯爵が俺の存在を知った上でペテロに宣戦布告を行っていたのだとすれば、俺を戦力として加えてもジュレム伯爵の思惑を崩すことはできない、ということになる。
「……どうして、その行商人のジェームが、ジュレム伯爵だと思ったんですか?」
俺はデフネに問い掛ける。
「奴は直接名乗ることはしませんでした。ですが……かつて五百年前に赤石が生まれた際にも、緑髪の男が当時のドゥーム族に接触していたらしいと、メレゼフ様は族長家の地下にある記録より読み取っておりました。外に出てメア様と並行してジェームを捜している内に、奴がどこの商人ギルドにも名前がなく、そしてまともな手掛かりが何一つ掴めないことに気が付いたのです」
背筋がぞっと冷たくなるのを感じた。
ジェームは積み荷を持っており、何かしらの意図を持ってロマーヌに向かっていたはずだ。
彼らが真っ直ぐロマーヌにいったとすれば、何ら痕跡を拾えなかったのは異様すぎる。
「我々はメア様の後を追う以外に、外でも五百年前や、神話時代のことで知れることはないかと探しておりました。その中で、ジュレム伯爵に関する伝承が、不思議にドゥーム族に伝わる記録にあった緑の男と符合することに気づきました。そして月祭が起こる度に、ドゥーム族に干渉していた謎の人物が、世間を騒がせる怪人ジュレム伯爵と同一人物であることがわかったのです」
笑い飛ばしてしまいたい話だったが、俺の知っている情報と揃い過ぎている。
しかし、信じられない。まさか本当にジェームがジュレム伯爵だと、こう聞かされてもまだ納得しきれていない自分がいた。
「奴は、あの手この手であなたを誘導し、メア様を連れ去ろうとするでしょう。どうか誰にも行先を告げず、ここからお逃げください! 貴方は素晴らしい魔術師ではありましたが、ジュレム伯爵に目をつけられれば、人間が足掻いてどうにかなるものではないのです! 奴の奸計もそうでございますが、ネレア様は利用された挙句に、周囲数百平方メートルごと石へと変えられてしまいました……」
デフネが必死に俺へと訴える。
知れば知る程、ジュレム伯爵の不気味さが増していく。
一人の人物として、あまりに規模が大きすぎる。
俺から見ても恐ろしい魔術師である。
「メレゼフ様も、人としての域を超越した御方……仮に貴方とぶつかれば、どうなるかはわかりませぬ。それにメレゼフ様が本気になれば、村一つがなくなりかねない……。貴方は、ジュレム伯爵とも、メレゼフ様とも出会うべきではありません」
……そこまでメアの父親は危ないのか。
「……少し、考えさせてください」
……これは想定できる中で、最悪のパターンに入っているかもしれない。
ペテロとクゥドルを敵に回しながら、同時にジュレム伯爵を相手取る必要が出て来た。
おまけに追手のメレゼフの問題もある。
「そうだ、もういっそのこと……」
本格的に魔力波塔を用いて宇宙に黒い落とし穴を掘って星を落とせる兵器の準備をしておいた方がいいかもしれない。
現状では何か一つ理論が間違っていれば星が消える可能性があるという話になっているのだが、これを意図的に確実にブラックホールに星を叩き込めるようにする、という手もある。
さすがのジュレム伯爵も星丸ごと塵にはなりたくないだろう。
クゥドルとジュレム伯爵への星質にしてしまえば、連中も俺に手出しはできなくなる。
「怖い顔をされておりますが、何かとんでもないことを考えていらっしゃいませぬか……?」
「…………」
俺は顔に力を入れて背筋を伸ばし、表情を整えた。
デフネが不安そうに眉を顰める。
「その、悩むお気持ちは分かりますが、あまり時間はないかもしれません……。手遅れになればきっと、メア様は赤石としてジュレム伯爵の道具にされてしまいます」
「……赤石のことは、ペテロ……あの悪趣味なオカマにも話してやってください。ペテロの出方も見たいですし……それに無理に隠さなくても、元々赤石について知っている奴もいます。そちらから漏れる可能性もあります」
「しかし、それでは貴方の行動も制限されてしまいかねません……」
俺は首を振る。
「……きっと、デフネさんが拷問を受ければ、メアは悲しみます。俺も嫌です。ですから、必ずペテロには話してください。もしペテロがデフネさんに拷問を行いそうであれば、俺が多少無茶をしても中断させます。多分、そうすればその時点でペテロに俺とデフネさんの間で重要な話し合いがあったことを悟られてしまいます。ですから、俺がそうする前に、ペテロに情報を話してしまってください」
「……申し訳ございませぬ、マーレン族の御方……。おお、外に出たメア様に、こんな素晴らしい御友人ができていたとは、思いもしませんでした……。貴方がこれからどうするのか、私はこれ以上の口出しはしません。ですが、きっとメア様を幸せにしてくださるのだと、そう信じてもよろしいでしょうか?」
「任せてください、デフネさん。絶対に俺は、メアを守って幸せにします」
俺はデフネと約束した。
デフネは目を赤くして泣きそうになっていたが、この後ペテロと顔を合わせることを思い出したらしく、涙を流すのをぐっと堪えた。