二十二話 ドゥーム族の襲撃②
しばらく誰も言葉を発さなかった。
ここに来るまでは強気だったメアも、実際にフィロを前にするとすっかり大人しくなっていた。
元々メアは初対面の相手に強気に出られるタイプではないのだ。
ただ一応、フィロにアピールするかのように、俺の袖をぎゅっと力強く握っている。
「青い髪の毛……そっか、キミがアベルとずっと一緒にいた女の子か。ここに来る途中で、話には聞いていたよ」
沈黙を破ったのは、フィロの呟いた言葉だった。
「とりあえず、部屋の中に入ったらどうだい? 別に一人用部屋だから、あんまりスペースはないけど……」
フィロがメアを招き入れる。
メアが俺へと確認を取る様に視線を投げかけて来た。
俺は小さく頷いた。
部屋の中に入り、フィロがベッドに座り、俺がその横に座り、メアが机から引っ張り出して来た椅子の上に座ることとなった。
「……その、大変だったな。フィロ一人でここまで来たってわけじゃないんだよな?」
「ああ、当然だけど、ジゼルちゃんも来ている。シビィも来ているし、リーフェル家のリルちゃんまで、占術師として連れて来られている。全く、本当に大変だったんだからな」
フィロが大きく息を漏らす。
本当にすいませんでした。
「そ、そんな言い方しなくても……。アベルも、悩んだ末の決断だったんでしょうし……」
メアが小さめの声でそう言った。
「え? あ、ああ、そうだね。ちょっと言い過ぎたかもしれない……ごめん」
フィロに素直にそう言われると少ししっくりこない感じがする。
元々、今思い返してもやっぱり目の前の問題から逃げ出して、周りがその間に自分の思い通りに進んでくれていますようにという甘えでしかなかったので、反省しかない。
恐らく同じ状況に陥ったら、また同じような事をしてしまいそうな気はするが……。
「ま、まぁ、フィロがちょっと言い方キツいのは、いつも照れ隠しだから……。言ってることは全部正しいし……」
「て、照れ隠しって、ア、アベルは、いつもそういうふうにボクを見てたのか!? じゃあキミ、やっぱり全部わかってた癖に、今まで素知らぬ顔をして……!」
フィロが顔を赤くして、拳を握り締める。
「ス、ストップ! 何か誤解してそうだけど、えっと、別にそういう意味合いじゃなくて……!」
「なんだか、フィロさん、凄くアベルと仲良さそうですね……」
メアが椅子の上で身を縮め、小さくなっていた。
「あ、いや、確かにアベルとは幼少からの腐れ縁だったけど、別に何かあったとか、そういうわけじゃあないから……」
フィロが落ち込むメアへと弁明する。
ふと、俺は妙なことに気が付いた。
「あれ、大人は来なかったんだな? 子供だけ外に出したのか」
フィロが身体を硬直させた。
「……て、手分けして捜すことになったんだ」
「手分けまでしていたのか……」
俺は肩を落とす。
フィロは大分優しめに言ってはいるが、やはり相当な大事になってしまっていたようだ。
父親や族長は、思春期のちょっとした自分探しの旅程度に受け止めてくれるんじゃなかろうかと期待していたのだが、俺の勝手な希望的推測に過ぎなかったらしい。
「あれ……?」
なぜ、分け方が子供と大人で綺麗に割れているんだ……?
「フィロ……大人組は、何人いたんだ? 今はどこを回っている予定なんだ?」
「ろ、六人だったかな。水の都ネフェルシアとか、山岳都市ノウラウンとか……」
「なんで大人側の方が多いんだ? それに、なんだか、観光名所ばかりな気がするんだが……。なぁ、フィロ、いったいどうなっているんだ? ひょっとして何か、まずいことになって隠してるんじゃないのか?」
「そ、そうだったかな? ボ、ボクあまり地名とかに馴染みがなくて、あまりしっかりと覚えていなかったから、覚えていた地を適当に口にしてしまったかもしれない……」
「それならいいんだけど……」
フィロが汗を流しながら、俺からさっと目を逸らした。
俺にはどう見ても何かを隠しているようにしか見えなかったのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
いざとなったらラルクやペテロに手を貸してもらうという手もあるし、それが駄目なら俺が力技で動くという手段も取れるので、遠慮なく言ってほしいのだが。
「えっと……自己紹介が遅れたね。ボクはフィロ、このオーテム狂の、昔ながらの知人だよ。メアさん、でいいんだよね? 額の石がないけど……ドゥーム族でいいのかな」
フィロがメアへと視線を移す。
「は、はい……」
メアがやや不安げに頷き、そのまま俯いた。
フィロが探る様に、じっとメアの顔を眺めていた。
「あの、さ。俺実は、まだちょっと集落には帰れなくて……」
俺にはファージ領で進めている計画が幾つもある。
錬金術師団も、俺が急にいなくなれば混乱するだろう。
……この辺りは、アルタミアに引き継いで隠居する、という手も取れなくはない。
しかし、ジュレム伯爵問題が片付くより先に俺が帰れば、ペテロが発狂してクゥドルが大暴れするはずだ。
里帰りで国を滅ぼした人間として歴史に俺の名が刻まれてしまう。
「はぁ!? キ、キミ、この期に及んで、まだそういうことを言うのか。わかってるだろうけど、すぐにジゼルちゃん達がここに来るよ」
「う、うう……そうだよな……」
俺が頭を抱えると、フィロが大きく溜め息を吐く。
最悪のタイミングで重なってきた。
申し訳ないが、ジュレム伯爵問題には俺は参戦できない可能性が浮上してきた。
無論、国と里帰りを天秤に掛けて里帰りを取るつもりはない。
ジゼルやフィロ、マーレン族には悪いが、それどころではないのだ。
だが、このジゼルがすぐそこまで来ている状況では、俺はきっと、ジュレム伯爵問題にしばらく全力では取り組めないだろう。
何なら直接顔を合わせたら罪悪感だけで寝込める自信まである。
それは俺の愚行のせいなのですべて受け入れるしかない。
ただ、ジュレム伯爵に、今だけは動かないでくれと願うばかりである。
「動いたときには、それしかないって思ってたんだけどな……」
思わず弱音が口を出る。
フィロに関しても、振り返ってみれば散々な事をした覚えがある。
先程は咄嗟に言い訳はしたが、気づいていなかったわけではない。
フィロが俺を意識していたのは気が付いていた。
それにフィロは可愛いし、性格もいい。
多少素直でないところはあるが、わかりやすいし、それに何より、意地を通して人を不快にするようなことは絶対にしない。
気遣いができて、面倒見がいいのだ。
俺も、集落にいたときはフィロを意識していた。
ただ、十六歳で急いで結婚を意識しなければならない、という感覚が俺にはなかった。
前世の経験に引きずられていたのだろう。
おまけに横にはジゼルがくっ付いており、俺自身も魔術に傾倒していて他の方面にあまり目を向けられなかったのだ。
今は、俺の横にはメアがいる。
集落にいたときの様にはフィロを見られない。
「悪い……」
つい、口をついて言葉がでてきた。
「いいよ」
フィロがやや弱々しい声で答えた。
「まだジゼルちゃんと顔を合わせられそうにないのなら、ボクからも誤魔化しておいてあげるよ。どこかに隠れるのに、口裏を合わせてあげてもいい。メッセージがあるなら伝えておいてあげるし、一旦旅を終えて帰る様に説得しておいてあげてもいい。聞き入れてくれるかはわからないけどね」
「フィロ……」
「その代わり条件がある! 絶対に、いつかはマーレン族の集落まで帰って来るんだぞ! いいな! これを破ったら、次こそは承知しないからな! 今度は、地獄の果てまで追いかけ回してやる!」
フィロが立ち上がり、声を張り上げて言った。
「……ありがとうな、フィロ。本当に悪い、助かる」
俺はフィロへと頭を下げた。




