五話 とある火の国の凶兆⑤(side:リムド)
リムドの操る二つの石の腕が、通路内を高速で動き回り、ジームを追い掛け回す。
振り下ろされた右手の拳が通路全体を振動させる。
ジームは右手拳の側面を蹴って跳びあがり、天井に両足を付けて逆さになる。
「ここでは、少しばかり相性が悪いか。もうちょっと広い場所で戦うべきだったかの」
ジームはリムドの魔術から逃れられてはいたが、距離を詰めあぐねていた。
二つの石の腕が攻撃を繰り返してくる現状では、ジームの動き方もかなり制限が課される。
そこへリムドの魔術の近距離から追加で放たれては、この横幅の限られた通路では、避け切れなくなってしまう可能性が高かった。
今の間合いが、ジームにとって、リムドの魔術に余裕を持って対応できるであろうと予測を立てた範囲内であった。
「はて、どうしたものか。魔力切れまで粘るのは、少々面倒なのだが……」
「その心配は必要ない。ならば、この場を広げてやろう!」
石の左腕が、天井に親指以外の四指を突き刺し、そのまま天井に張り付くジーム目掛けて前進した。
凄まじい剛力が天井の壁を崩していく。
「むっ……」
ジームは天井を蹴り、壁を蹴り、素早く左腕の脅威から逃れた。
だが、ジームの落下位置へと目掛け、直径二メートル近い巨大な炎弾が放たれていた。
ジームは身体を捻って重心を移し、身体を縦に回して回転運動を加えて軌道を大きく変え、炎弾から逃れた。
「ヒホホ……少しばかり、焦りすぎているのではありませぬかの? リムド殿……」
用意されていた右腕が一直線に放たれ、床へ降り立ったジームをまともに撃ち抜いた。
「思ったより手間を掛けさせられたが、これで……」
「だから焦りすぎだと言っておるのだ、リムド殿よ」
ジームを殴ったはずの石の右腕が、手の甲に大穴を開けられ、全体が罅だらけになって床へと落ちる。
ジームは平然と、殴られる前と同じ位置に立っていた。
だが、全身にびっしりと細かい、植物の根の様な筋繊維が浮かび上がり、人外の風貌となっている。
しかし、見るからに、人間の筋肉とは構造が異なる。
「……ただの『剛魔』ではないな。『剛魔』を最大限に活かすために、身体をかなり弄ったな。最早、原型がない……」
「リムド殿相手に、ここまで手札を晒すことになるとはの。いかがでございますかな? これぞ私の完成させた、実現不可能とされた究極の武術、『龍流し』でございますぞ」
「り、龍流し……?」
マハラウン王国には『剛魔』という、魔力を身体に巡らせることで筋肉を一時的に強化する秘伝武術が存在する。
その『剛魔』を用いた武術として、『剣流し』、『鬼流し』という技が伝えられている。
『剣流し』は、剣で斬りつけて来た相手に対し、硬化した肉体の斜面を剣に沿わせることで、軌道を逸らす技である。
そして『鬼流し』は、自身の受けた打撃衝撃の一部を、壁や地面に逃がしてダメージを軽減する技である。
『龍流し』は、それらを踏まえた上で、『剛魔』を極めれば、あらゆる打撃や斬撃を、完全な形で好きな方向へと返すことができるかもしれないという、架空の技である。
実現できれば、殴り掛かってきた相手の拳へと、そのまま打撃の威力を返すことさえできるとされていた。
「あり得ない……! あらゆる方面から見て、理論上不可能だと、何度も言われていたはずだ! 独自で、完成させたというのか!」
「さて、そろそろ終わりにしようではありませぬか、リムド殿よ」
「こ、この、化け物め!」
リムドが杖を振るう。
破壊された石の右腕が再び辺りに散らばった石の破片を纏って再生し、右手、左手が揃ってリムドの元へと戻っていく。
「ヒホホ……そんなに守りを固めて、どうしたのですかな? この私が、怖いですかな、リムド殿」
ジームが腕を広げ、首を横に倒し、びっしりと根の浮かぶ、異形の顔で奇怪に笑う。
「一つ、死ぬ前にいいことを教えて差し上げましょうぞ。裏切り者が誰であったのか……リムド殿は、随分と気に掛けているご様子でしたな?」
「…………」
「他の五大老……マグラ王も、ラージン殿もカルナ殿も、リムド殿を亡き者にする計画に賛同し、私に今後の国の動きをすべて一任すると、仰ってくださいましたぞ」
「な、なんだと!?」
「リムド殿が私を殺そうとしていたのではない。私が、リムド殿を殺すよう、先に考えたということよ。長年見て来たが、リムド殿は、どうあっても私の邪魔になる。そして、この場を整えるために、リムド殿が私の暗殺を企てる様に追い込み、むざむざこの日をお膳立てしてくれるのを待っておったのだ。他の三人は迷っておるが、ここで私がリムド殿を殺せば、選択肢が既にないのだと知るであろうよ。この王国は、我が手に落ちる」
「き、貴様は一体、何者だ!」
「ヒホホ……このジームを、ただのズレた老いぼれと、お思いでしたかな? 私は、リムド殿がペテロ殿と内通しておったことも、しっかりと知っておる。この私を相手にするには、リムド殿は聊か若過ぎましたな」
ジームが腕を広げたまま、真っ直ぐにリムドへと駆ける。
リムドは石の腕はガードに回したが、そもそもジームの『龍流し』の前に意味があるのかどうか、わかったものではない。
「ならば……শিখা!」
リムドはすぐ傍の壁や床を崩した石の残骸へと杖を向ける。
石の残骸が、魔力の炎に覆われる。
「তুরপুন!」
続けて、炎に覆われる石の残骸へと杖を振るった。
業火に包まれる石が輝き、炎を纏った、透明質で巨大な剣と円盾へと変わる。
剣と円盾が床に落ちる前に、それらを石の両腕が掴み、構えた。
「さすがに私も炎は返せませぬが、それを持ち出しては、今の規模では済みませぬぞ。私を事故死扱いにするのは難しいでしょうに……」
「貴様は、危険過ぎる! ジーム! 例え五大老の名が失墜しようとも、貴様だけは殺す!」
燃え上がる、巨大な剣と円盾が、壁や床、天井を崩しながらジームへと迫っていく。
(ごめんなさいもう一話だけ続くのです……)