六話 とある火の国の凶兆⑥(side:リムド)
巨大な燃え上がる円盾が突き出され、壁を崩しながらジーム目掛けて突き進む。
ジームは壁を殴り壊し、その穴へと入り込んで円盾より逃れる。
ジームが逃れた壁を、燃え上がる巨大な剣が一閃した。
壁に大きな線が入り、ズレて床へと落ち、天井ごと崩れる。
それと同時に、ついに宮殿の通路が上階層の重みに耐えきれなくなり、マハラ・ラオル宮殿の一部の崩落が始まった。
リムドは燃え上がる剣にジームの追撃に向かわせ、盾を自身の傍へと戻して護りにつけ、崩れる通路を後にした。
場所を転々と移し、リムドとジームの攻防が続く。
剣が宮殿の壁を斬り崩しながらジームを狙う。
ジームは姿を隠しながら燃え上がる剣を座向き、リムドへの接近を試みる。
だが、牽制の炎弾と、護りの燃え上がる円盾の組み合わせを越えられないでいた。
次々に宮殿の至るところが破壊し尽されていく。
ついに二人が舞台をマハラ・ラオル宮殿の屋上へと移したとき、既に宮殿内部は八割方は破壊されていた。
リムドの炎弾と炎剣、炎円盾が、宮殿の上部で飛び交う。
狭さという制約がついになくなったジームは、悠々と飛び回るかの様な動きでリムドを翻弄し続ける。
しかし、ついにジームが避け損なった。
ジームの足の膝から先を、炎剣が斬り飛ばした。宙に舞ったジームの足が、黒焦げになって消滅した。
ジーム自身も着地した際にバランスを崩し、その場に転がった。
「ぬ、ぐ……こ、この私が!」
「焼き消えよジームゥゥウウ!」
リムドが叫びながら、金杖を天へと掲げた。
上空から、炎を纏った円盾がジームへと押し付けられる。
炎の残像で、まるで獄炎の柱が天から落ちて来ているようでもあった。
「油断しましたな、リムド殿」
素早く身体を側転させて跳ね起きたジームが、目にも追えない速度でリムドへと向かう。
足が落ち、致命傷をおったばかりのはずなのだが、むしろ今の戦いにおいても最速の動きであった。
どう走っているのかは、リムドの目では視認することさえできなかった。
「なっ……! শি…」
リムドは咄嗟に金杖を手放し、左手の人差し指をジームへと向ける。
リムドは自身の身を守るため、即効性重視の魔術の媒介である指輪を指へとつけていた。
だが、ここまでの戦いによる疲労と、決め手を打とうとした油断が、彼の動きを僅かに鈍らせた。
一番の過ちは、ジームを仕留めるのを焦り、剣と盾を、同時に攻撃に使ってしまった事だった。
ジームの身体が縦に回転する。
彼の足先が、リムドの手首を蹴とばした。
「あ、がっ……!」
手首がへし折れ、そのまま身体が宙に浮く。
ジームは跳びあがってリムドの首を掴み、地面へと押し倒す。
リムドは首を起こし、ジームの足を睨む。
「な、なぜ……?」
斬り落としたはずの足が、しっかりと生えていた。
ジームの足を落としたときの位置を睨むが、元々焼失してしまっていたので、どれがなんの跡なのか、最早区別がつかなかった。
斬り落としたのが見間違いだったのか、幻覚だったのか、それとも何らかの魔術によって再生したのか、それさえ見当も付かない。
「残念でございましたな、リムド殿よ」
「最早、これまで、か……。貴様……マハラウン王国の者ではあるまい! いつからだなのだ! いつから、ジームと入れ替わった! 貴様の目的はなんだ!」
「ジームと入れ替わった……というのは、正しくはありませんなぁ。ただ、敢えて言うのなら……三百年ほど、前でございましょうかのお」
「は……?」
「ここまで言っても、まだわかりませぬかな? 私が入れ替わったのは、その当時の、五大老でございます」
リムドがそれを聞き、目を見開く。
「き、貴様、まさか……!」
「はっ!」
ジームが首を押さえるのとは逆の手で、リムドの腹に掌底を打ち付ける。
リムドは白目を剥いて喀血し、持ち上げていた首を天井へ垂らす。
ジームはリムドの顔を見下ろして笑い、彼の上から離れる。
ジームの『剛魔』による根がびっしりと浮かんだ異貌が、人間のものへと戻る。
「ふむ、後は何かの機会に処刑して、民衆の扇動にでも利用するかの。生かしておく期間が長引きそうならば……他の五大老が逃さぬ様に、牢を工夫しておかねばならぬ」
ジームは息を吐きながら、首を左右に揺らして鳴らす。
それから自身の背後へと顔を向けた。
「しかし……いかんの、思っていたよりも、ずっと手間取ってしまったわい。見ているのなら、手を貸してくれてもよかったのでございますがの。稀代の天才魔術師ジレメイム殿よ」
ジームの目線の先、少し離れたところに、いつの間にやら人影が浮かんでいた。
緑髪を持つ細身の青年は、ジームの視線を受けると、無表情のままに肩を竦める。
「その名前は止めてくださいよ。今の時代の私は、ただのしがない、旅の商人ですから」
「……して、こちらは見ての通りでございますぞ。後処理を五大老に投げ、事態が纏まるのを待つだけ……。貴殿がガルシャード王国の地神教会に取り入り、極秘裏に進めさせておるという、孤児を使った例の研究はどうなっておりますかな? 魔術師としてはまだ運用できなくても、魔石の代わりくらいにはなるのでは?」
「何度も言いますが、あんなものは、ただのお遊びですよ。それに、一年やそこらではどうにもなりません。データが出揃う前に話すのは私の主義ではありませんので。偏った結果から、勝手な判断をされては困りますから。不明瞭な点も多いので、例え研究が急進したとしても、月祭初期に動かすことはまずあり得ませんよ。現状、そこまでの過剰戦力も必要ありませんので」
「む……固いことを言いなさるの」
「とにかく、貴方は、マハラウン王国にだけ目を向けておいてください。せっかく貴方の意のままにこの国を動かせるようにここまで整えたのに、肝心な貴方が動けなくなっては、しばらく事態が停滞してしまいます。ただでさえ、リーヴァラス国を失ったばかりなのですから……」
「まぁ、あんな国、あってもなくても変わるまいて。龍脈をクゥドルにぶつけられなかったのは損失ではあったが……例のマーレン族が、クゥドルの力を大幅に削いでくれたのでございましょうに? 何も心配は要りませぬわい」
青年が溜息を吐く。
「お時間ができたからと言って、余計なことはしないでくださいね。特に、あのマーレン族は、貴方の管轄ではないのですから」
「わかっておりますとも。まったく、慎重でございますのお」
ジームはそう返しながらも、醜悪な老人の顔に邪悪な笑みを浮かべる。




