とある集落の話11(sideジゼル)
「ようやく、村が見えてきましたね……。どうやら途中で少し、無為に遠回りしてたようですけども」
ジゼルは額の汗を拭いながらも、笑顔でそう口にする。
想定より随分と長く歩くことにはなったが、しかし、この地についに、長旅の目的であった兄のアベルがいるのだ。
ここまでの疲労など、最早過去の話である。
ジゼル率いるアベル捜索隊は、ついに決定的なアベルの情報を掴み、ラルク男爵の治めるファージ領を訪れていた。
一度は誤情報に踊らされて都市ルーガートへと向かったジゼル達だったが、どうにかアッシムの街まで引き返すことに成功し、その地で奇妙なものが売られているのを見つけたのである。
そう、オーテムである。
ほとんど捨てる様な値段で売られていたそれを、ジゼルは一見してアベルの作ったものではないと見抜いたが、何かしらの形でアベルが関わっていると考え、その出自を探ったのである。
そしてついに、ファージ領にて繰り広げられた、リーヴァイ教の大神官と白髪の魔術師の戦いを耳にしたのだ。
今回は前回の様に騙されない様に、しっかりと裏付けも取っていた。
話を聞けば聞くほど、兄であるアベル本人以外には、ジゼルにはとても考えられなかった。
「まさか、ここまでとんとん拍子で話が進むとは。やっぱりアベルさんが派手なことをやらかしてくれていたのがありがたかった」
シビィが腕を組み、安堵した様に小さく頷く。
シビィも慣れない旅に随分と疲弊させられていた。
初期の見知らぬ人間に囲まれる度に怯えていた頃と比べれば、段違いに耐性もついていたが、しかし、いい加減帰りたいという気持ちが勝っていた。
「アベルさんにはとっとと観念して帰って来てもらいましょう。あんまりアベルさんに出歩かれて、マーレン族が全員ああだと思われても、俺達マーレン族全体の危機ですからね」
シビィがわざとらしく肩を竦め、半笑いでそう言った。
「どういう意味ですか、シビィさん? 兄様が、マーレン族にとって何か問題だとでも……」
ジゼルが冷たい声でシビィを振り返る。
「我らマーレンの先祖の霊よ、許しを」
シビィは真顔で手で十字を切った。
ジゼルはシビィを睨んでいたが、すぐに前を向き直る。
それから小さな溜息を零し、喜びから一転、不安げに目を細める。
「……兄様は、素直に帰ってきてくださるでしょうか?」
「ジゼルお姉ちゃん、大丈夫だよ! アベルさんとジゼルお姉ちゃん、すっごく仲が良かったんでしょう? きっと、ちょっと気の迷いで外に出て、そのまま帰ってこられなくなっちゃっただけだって! あたしの恋占いでも、お姉ちゃんとアベルさんの相性はばっちりだったもん!」
リルがぐっと両拳を握って肘を曲げ、ジゼルを元気づける。
「でも……」
「それに、ジゼルお姉ちゃんすっごく美人だもん! 絶対、ぜーったい大丈夫! あたしが保証する! あたしだって、族長を補佐するリーフェル家の占術師なんだからね! 占いの結果だって、すっごく自信あるもん!」
「ありがとうございます、リルちゃん」
ジゼルがリルに微笑みを返す。
「えへへー! ジゼルお姉ちゃんに褒められちゃったあー!」
リルがジゼルに抱き着く。
その様子を眺めていたシビィは、ふとこれまで歩いて来た道を振り返る。
「ところで……本当に今更なんですけども、途中で逸れたフィロさんは、本当にこのままでいいんですか……?」
そう、アッシムの街からファージ領へと向かう際に、少しトラブルがあり、フィロと逸れたままになっていたのだ。
ファージ領行きの馬車がなかったため、ファージ領近辺にあるゴベル村へと向かう隊商に同行させてもらい、そこからは歩いて向かうことになっていた。
だが、あまりスペースに余裕がなかったため、ジゼルとリル、シビィ、フィロの三組に分かれ、それぞれ別の馬車に乗せてもらうことになったのだ。
そこまではよかった。
だが、隊商は運悪くもフォーグの魔物災害に遭遇し、夥しい数のフォーグとの交戦になった。
ジゼル達も魔術での応戦に入り、被害を最低限に押さえて逃れることには成功した。
だが、そのせいで馬車が散り散りになってしまったのだ。
おまけに大損した商人が他の商人の落ち度に尾ひれをつけ、難癖を付けて賠償を求めたことが原因で隊商内は大荒れ。
勝手に帰る者、勝手に進路を変える者、何故か勝手に単独で先に進む者まで現れた。
挙句の果てには、魔物災害の影響により、強烈な毒ガスを振りまくフォーグの変異種が出没し、豪速で隊商を追いかけ回す事件まで勃発した。
ジゼル、リル、シビィはゴベル村で予定通り再会することに成功した。
だが、フィロだけが三日経っても来なかったのだ。
恐らく、フィロを乗せた馬車が、何らかの理由でゴベル村に来なくなってしまったのだ。
リルとシビィは待つべきではないかと考えていたのだが、ジゼルは信頼を寄せている魔導書シムに『時間がないから先に向かった方がいい、手遅れになる』と急かされ、フィロを置き去りにファージ領へと向かうことになったのだ。
「大丈夫ですよ、シビィさん。それにフィロさんが先にファージ領についている可能性だってあるかもしれませんよ? シムさんも、先に行った方がいいと言っています」
ジゼルは言いながら魔導書シムを抱きしめる。
「そうかなぁ……」
「フィロさんはお金だって持っていますし、大丈夫ですよ。シムさんも大丈夫だと言っています。きっとすぐに追い掛けて来ます。兄様と合流してから、ファージ領で待っておきましょう」
「でも、その魔導書にフィロさんの様子がわかるわけでもないし……」
「……大丈夫ですよ」
ジゼルはそう言い、魔導書を開く。
何もなかったページに、精霊語で文字が綴られていた。
『あのフィロという子は、きっと抜け駆けするわ。今の内に置いて行った方がいい。私も人間だった頃に、ああいう子に裏切られたの。それに、こんなところで時間を取られているべきではないわ』
「……シムさんも、お辛いことがあったのですね。いつか、じっくりと聞かせていただいてもいいですか? シムさんが、人間だった頃のお話を……」
またシムに文字が綴られていく。
『いいわ。でも、まだ、人間だった頃のことは、ほんの少ししか思い出せないの。もしもあなたが幸せになれたら、きっと私も、色々なことを思い出せると思うの』
「…………」
『だからジゼルは、私みたいに、本の怨霊なんかにならないで。絶対に、私の分まで幸せになって』
「シムさん……ありがとうございます! 私がここまで来られたのは、シムさんのお陰です! 魔術だって教えてくれたし、肉体強化のコツや、悩みの相談、果てには愚痴なんかまで聞いてもらってしまって……! シムさん! 私、シムさんのためにも、絶対に兄様と幸せになってみせますから!」
ジゼルが魔導書のページに涙を零す。
「あの魔導書……本当にあのまま放っておいていいのかな……」
シビィは不安そうにジゼルの様子を眺めながら、小さな声でそう呟いた。
村に入ったジゼル達は、早速アベルについて調べるため、畑で作業をしている中年の男へと声をかけることにした。
「すいません! あの、この村でリーヴァイ教の大神官を捕らえた、アベルという人をご存じですか? すぐに会いたいのですが……!」
「え、アベルさん? アベルさんは、このパルガス村にはいないぞ。もっと手前側の方の村にいるんだが、途中で寄らなかったのか? なしてこんな、大陸端の僻地を先に……」
「えっ……?」
ジゼルの表情が凍り付いた。
「やだーー! 苦労してここまで、何日も何日も歩いて来たのに! ね、ジゼルお姉ちゃん! 二日、二日でいいから、ちょっとだけ休憩しよう? ね? アベルさんは逃げないから!」
リルがその場に泣き崩れ、ジゼルの服の裾を掴む。
「アンタら、アベルさんの親戚か? 揃いも揃って、白い髪に、赤眼なんて……」
「はぁ……こっちじゃないのかぁ。あ、あの……それより、もしかして、俺達より先に来た旅の人、いませんか?」
シビィは落胆しつつも、フィロの行方の手掛かりがないかと、男へと尋ねる。
「ん? いや、でもあの人は……?」
男はシビィ、ジゼル、リルの顔を見回しながら、何かを思案している様子だった。
「心当たりあるんですか!? 一人逸れちゃって、多分かなりパニックになっていると思うんですよ! フィロさんのところに案内してもらえませんか!」
「あの人、フィロっていうのか。いや、こっちもどう扱っていいのかわからなくて困ってたんだ。迷子になんてなっていない、他の奴が全員迷子になったんだ、なんて喚き始める始末で……」
「……すいません、迷惑をおかけしたみたいで」
マーレン族は長らく秘境の集落から出ず、親戚同士で穏やかに暮らしていたため、一族総コミュ障状態と化していた。
ジゼル達は長旅の中で大分慣れてきてこそいたが、だからといって、知らない地に一人放り出されて正気でいられる自信はなかった。
とち狂って妙な事を口走ってしまってもおかしくない。
「フィロさん、本当に先に来ていたのですね……」
男に案内してもらう道中、ジゼルが疎まし気に呟いた。
「ジ、ジゼルちゃん……?」
「確か、朝はこっちの方で……おお、いたいた! 旅の御方ぁー! アンタのお仲間が追いかけて来ましたよ!」
案内の男が指を差した先から、暗色のマントを羽織る、背の高い男が歩いて来る。
頭部からは、悪魔の如く禍々しい巻き角が伸びる。
ドゥーム族特有の額に輝く青い結晶石よりも、その下の冷酷な三白眼が印象的な男だった。
「……フン、ようやく来たか。これ以上遅ければ、お前達を置いていくつもりであった。まあよかろう、今となっては些事に過ぎぬ。ついに私は、忌まわしき赤石の足取りを捉えることに成功した。これでようやく奴を葬ることができる。星辰が新たなる時代を刻む前に、我が一族の因縁を終わらせるのだ。心して掛かれ、赤石には伯爵か、伯爵の用意した手駒の護衛……」
以前に都市ルーガートで目にした、ドゥーム族集団のボス、メレゼフに違いなかった。
「マーレン族……以前にもお前達は、遠巻きに二度我らを観察していたな。やはり、王家の命で私を付け回していたのか」
メレゼフが不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、ジゼル達を睨む。
「なんでこの人、いつも大物の風格出しながら迷子になってるんだ……?」
シビィは思わず呟き、手で口を押えた。
メレゼフの眼光が強まるのを感じ取り、慌てて手で十字を切った。




