二十四話 ドゥーム族の襲撃④
俺はデフネ率いるドゥーム族連中に連れられ、店の前へと出ていた。
続いてメアが、少し遅れてペテロ、ミュンヒがついてきた。
俺はメアの護衛用オーテムがしっかりとついてきていることを目で確認する。
「……話を再開いたしましょうか。そちらのメア様は、赤石……つまりは忌み子でしてな、災厄を齎すとして、ドゥーム族の掟で処刑が決まっている」
デフネが俺に背を向けたまま、ゆっくりと語る。
俺はメアの様子を尻目に確認する。
あまり彼女に聞かせていい話ではなかったのかもしれない。
メアは知らされていなかったらしく、動揺しているようだった。
「今でこそ廃れておるが、かつては王家との盟約でも決まっておったことでおり、決して単なる迷信などではない。もっとも、遥か遠い過去に結ばれたもので、今代では王家との関りはないのですがな。しかし、我々も、勝手な事情でこんなことを言っているわけではないと、お分かりいただきたい」
デフネが咳払いを挟み、俺の方を振り返った。
「赤石は引き渡してもらいましょう。それは危険なものなのです」
急すぎる、とは思わなかった。
むしろ、俺がもっとこういう事態のことを想定しておくべきだったのだと、遅すぎる後悔の念を抱いた。
なぜかドゥーム族がメアを追いかけ回していたことは知っていたのだし、クゥドルの反応からもメアに何らかのよくない事情を背負っていることはわかっていた。
今となってはだが、デフネの話も、ペテロにドゥーム族について探っておいてもらえば、王家とドゥーム族の間で行われた盟約を知ることができただろう。
クゥドルはドゥーム族の先祖の事は知っていたが、ここ数百年の事は何も知らないのだ。
「……メアを連れて行って、どうするんですか?」
「人目のないところまで我々が連れて行き、処分することになりますな。遺体もドゥーム族で保管させていただきます。素直に引き渡してはいただけませんかな? 話し合いが決裂すれば、我々はあなただけではなく、この村を巻き添えにすることも厭わない覚悟で来ている」
デフネは淡々と言い切った。
「……散々嫌がらせして追い出して、やっぱり殺さないとまずかったから殺させろ、か。どれだけ必要だと宣ったところで、その上から目線とメアに対する赤石呼ばわりで、お前の本性は丸見えだ」
俺は杖を構え、デフネへと向ける。
「それでこっちが納得すると本気で思ってるなら、そんなクソ部族は全員纏めて滅んでしまえ。お前はマーレン族マーレン族と煩いが、俺は部族の代表なんて名乗るつもりはない。メアの仲間として戦わせてもらう」
デフネがやや沈黙した後、わずかに口許を緩ませる。
「……よい友人に出会われましたな、メア様。それだけが唯一の救いでございます」
デフネが何か呟いたようだったが、聞き取ることはできなかった。
「……あ、あの、デフネおじさん……その……父様の、命令なんですか? そうなんですよね?」
メアがデフネへと問い掛ける。
デフネが眉間に皺を寄せ、目線を外して沈黙する。
「や、やっぱり、そうなんですね……父様が、メアを……」
メアが身を縮め、涙を漏らした。
デフネは嘲笑う様に鼻を鳴らした。
「ハンッ、メレゼフ様は関係ございません。あの御方は反対しておりましたので、我々が無断でドゥーム族の今後を憂いて動いたまでのこと。まったく、愛娘のこととなれば判断が曇るのがあの御方の欠点……赤石が見つかり次第殺すと取り決めたのはメレゼフ様だというのに、この様な身勝手をなさるとは、我らの族長たる資格があるのか疑わしいところ……」
デフネが歯を見せて不気味な笑みを浮かべ、首を振った。
「お前……!」
細かい事情はわからないが、だいたいは察した。
恐らくドゥーム族の中でも、先走った過激派集団なのだろう。
やけに馬鹿丁寧だが、言葉の節々からはメアへの軽視が滲み出ていた。
「マーレン族よ、引き下がらないというのならば、力で押し通させていただきますぞ。我々には、ドゥーム族と、そしてこの国の未来が掛かっている。下がるという選択肢はないのです。あなたに納得いただきたいため最初は一対一という形式を取らせていただきますが、仮に私が負けても彼らは引き下がらないでしょう。かかっているものが大きすぎるもので、それは先に了承いただきたい。私も武人の端くれ、極力卑劣でありたくはないので、先に伝えさせていただく」
デフネが口にすると、他のドゥーム族が彼の背後で武器を構えていく。
戦いが終わり次第、有無を言わさずメアを強行で連れていくつもりらしい。
「もっとも私も、負けるつもりは微塵もございませぬがね。負けを恥とは思わぬことです、貴方はまだ若く、マーレン族は長く戦争を知らない。だが我々はこの時に備え、鍛錬を怠らなかった。それに見たところ、貴方は典型的な魔術師型で、肉体的な鍛練を積んでいない。大勢同士ではともかく、一騎打ちでそれが通用するのは、程度の低い連中同士での話……。我々には、古来より伝わっている対魔術師用の槍術や歩術もある」
デフネが両腕で槍を持ち、穂先を地面へと深く突き刺した。
腕に力が込められ、遠目から見てわかる程に膨れ上がる。
顔つきも一変し、戦士のそれになった。
「……魔力による、身体強化」
あの筋肉の独特な膨張は、魔力を用いた身体強化だ。
俺もこれまでに、アレを使いこなせる人間は片手で数えられるほどしか見たことがない。
「よくご存じでしたね。もっとも、かつては貴方方も使えたそうですが、既に失われてしまったのでは? さて、本物の決闘というものを教えてさしあげましょう。ドゥーム族流にはなりますがね。せめて精一杯この私と戦ったことを、この日の慰めにするといい」
……口だけの小物かと思ったが、少し侮れないかもしれない。
俺とは違う、明らかに対人戦を視野に入れて武術を鍛えた、本物の戦士だ。
街の冒険者程度ではこの気迫は出せないだろう。
瞳からも、強い意志を感じる。
マーレン族同様長らく引きこもっていた連中だ。
ペテロの持っていた脅威度リストにドゥーム族の名前はなかったが、実力者であってもおかしくはない。
「শিখা এই হাত」
俺は炎球をデフネの足許へと放つ。
「むっ」
爆ぜた炎が地を抉り、デフネを弾き飛ばした。
遠くの屋根に彼の持っていた槍が突き刺さる。
デフネの身体も離れたところにある家屋の壁に叩きつけられていた。
何かあればすぐ跳び出せる様に槍を構えていたドゥーム族の連中が、そのままの姿勢で真顔になっていた。
「なんだ、気のせいか……」
俺は呟く。
警戒したほどではなかった。
一応、保険をかけて直撃させなくてよかった。
デフネが目を見開いて叫ぶ。
「ち、散れえええええ! こいつはジュレムの手先だ!」
全員思い出した様に動き出し、あっという間にその場から跳んで去って行く。
デフネが壁から剝がれ、地面へとゆっくり倒れた。




