十五話 ファージ領三大兵器⑦
「あっはははははは! 何それ、あはははははははは! おっかしい!」
「……そこまで笑うことか?」
「いやいや、だっておかしいでしょ!」
シェイムは俺の部屋で腹を抱えて笑っていた。
何らかのリアクションはあるかもしれないと思ったが、ここまで大笑いされるとは思わなかった。
「はー、はー、駄目だ、笑い過ぎてちょっと苦しいかも……」
そう言うシェイムの視線の先には、壁に杭で固定された青色のフォーグの皮……もとい、偽水神様が飾られている。
もっとも、何も知らない人が見ても、ただのフォーグの突然変異体にしか見えないだろうが。
「そう笑い者にするとは失礼な。これは名のある水の神だぞ」
「いやいや、失礼なのはアベルちゃんだから! リーヴァイが化けて出るわよそれ!」
言いながら必死にシェイムは呼吸を整えている。
結構ゲラな面があるな、この人。
「あー、本当お腹痛い。なんでこんなの飾っちゃったの? 自分で狩った魔獣の骨や毛皮を飾ってる冒険者は多いけど、フォーグなんて飾ってる人なんて初めて聞いたもん本当に。だって、格好よくないじゃんフォーグって!」
「いや、珍しかったからとりあえず保存の容易な皮だけでも残しておこうと思って」
「さすがアベルちゃん、俗人とは目の付け所が違うというか、容易には理解しがたいというか。大丈夫? メアちゃん、あの男に角取られたり、吊り上げられて壁に飾られそうになったりしなかった?」
シェイムはメアへと背後から緩く抱きしめながら、彼女へと忠告する。
なんだそのホラー映画のサイコキラーみたいな行動は。
シェイムはいったい俺を何だと思っているのか。
「……アベルはそんな酷いことしませんもん」
メアが無表情のまま、ぷいとシェイムから顔を晒す。
シェイムは口をすぼめ、しょんぼりとした表情を浮かべる。
「ごめんってメアちゃーん! どうしたら機嫌直してくれるかなぁー!」
どうやら部屋に入る時の一件で随分機嫌シェイムに腹を立てているらしい。
シェ、シェイムは恩人だから……。
「と、ところで、シェイムは何か他に用事があったのか?」
「冷たいなーアベルちゃん。友達に会いに来るのに他に理由なんかいらないって。ちょっと時間空いたし、なんだか凄いことになってるみたいだから、様子見に行きたいなーって」
俺はシェイムの言葉に口許を緩める。
シェイムはメアの肩に腕を垂らしたまま俺の顔を眺めながらにんまりと笑い、口元を手で覆い隠す。
「……と言いつつ、ちょっと様変わりしたファージ領をついでに観光できたらいいなーと思ってたり」
「俺が案内しよう。月祭の前後の七日間に、ファージ領で大掛かりな祭りをやる予定になってるんだけど……さすがにちょっと遠すぎるか」
「噂には聞いてたんだけど、二週間も滞在し続けるわけにはいかないからねー。アタシもアタシで、その辺りちょっとやることがあって。最近忙しいんだよね」
「何かあったのか?」
「んふー、大したことじゃないんだけどねー」
シェイムはメアから身体を離し、自身の脚に固定されているポーチから、巻かれた羊皮紙を取り出した。
「じゃじゃーん! E級冒険者になっちゃいました! それなりにマメに動いてた評価も証明書に記してもらえたから、これでちょっと動きやすくなったっていうか、できることが一気に増えちゃって」
シェイムが得意気に言う。
「……ま、うっかりで伝説級冒険者、シャルロット王女の騎士、大英雄ガストン様を作り出したアベルちゃんには敵わないけどねー」
「そ、それはあんまり外で口にしないでくれると助かる」
俺は思わず扉の方を見る。
誰かに聞かれていたら本当に厄介なことになりかねない。
火種を作っておいて無責任と言われる筋合いがあるのは理解しているが、俺はもう一生ガストンとは関わりたくない。
「金の問題なら、恩もあるし……」
開発費の工面に難航しているので余裕があるわけではないが、今更百万Gくらい、誤差のようなものである。
ここまで土台があるのだから、どうとでもなるだろう。
「ダーメ! アタシ、そういう頼り方はちょっとね。アベルちゃんも、気持ちはわかるでしょ? アタシは細々だけど、自分の力で頑張って生活してるのが好きなの」
「わ、悪い……」
正直、俺もそういうのはあまり好きではない。
恩があったのでつい言ってしまったが、さっぱり断ってくれてむしろいい気分だ。
「でもちょっぴり心強いかも。アタシ、本当にまずくなったらアベルちゃんに頼っちゃおっかなー、ニシシ」
シェイムがわざとらしく笑った。
その後に簡単な雑談を挟み、ユーリスにお菓子を出してもらって客室で存分に駄弁った後に、メアとシェイムを連れてファージ領巡りを行うこととなった。
「とはいっても、どこから回ったものか」
「アタシ、アレについて知りたい! どうせアベルちゃんでしょ? あんなの作っちゃうの」
シェイムが指差す先は、ファージ領の離れだった。
高く聳える飾り気のない金属の柱、魔力波塔だった。
俺とメアは、思わず揃って無表情になった。
「あ、あんまり踏み込まない方がいいですよ、シェイムさん」
「……い、いや、アレはちょっとマズいっていうか……」
「ねーアレ、何のために作ったの? ラルク男爵も、大分頭を抱えてるみたいだったけど」
「魔法具の仲介用……なんだけど。離れたところにいる人と連絡を取れる奴の……」
「っていう建前で? 何やらかそうとしてるの?」
シェイムは目を輝かせ、顔に興奮の色を滲ませて俺を見ていた。
こ、この人……勘、凄まじいな。
いや、俺やラルクの反応でだいたい察するか。
近くで見たいというシェイムの要望に応え、そのまま三人で魔力波塔の傍へと向かった。
俺も最初は黙っておくつもりだったのだが、シェイムの質問責めに耐えかねて、ぽろぽろと零してしまっていた。
「……本当に内緒にしといてほしいんだけど、こう、対魔獣用の迎撃兵器というか」
「本当にぃ? おっきい木のドラゴンみたいなのも飾られてたけど、あれも動くんじゃないの? ねえ? 何用に備えてるの、アレ? 気になるなー、アタシ」
シェイムがにやにや笑いながら、肘で俺の脇を突いて尋ねて来る。
「アベル……またペテロさんから怒られません?」
メアが心配する様に俺へと言う。
「え、何その人? ラルク男爵の下で作ってるんじゃないの?」
駄目だ。このパターンは本当に駄目な奴だ。
シェイムは多分口が堅い方だとは思うが、さすがにこれは部外者に喋っていいことではないのだ。
「こ、これ以上は質問にはノーコメントで! 見るのはいいから! 見るのは!」
「んー? アベルちゃんが困ってるみたいだから、じゃあそうしてあげる」
……まぁ、ちょっと近づいて見せるくらいならセーフだろう。
俺は心中でペテロとうっかり遭遇しませんようにと願いながら、魔力波塔へと近付いていく。
十数分の内に、村外れの魔力波塔のすぐ下にまで来ていた。
「えええ!? すごっ、スケール大きすぎてよくわからないんだけど、アベルちゃん正気!? 本当にそんなことできるの!? すっご!」
シェイムが目を丸くして、大きな声で叫ぶ。
「できるかどうかで言われたら、安全性の確保が難しくて実験できていないから答えられないな。ただ、俺は出来ると信じているし、だからこれを造ってるんだよ」
「アタシが馬鹿だと思って適当なこと言ってない? ねぇ、もうちょっと詳しく教えてよ!」
おっと、失礼な発言だ。
その言葉には気逃せない。
俺への挑戦と受け取らせてもらおう。
「……あの、アベル、ペテロさんに怒られますよ?」
メアが俺の肩に手を置く。
俺はメアを振り返り、頷く。
「ああ、わかっている」
その後、すぐにシェイムへと向き直る。
「空間と時間を合わせて、俺達の認識できる次元が四つとされている。俺はこれを、本来はもっと多くの次元数があるが、人間からは折りたたまれた四次元の状態しか認識できない、という解釈に基づいてこの兵器の理論を作っている。実際に魔術学では精霊体にしか認識できない次元があるとされているし、多くの魔術はその前提の上に成り立っている。この兵器は、強引にその折りたたまれた空間を二次元ほど展開し、局所的に三次元空間に干渉できるようにする。そして、その歪に対象を巻き込んで破壊する、といった理屈になっている。この三次元空間の住人である以上、避けることも防ぐこともできない」
「アタシ、塔の中見たい! 塔の中! どこまでできてるの? いつできるの?」
俺の魔術に、ここまで興味を持ってもらえたのは久々だ。
俺は囚われの身にあるペンラートのことを秘かに思い出し、思わず涙ぐみそうになった。
シェイムは魔術師としての才能があるかもしれない。
「アベルわかってませんよね!? ねぇ!?」
メアが肩を揺らす。
シェ、シェイムは大丈夫だから……! 信用できるから……!
「……完成は、十年は先になるだろうな。短縮できても、五年より短くはならないだろうと思っている」
「そっかぁ、五年、十年くらいかぁ。……これ、乗っ取られて誤射されたりしないの? 警備もつけずにほっぽりだされてるけど」
「一応、塔の内側には警備のオーテムを置いているし、セキリュティはガチガチだから心配はいらないはずだ。俺の魔紋と鍵が揃っていないと作動しない。だから、起動には俺が直接魔力でスイッチを入れる必要がある。それに、俺以外の干渉があった場合には、勿体ないけど自壊するように設定してるよ」
「じゃあ安心……なのかなぁ」
シェイムが苦笑する。
「塔の中だけど……」
「やっぱいいや! アベルちゃんもメアちゃんもあんまり見せたくはなかったみたいだから、これくらいにしとくね。アタシ見てもどうせわかんないし。他にどこか面白そうなところってあるの?」
シェイムが快活に笑って言う。
メアが俺の隣でほっと安堵の息を吐いた。
「そ、そうか……」
「なんでアベル、残念そうなんですか……?」