四十七話 再・水を司る神リーヴァイ①
塔状の宮殿の上部が、リーヴァイの手刀によって破壊された。
砕けた宮殿の壁、床の瓦礫が、下へと落ちていく。
「……マジかよアイツ、自分の宮殿だろ? とんでもないことするな」
俺は咄嗟に転移魔術で呼んだ小型木偶竜メツトリに乗り、崩壊する宮殿から脱出していた。
宮殿の周囲を、円を描く様に飛び回る。
「よっぽどアベルちゃんとワタシ……後、メアちゃんに、鬱憤が溜まってたのでしょう。わからないでもないわ。皆して、結構ボロボロに言っていたものね」
ペテロが俺の呟きに対し、呆れたように言う。
しかし……それよりも、リーヴァイの全体像を初めてみたが、かなりの圧迫感がある。
巨大な宮殿の横に、同じ程の高さを持つ、青い肌の巨人が佇んでいる。
ざっと見たところ、全長四十メートル弱といったところか。
老人の顔には額に三つ目の瞳があり、下半身は巨大な魚となっていた。
宗教画で見たリーヴァイの姿、そのものである。
確かに神話の風格があった。
サーテリアはリーヴァイの肩の上に浮かび上がり、大杖を構えていた。
龍脈によって生み出された、絶対防御の水が球状を象っており、サーテリアはその中に入り込んでいる。
「こんなのと戦うのか……」
実際目にすると、腕だけのときとは、まるで迫力が全く違う。
クゥドルの再生能力を見ていたので予想はしていたが、俺が片腕の手首を落としたはずなのに、当たり前の様に二本揃っている。
『神話時代を風靡した余の力、とくと思い知るがよい! サーテリア、武器を出せ!』
リーヴァイが右腕を掲げる。
リーヴァイの手に、リーヴァイの槍を水で象った、三又の槍が出現する。
瞬間、リーヴァイが手にした槍を突き出す。
槍は宮殿を貫き、反対側にいた俺達へと襲い掛かってくる。
槍の突きを感知したメツトリが加速しなければ、串刺しにされていた。
俺は地上へと目を向ける。
リーヴァイの宮殿はドーナッツ状の水路に囲まれており、奴が立っているのはその円の内側である。
水路の外側の縁は、会談の間にリーヴァイの勇姿を見て駆け付けてきたらしい、リーヴァイ教徒で溢れていた。
押し出され、水路に落ちたものも多数いるようだった。
「見よ、リーヴァイ様が、我らをクゥドル教徒の魔の手からお救いになるため、直々に戦われておるぞ!」
「初めて見た……なんと、神々しいお姿!」「私にも何かできることはないのか?」
「祈るのだ! それしかあるまい!」「ああっ! 教皇様まで……!」
さすがにホームグラウンド、リーヴァイの人気は高いらしい。
これまでのリーヴァイ教を見るに、下手に非難しようものでは投獄では済まされないだろうと察しがつくので、そういった事情もあるのだろうが。
仕方のない事だが、俺は「邪神の手先の悪魔め!」と指を向けられ、時に水の槍を飛ばしてきているものもいた。
もっとも俺の高度まで届きそうもないし、速さも全く足りていないので当たる方が難しい。
向こうもそれはわかっているだろうが、何かしなければ気が済まないのだろう。
サーテリアと接触前に俺が倒した、眉なし坊主頭のリーヴァイ教徒マレビアルも、折れた大杖をその辺りから持ってきたらしい包帯で強引に補強し、メツトリへと水の魔弾を連発している。
「悪魔如きが、リーヴァイ様の御手を煩わせるなどォオオオ! これ以上聖都を穢させはせぬぞォォォォオオ!!」
……下は無視して大丈夫なはずだが、血走った目が怖い。
本気の殺意を感じる。部下に肩を押さえられ「これ以上の魔力の消耗は、衰弱死に至りますよ!」と説得されていた。
「嫌われてますね……わかってましたけど」
「当たり前でしょう。彼らからしてみれば、ワタシ達は命を懸けてでも呪い殺したいものでしょうね。リーヴァイの首を獲ったら、こんなもんじゃないから覚悟しておきなさい」
こっちは豆腐メンタルなので勘弁してほしい。
釣られて出張ってしまったが、やはり俺にこういう場は向いていない。
剣が駄目なら高機能オーテムでも作って収集家を釣って、全力で押し付ければよかった。
『もう勝った気でいるのか? 貴様が覚悟するのは今だ!』
リーヴァイが槍を片手で器用に回す。
円盤状の残像ができていた。リーヴァイは回転を維持したまま、槍を俺へとぶつける。
範囲を広げることで、小刻みな動きでの回避を不可能にしたのだ。
メツトリが一気に速度を上げて上昇し、槍の一撃を躱して背後を取った。
『む……?』
一瞬、リーヴァイが俺を見失った。
大方、メツトリが急な動きをすれば俺達が慣性力で吹き飛ばされると踏んで、小回りによる回避ができない攻撃を仕掛けたのだろう。
だが、メツトリには、魔術式による演算機能と、魔鉱石によって展開した結界により、慣性力や向かい風を常に打ち消す力場が働いている。
どんな無茶な動きでも自在なのだ。
「サーテリアさんには悪いですが……リーヴァイは、ここで討伐させてもらいます!」
俺は移動している合間に、杖先にアベル球を準備していた。
杖先の炎球が圧縮と増幅を繰り返され、白い輝きを放つ。
リーヴァイが光に気が付き、身体を翻す。
『これは、あの時の……!』
振り返るリーヴァイの胸部目掛けて、アベル球を放つ。
リーヴァイ教徒達の慄く声が聞こえたが、すぐにアベル球が何かと衝突した轟音に掻き消されていく。
辺りが白く染まる。
靄が掛かる視界の中、リーヴァイの手前で、アベル球が止まっているのが見えた。
直に光が晴れて行き、リーヴァイの手前で、アベル球が、盾状に展開された龍脈の水に防がれているのが見えてくる。
盾はそのままアベル球を包み込み、縮小させていく。
膨大な魔法陣が浮かんでは沈み、アベル球の魔力を分散させ、効率的に消化している。
「あ、あそこまで硬いのか、あの水……。とりあえず、炎は駄目だな」
あそこまで強力な盾だとは思っていなかった。
龍脈の魔力量だけではない。あの術式による効率化された防護は、俺でも再現はできない。
クゥドルでさえも、アベル球を正面から受け止めるのは、かなり嫌がっていたのだ。
リーヴァイは手で顔を覆い、指の隙間から恐る恐るとアベル球を窺い、無事に無力化できたのを見届けると、両端を吊り上げて笑った。
『ク、ククク……どうだ、見たかアベル! 余は、貴様の攻撃を克服したぞ! これが余の真なる力、全盛期の余の力! たかが一人間が、四大創造神の一角たる余の魔力出力に敵うものか!』
リーヴァイが笑う。
「少し、舐めてました……」
俺が呟くと、ペテロが青褪める。
「ちょ、ちょっとアベルちゃん、大丈夫なの!? 槍は奪ったし、クゥドル神相手でもあれだけ押してたから、ワタシ、勝てると思って……! 負けた時の事、想定してないのよ!?」
「どうしましょう、あの龍脈の術式、ちょっと欲しいですね……」
「……大丈夫って事でいいかしら?」
ペテロが困惑した表情で俺へと問う。
俺も正直、焦ってはいる。龍脈がここまで強力だったのは予想外だ。
ジュレム伯爵が手駒に選び、クゥドルが警戒していたのも頷ける。
腐っても四大創造神ということか。
リーヴァイが俺のアベル球を打ち消したことで、また一層とリーヴァイ教徒達が盛り上がっていた。
俺達を歓声と、リーヴァイを讃える声が包む。
「うぐ……けほっ、けほっ……」
リーヴァイの肩の上を浮遊するサーテリアが、口許を手で押さえ、身体を大きく揺らして咳き込んだ。
『サーテリア! 槍の輪郭が今、歪んだぞ! 集中せよ!』
「は、はい、申し訳ございません……」
メアがサーテリアを見て、目を細める。
「……あ、あの、サーテリアさんの手に、血みたいなものが」
「龍脈の魔力の汲み上げ役であるサーテリアの身体が、アベルちゃんの魔術の処理に追いついていないみたいね。硬いけれど、あれなら隙はあるはずよ!」