二十五話 ドゥーム族の襲撃⑤
あの後、控えていたドゥーム族には逃げられたが、デフネはあのまま捕えることに成功していた。
今は彼はラルクの倉庫の一つに閉じ込め、アグロア石の手錠で魔力と腕を封じた上で中の柱に縄で縛りつけている。
ただ俺としてはアグロア石への強い不信感があったので、見張り用のオーテムを置いて何かあればデフネをボコボコにしてもらうように設定している。
俺はペテロの立ち合いの元にデフネのいる倉庫を訪れていた。
「ジュレム伯爵は、関係ないのですか……?」
「ええ、そうよ。ワタシからも、王家に顔の利く立場としても、クゥドル教会の上層部としても、断言させてもらうわ。彼は、対ジュレム伯爵用の魔術師の一人として、ワタシが部下に引き入れてたマーレン族よ」
ペテロが腕を組みながら、口元を得意げに歪ませてそう言った。
そうか、俺はペテロの部下だったのか。まったく知らなかった。
「それよりもドゥーム族がジュレム伯爵のことを掴んでいたことが驚きね。この際だから、洗いざらい吐いてもらうわよ。これ以上、王家に隠れての行動は慎むことね。アナタ、何を知っているのかしら? 赤石についても、詳しく教えてもらうわよ」
ペテロが続けて問い掛ける。
俺は下唇を噛んだ。
しまった。
俺はクゥドルから聞いたメアの話をペテロには伏せることにしていた。
ペテロは今でこそ敵対していないが、元々はクゥドルの力を利用するために俺を殺そうとしたこともある。
ペテロは必要とあれば手段を選ばない。
赤石の話を聞けばメアの行動を制限して監視下におきたがり、暗殺することも視野に入れるだろう。
デフネは俺の顔をちらりと窺った後、俺とペテロから顔を逸らした。
「……煮るなり焼くなり、好きにしてくだされ。部族の決定なく、私が独断でお話しすることはできない。この件は我々の存亡にも拘ることだ。貴方が王家の関係者ということも、信じるに値する証拠がない」
「へえ、言ってくれるわね。参ったわね、アナタに何かを見せても証拠として理解できるとは思えないから、ちょっと痛い目に見て喋ってもらうことになるわよ。ワタシ達も、あまり余裕がないものでね。アベルちゃん、少し部屋を出て、代わりにミュンヒを呼んで頂戴」
ペテロが長い舌を口の周りに這わせる。
「……ペテロさん、少し出てもらっていいですか? メアの親戚に対して、少し言いたいことがあるんです」
「ワタシがいたら不都合かしら? それ、後にならないの?」
俺の考えていることに勘付いているのか、ペテロは食い下がってくる様子を見せた。
……ペテロはこれで、長年に渡って王家を傀儡にしてきたフィクサーでもある。
心理戦や交渉で争いたくはない。
「先にお願いします。メアのアフターフォローにも繋がりますから……」
俺が少し苛立ったふうに言うと、ペテロは訝しむ様に自分の唇に曲げた指を押し当てる。
「ふ~ん……まぁ、いいわよ。あまりアナタの機嫌も損ねたくないものね。ただし、あまり時間を掛けないで頂戴ね」
ペテロが含みのあることを口にしながらも、倉庫を出ていった。
……やはり、ペテロを信頼し過ぎるのも少々危険な気がする。
倉庫の扉が閉じられるのを確認した後に、さてどう切り出したものかと考える。
デフネに口止めができれば最善だが、向こうにとって俺との約束を取り付ける意味がない。
胸糞の悪い連中なので野放しにもしたくはないのだが、こっそりと逃がすことを条件に情報を喋らせるのも手かもしれない。
いや、それよりもまず、言っておくべきことがあるはずだ。
「お前達ドゥーム族は、同胞を手に掛ける事にも何ら罪悪感を持たないんだな。いったいどういうつもりで……」
「虫のいいこととは存じておりますが、お願いがあります! どうか、聞き入れてはくださらぬでしょうか? 貴方を、メア様の御友人と見込んでのことです!」
デフネは俺の言葉を遮って声を上げ、縛られた状態で最大限に頭を下げようとする。
俺が呆気に取られている間にデフネは続けて喋る。
「メア様を連れて、誰にも告げずにここからお逃げください! 私ではドゥーム族の長であり、メア様の父親であるメレゼフ様を説得することは敵いませんでした……。また、我々ドゥーム族では、メア様をジュレム伯爵の手から守ることできる力はありませぬ。しかし、貴方ならば! メレゼフ様とジュレム伯爵を振り切ることもできる! 私はそう考えております! 貴方がジュレム伯爵の手先ではないと確信は持てませぬが……ただ、メア様を犠牲にしないためには、こうする他にないのです!」
デフネが必死に俺へと訴えかけて来る。
だが、何を言っているのかまったくわからない。
「ま、待ってくれ、どういうことだ。メアの父親が追ってきているのか?」
メアの前で言っていたことと全く違う。
そもそもメアの父親は、メアを殺すことに反対していたという話だったはずだ。
「……ここに来る道中で、我々は意図的に、メア様の父親であり、ドゥーム族の長であるメレゼフ様を別の地へ置き去りにしました。メレゼフ様は個より全体を重んじる御方……意志は固く、実の娘であっても手に掛けるおつもりです。しかし私は、メレゼフ様がメア様を殺すようなことは絶対にあってはならないと考え、あの御方を外したままメア様を殺そうとしておりました」
メアとデフネの会話を思い返す。
今思えば、メアは父親の思惑が絡んでいることにほぼ確信を持っている様子であった。
「ジュレム伯爵の名前をどこで知ったんだ? ドゥーム族の集落にも現れたのか?」
「……はい、そうでございます。我々はあまりにも愚かなことに、奴が来た際には手放しに歓迎し、メア様の誘拐と、メア様の母親であるネレア様の殺害を許してしまったのです! 我々は全てが終わってから気が付いたのです。あの、あまりにも怪しい時期に偶然ドゥーム族を訪れた旅の行商人、ジェームと名乗っていた緑髪の男こそ、ジュレム伯爵に違いないと!」
「え……?」
予想外のところからジェームの名前が跳び出して来た。
いや、疑いたくはなかったが、考えたことがなかったわけではない。
クゥドルからどうやってメアと出会ったか、そのときに他に怪しい人物はいなかったかと問われたときも、俺の脳裏にジェームの名が掠めていた。