五十二話 後日談
――かくして、リーヴァイ騒動は幕を閉じた。
リーヴァイに成りすましていたメドを討伐して聖都を去ってから、かれこれ一週間が経った。
俺はファージ領のラルク邸の自室にて、机に肘を突き、考え事に耽っていた。
ああ、するしかなかったのだろう。
少なくとも、俺にはあれ以上の事ができたとは思えない。
ただ、あの一件で、纏まりつつあったリーヴァラス国は、完膚なきまでに破壊された。
その事実に変わりはない。
しかし、俺が手を出したことに、何万単位の人の生活が左右されたと思うと、さすがにナイーブにもなる。
「アベルちゃーん、アベルちゃーん!」
ペテロの声が響く。
「あの、客室で待っていただいてよろしいですか? すぐ、お呼びしますので……」
「面倒だからいいわよ、どうせもうしばらくこの村に居着くことになるんだし、ほっといてちょうだい」
「いえ、放っておくも何も、ここはラルク様の館でして! あの、あまり勝手なことは控えていただけると……!」
ユーリスの困惑声と、ペテロの面倒臭そうな声が聞こえる。
「いいですよ、どうせすぐ終わりますから」
俺は適当に答えて席を立ち、それからあの日の事を思い出す。
教徒に水路から救い出されたサーテリアであったが、残酷なことに操り人形状態の間にも意識はしっかりとしていたらしく、偽リーヴァイことメドの赤裸々な告白を間近で聞くことになっていたらしく、『私なんて、内乱で死んでればよかったんです』と泣き喚き、自殺しかねない勢いだった。
ただ、見事なまでに自棄になったメドが民衆の憎しみを煽ってくれたからこそ、サーテリアへと矛先が向かなかったので、それだけは奴の性格の悪さに感謝しておきたい。
ペテロは当初、サーテリアを連れ去り、ディンラート王国に亡命したとでっち上げることで、リーヴァイ亡き後の新・リーヴァイ派の求心力を貶める狙いだったらしい。
ただ、新・リーヴァイ派に最早何の価値もないことは誰の目から見ても明らかになってしまったため、サーテリアを無理に連れて行く必要性もなくなり、彼女はリーヴァラス国に残すこととなった。
『……いい? 五年以内に、リーヴァラス国を、もう一度纏め直しなさい。それができたら、ワタシが、ことによってはディンラート王国が、支援してあげるわ。でも、五年後も今のままで、一部の集団が王国に迷惑を掛けるっていうのなら、その時こそ、リーヴァラス国はお終いだと思いなさい』
最後に、ペテロはサーテリア達にそう言った。
俺は無理だと思った。サーテリアも、教徒達も、無理だと思っただろう。
ペテロだってわかっていたはずだ。残酷な事を言う。
聖都を聖地たらしめる龍脈も枯れてしまったし、サーテリア自体も偽リーヴァイの大神官としての悪印象が付いて回る。
そもそも、今回の騒動で、リーヴァイ教自体にケチがついてしまった。
最早国中、誰もが何を信じるべきなのか、わかっていない。
それでもサーテリアは、頭に地をつけて『ありがとうございます』と返していた。
ペテロは王国第一の冷酷な実利主義者の一面があるが、過去のペルテール教皇は、温厚な人物だったという。
同じく国を守るために必死だったサーテリアを見捨てたくない気持ちがあったのだろうと、俺は勝手に考えている。
俺が開けた扉から、ペテロと部下のミュンヒが入ってくる。
何故かミュンヒは、書類の束を持っていた。ラルクと何か話があったのだろうか?
「アベルちゃん、実はアナタに……何その、気色の悪い皮? 冒険者だって、壁一面にフォーグ飾る馬鹿はいないわよ」
「しつれいですね、これは名のある水の神ですよ」
ペテロが閉口した。
ミュンヒは俺の言葉の意味がわからなかったらしく、首を傾げていた。
クゥドルにメドの蘇生を依頼された俺は、錬金術師団の研究所でこれを弄るわけにもいかず、ラルクに許可を取り、あれやこれやとメドの亡骸に手を加えていたのだ。
無事形を復元したところで蘇生を完全に断念し、壁に打ち付けて固定し、皮に魔術式を刻み、解析を進めていたのだ。
いや、とても参考になった。
「大丈夫? これ、クゥドル神に怒られないの?」
「潰した奴が悪いんです、やれることはやりました。それより、要件っていうのは……」
「そ、そうね、サーテリア教皇から、アベルちゃん宛てに手紙があったのよ」
サーテリア……いつどのタイミングで受け取った手紙かは知らないが、とりあえず手紙を出した段階では、まだ殺されずにやっていたらしい。
「元、でしょう」
「一応自称だけど、教皇に復帰したらしいわよ」
「へぇ……リーヴァイ教、あの状態から存続できたんですね」
ミュンヒが首を振る。
「……いえ、リーヴァイ教ではなく、アーヴェル教です」
「なんですかその神?」
ペテロが黙って俺に人差し指を向けた。
一瞬意味がわからなかったが、十秒ほど考えてようやく理解できた。
「え、俺ですか……? え、冗談? え?」
「……大マジらしいわ。実はワタシの部下にリーヴァラス国の様子を偵察に向かわせていたのだけれど、アベルちゃんの石像を、聖都に設置し始めてるらしいわよ」
「なんで!? 嫌がらせ!?」
どうした、何が起きてるんだ? サーテリアが先導しているのか?
やっぱりあの人、ショックでちょっとおかしくなったんじゃなかろうか。
「……亡きリーヴァイが、水神を自称して国を惑わす不届きな悪魔を成敗するために神の世界から遣わした、青年らしいわよ」
「俺じゃないですか……」
「リーヴァイの槍を扱えるらしいわ、知らないけれど」
「やっぱり俺じゃないですか……」
ペテロの無責任な言い方に腹が立つ。
「クゥドルを顎で使えるそうよ。多分、ここがクゥドル嫌いのリーヴァイ教徒達に受けたんじゃないかしら」
「あの人、結構短気なんだからやめてください! 俺が殺されます! なんで微妙に違うんですか!? 俺がリーヴァイの使徒で、クゥドルを顎で使えることになったんですか!? これ、一つ間違えたら絶対拗れますよ!?」
「都合よく理想化したのでしょう。アベルちゃんの像も、なんだか本人より筋肉質だったみたいよ。どの神が強いなんて、国によってバラバラなんだから、今更気にする奴はいないわよ」
片っ端から勝手に魔改造されている。
あの人、なんてことしやがる。
「仕方ないわよ、凄くアベルちゃんの存在が都合よかったのよ。なにせ、神を騙る悪魔を討った英雄で、リーヴァイの槍を扱えて、大邪神を顎で使えるのだもの。あの場にいたリーヴァイ教徒は、誰も反対しなかったでしょう」
「最後ォォォオ! それ、最早俺じゃない! だいたいアーヴェルってなんですか、なんで気持ちリーヴァイに寄せてるんですか!?」
「実在する奴を祀り上げると、理想と現実との齟齬で苦しむことになると偽神騒動で学んだのでしょう。あの子も、随分と逞しくなったものね」
俺は頭を抱える。
何考えてるんだ、あの人。
ペテロもペテロで、なんでその手があったわね、やるじゃない、みたいな顔してるんだ。
本物のリーヴァイ様が泣いているぞ。
「それで、手紙っていうのは……」
「ミュンヒ、床に置いといてあげてちょうだい」
ペテロに命じられ、ミュンヒが手に抱えていた紙束を地面に置く。
何の書類かと思ったら、全て手紙だったらしい。まさか、それを全部読めというつもりなのか。
「実はウチから偵察に向けた子が、サーテリアの部下に捕まって、これを届けるように渡されたらしいのよ。あの子、どうせワタシが偵察送るだろうと踏んで、部下に探させてたみたいね」
「はぁ……」
俺は力なく手紙の束へと目を落とす。
「一応、アベルちゃんに届ける前に、ミュンヒに検分させてあるわ。街の雰囲気もすっかり明るくなったから、是非一度遊びに来て欲しいそうよ」
「絶対に嫌です!」