四十九話 再・水を司る神リーヴァイ③
サーテリアを覆っていた、球状の防護の水が破裂し、リーヴァイの肩へと飛沫が落ちる。
サーテリアの身体がリーヴァイへと落ち、膝を突く。
『サ、サーテリア、なぜ龍脈の絶対防御を解除した! それがなければ、余は、余は……!』
「……これ以上戦えば、龍脈を失います。そうすれば聖地が失われ……私とリーヴァイ様も、内戦から身を守る術を失います。多大な犠牲を払って進めて来た宗派統一が……新・リーヴァイ派が、崩壊してしまいます」
『ふざけるな! りゅ、龍脈は、この四大創造神リーヴァイの半身であるぞ! こんなにあっさりとなくなるわけがあるまい! わかったぞ貴様、我が身惜しさに、これ以上龍脈から魔力を汲み出すのが嫌なのだな!』
サーテリアは俯いたまま、無言で悲し気に首を振った。
『わ、わかった! 悪かった、今後は奴の攻撃を受け流す様にする。まともに防いだのがまずかったのであろう、それでよいな?』
確かにそれはあるだろう。
無理にアベルノコギリを受け止めようとしなければ、ここまでの魔力浪費は抑えられていたはずだ。
思えばクゥドルも、防げなかったのではなく、防がなかったのだろう。
最初に受け流したときに、『あんなモノを、真っ当に受け止めてやる義理はない』と口にしていた。
だが、この調子だと、仮にリーヴァイが素直に受け流す事に徹していたとしても、俺の限界よりも先に、龍脈の魔力が尽きる方が早かっただろう。
「もう、もう、遅いのです……」
サーテリアがわっと泣き出した。
「ア、アベル様……お願いです、こんなことが頼める義理ではないのはわかっております、しかし、しかし、リーヴァイ様の命だけは、見逃してください……他のものでしたら、何でも用意いたします! 私も大人しく、ディンラート王国に捕縛されます! 秘匿してきた魔術技術も、全て明け渡します! ですから、リーヴァイ様だけは……!」
俺はリーヴァイの正面でメツトリを滞空させ、サーテリアを見ていた。
尻目に、水路の縁に集まるリーヴァイ教徒達を眺める。
リーヴァイの勇姿をひと目見ようと集まってきたリーヴァイ教徒達も、ぽかんと口を開け、杖を手にしていた腕を降ろし、目に涙を湛えてサーテリアを見上げていた。
「きょ、教皇様……? 嘘、ですよね、こんな……」「なんだ、何が起きている?」
「今日で世界が終わるのか?」
教徒達は、俺へと杖を向ける気力さえ削がれたようだった。
「ペテロさん……」
俺が声を掛けると、ペテロは首を振る。
「駄目よ、あいつがいる限り、新・リーヴァイ派は不滅よ。サーテリアがいなくなれば、残るのは自棄になったリーヴァイだけよ、一番サイアクじゃないの。もう、あの子も、この国の呪縛から解放してあげなさい」
「…………はい。বায়ু」
俺は杖を掲げ、魔法陣を展開する。
アベルノコギリで、防御水の消えたリーヴァイの首を、確実に撥ねに掛かる算段だ。
『サーテリア! 余を守れ! 早くせんかぁ! この、役立たずが! 余が死ねば、この国は滅ぶぞぉ!』
サーテリアは泣き崩れたまま動かない。
『貴様など、余が巫女の才を見抜いて拾ってやらねば、あのまま戦火に消えていたものを! この恩知らずの、役立たずがっ! 少し余が煽ててやれば付け上がりおって!』
俺は目を瞑り、息を整える。
そして、杖を降ろした。
「これで終わりだ、リーヴァイ!」
轟音と共に、真空の円盤、アベルノコギリがリーヴァイへと滑空する。
『余が、余の野望が、潰えるのか……? こんな小僧に敗れてか? 余は槍を手に入れ、龍脈を手に入れ、国を手に入れた。この力と余の計略を以て、クゥドルを、ジュレムをも出し抜き、余は世界の支配者に……それが、こんなところで……!』
リーヴァイが腕を伸ばす。
アベルノコギリは、リーヴァイの腕の手前で、その速度を落とした。
「えっ……」
リーヴァイの腕の前に、水の盾ができていた。
アベルノコギリは高度を落とし、リーヴァイの腕を避ける様に、奴の巨体の背へと逃れていく。
アベルノコギリが聖都に落ちる。
何十という建物を薙ぎ倒し、破壊し、蹂躙し、そして聖都の外周を覆う街壁を通過し、見えなくなった。
少し遅れて、街壁の北側が瓦解する。
サ、サーテリアが、土壇場でリーヴァイを守ったのか?
「リ、リーヴァイ様が、聖都に、敵の攻撃を流した……?」
「ち、違う、それは、我々がこうして出てきて、人がいないことを知っていたから……」
教徒達がざわつく。
だが、次のリーヴァイの声で、聖都が静寂に包まれる事となった。
『黙れ、無能な蒙昧共が……』
リーヴァイが俺を睨む。
『貴様のせいで、全てが台無しだ……。こうなった以上、余は、クゥドルとジュレムに対して、身を守る術を失った』
サーテリアは、リーヴァイの顔の横に浮かんでいた。
だが、様子がおかしい。
首はぐったりと倒れており、表情も虚ろである。
両脚は綺麗に揃えて下に垂らされ、両腕はぴんと横に伸ばされていた。
「サ、サーテリアさん……?」
意識がないように窺える。
まるであれでは、糸で吊り上げられた、操り人形のようだ。
ふと、リーヴァイの言葉が頭に過ぎる。
確か会談中、リーヴァイは、サーテリアの身体に掛かる負荷さえ考慮しなければ、彼女の身体を強引に操ることができると零していた。
「まさか、龍脈を使わせるために、サーテリアさんの身体を……!」
そういえば一度、奴は、妙な攻撃を仕掛けて来たことがあった。
複数のワイヤーで刻まれたかのように、突然宮殿の一部がバラバラになって瓦解したのだ。
サーテリアの拘束といい、魔力の糸を操る魔法を、とっておきの切り札として隠し持っていたのだ。
似た様な魔法を操る悪魔の話は、ラルクの館にあった高位精霊図譜で一度目にしたことがある。
『サーテリアの傀儡化は、クゥドルかジュレム、残った方を殺すためにとっておきたかったのだが……止むを得まい! どうせ余は、この地を失えばジュレムに処分される……それならば、アベル・ベレーク! 龍脈の魔力を使い尽してでも、貴様だけでも道連れにしてくれるわ!』
リーヴァイの頭上に、微かに一本の半透明の糸が、見えた様な気がした。
次の瞬間、リーヴァイの巨体が、物凄い早さで上空へと吊り上げられていく。
『無能なる余の信徒共よ、貴様らに、最後の使命を与えてやろう! 異端者を滅するために、殉教という名誉をな!』