四十六話 教皇サーテリア⑪
「もう詰んでるのよ、この国は。これから滅んでいく国の主の、夢見物語に付き合うつもり? アナタは流されてるだけで、そんな覚悟なんてないはずよ。ここからは、ワタシも少し、真面目に話させてもらうわ。サーテリア、アナタもわかっているんでしょう? なるべく最良の形で亡命させてあげるから、もう諦めなさい」
ペテロの言葉で、盛り上がっていた場が静まり返った。
俺はてっきり、ペテロもサーテリアからの提案を考慮する気になったのだろうと考えていた。
だが、ペテロの口調からは、一切の迷いがなかった。
サーテリアも、すっかり話がまとまる方向に進んでいくものだと思っていたらしく、つい先ほどまで嬉しそうに笑っていたのに、表情がすっかり暗くなっている。
空気が重い。
「第一、アベルちゃんは、ウチの国を守るのに必要なのよ。散々裏工作で攻撃しておいて、ウチの国の切り札を、リーヴァラス国で教皇に祀り上げていいように使うから貸してくださいっていうのは、ワタシの立場からいって許容できるわけがないじゃない」
「……確かに我が国はディンラート王国に多大な迷惑を掛けてきましたが……だからこそ、それを解決するために、リーヴァイ様の影響力を弱め、内部の意向の統一を進めていきたい、という話を私はしているのです。ディンラート王国にとっても、我々が個々の思想で動く烏合の衆ではなく、一つの同盟国となるのは、決して悪い話ではないはずです。……それに、アベル様がどうなさるのかは、アベル様個人の問題で、ペテロ様が口出しなさる事ではないのではありませんか?」
サーテリアが俺の方を向く。
「アベル様は、リーヴァラス国に残ってくださるのですよね? 先程、そう仰ってくださいましたよね? 我々の国を、民を、助けてくださる、と……」
サーテリアが縋るように俺へと言う。
ペテロが俺に対して、『何も返すな』というふうにアイコンタクトを送ってきた。
「敢えて正直に言わせてもらうわね。ワタシは、リーヴァラス国がリーヴァイを失ってぐちゃぐちゃに潰れてくれたら、それでいいと思っているの。一部の連中がディンラート王国を逆恨みして報復に出て来るでしょうけれど、その程度の小規模な事でリーヴァイ騒動が終わるなら、さほど痛くもないわ。最善じゃなくても、上等な次善策よ」
……ペテロは俺に話したときには、完全にリーヴァラス国からの嫌がらせは終わると熱弁していたが、本心では、多少の攻撃を受けることを踏まえた上での作戦だったらしい。
「……あはは、さすがにそれは、正直に話し過ぎではありませんか? それはつまり、リーヴァラス国の民がどれだけ苦しんで知ったことではないし、自国内で死者が出ようとも、気には留めないということではありませんか。私の様な人間が戦争で命を落とすのは、当然の報いといえましょう。ただ、リーヴァラス国にも、平和に暮らす事を夢見て、日々内戦に怯えている民が、何十万人といるのです。貴方は、そのことをそんな、まるで蟻でも踏み潰すかのように……」
「だって、それ以外にないじゃない。この国は、もう終わってるのよ。トドメを刺したのはアナタよ、サーテリア」
「そ、そんなことは、ありません! 私は、そうならないために……!」
「アナタは、ガワだけ立派なリーヴァイに騙されて、アレを立てて宗派の統一をほぼ完遂してしまった。確かにアレは、本物のリーヴァイなのでしょう。でも、だとしても、アナタの国が真に信仰していたのは、長い歴史の中で積み上げられていった、理想のリーヴァイ像と、その教えなのよ」
ペテロのその言葉で、サーテリアが無表情になり、凍り付いた様に動かなくなった。
「それをアナタは、新宗派を主体とした強引な統一によって、リーヴァラス国が多くの血を流して完成させてきた、国の理想像でもある聖典を否定してしまった。そうしてアナタ達が、取り上げた聖典の代わりに押し付けたものは、あろうことか、頭の中身が空っぽで、全盛期の力もとっくに失った馬鹿神を元にしたものだった」
サーテリアの顔から血の気が引いていき、どんどんと白くなっていく。
息も粗くなっており、今にも倒れてしまいそうな様子だった。
「まだそれを認められず、馬鹿神を政から遠ざけて民の目から遠ざけて、外から取り入れた暴力によって解決しようと画策している。アナタがいくら頑張ろうとも、内戦は永遠に終わらないわよ。根本が歪んでいるのに、それから目を逸らして、力技で解決しようとしてるだけなのだもの。言われるまでもないでしょうけれど、本当に、貴方はとんでもないことをしたのよ、サーテリア」
サーテリアの口許が弱々しく動く。
だが、何か、言葉が紡がれることはなかった。
「同情するわ。昔のアナタには、さぞ、リーヴァイが、この国を平和にする希望に見えたことでしょう。そこからリーヴァイに流されずに、リーヴァイをただの象徴に追いやろうと決断できたことも、本当に凄い事よ。もしも、ワタシがアナタの立場だったなら、きっと何もせず、リーヴァイの言葉に従っていたでしょう。言いくるめたくて言っているわけじゃないわ、本心からそう思っている。でも、アナタが統一のために流させた血は、どう足掻いても全て無駄になるしかないの」
サーテリアは俯き、沈黙した。
彼女は、ペテロに返せる言葉がなかったのだろう。
正直、俺もペテロを舐めていたかもしれない。
ただの狂信者の性悪オカマだと思っていた。
あんなにリーヴァラス国の今後を生き生きと語っていたサーテリアを、言葉だけで完全に捻じ伏せられるとは思っていなかった。
『ペテロと言ったか? ニンゲン如きが、この余を計るな! 余は水の神なり、万の時を生きる存在であるぞ。たかだか二百年も生きられぬ貴様が、その余を小ばかにするなど、なんと愚かしい! 竜の威を借るフォーグめが! サーテリアよ、こやつは、お前の不信感を煽り、余からお前を離反させ、この国を崩壊させようとしているのだ! この様な小細工に流されるでないぞ!』
リーヴァイが、縋る様にサーテリアへと言う。
この流れでは本当にサーテリアが折れかねないと、そう危惧しているのは明らかであった。
サーテリアはオロオロと周囲を見回した後、俺へと目を留めた。
「ア、アベル様は、わ、我が国の教皇に……その、私も、命を懸けてお仕え致し……」
「い、いや、その、俺は……」
サーテリアと俺の間に、ペテロが立った。
「これ以上、そこの馬鹿神につくのは、もうやめなさい。龍脈を止めてちょうだい」
サーテリアはペテロの目を見た後、ゆっくりと息を整え、そして自然に大杖を構えた。
駄目だ、サーテリアは動くつもりだ。
俺もベルトに差していた杖を引き抜いた。
「横からぺらぺらと、邪魔ばかりしないでください!」
サーテリアが大杖を振るう。
「বযবহন!」
俺はペテロへと、杖の先端を向ける。
ペテロを風が包み込み、俺の横へと引き戻した。
ペテロが立っていた床を、宙から現れた水の塊が貫いた。
サーテリアが防御結界に用いていた水と同様、水の表面には持続的に波紋が広がっており、大量の術式が浮かんでいた。
「……やっぱり駄目だったわね。だからまともに話なんてせず、とっとと潰してしまえばよかったのよ、後味が悪いわ」
ペテロが立ち上がりながら、小声でそう零した。
「私が間違っていたことは認めましょう! しかし、だとしても、アベル様の魔術さえあれば、どうとでも国を導くことができます! そうに違いありません! アベル様が協力してくださらないというのならば、仕方ありません。手足を捥いだ上で、気が向くまで待たせていただきます! 我が教団内には、私が求めていた人材とは少し違いますが、拷問が得意な者も多いのでねっ!」
サーテリアが再び大杖を振るう。
またさっきと同じ、龍脈によって作り出した、水による攻撃が来る。
『フフフフ……フハハハハハハ! アベルの手足を捥いで……か、それは傑作であるな! よくぞ決断したサーテリア! やはり、そう来なくてはならん! 観念せよアベル、貴様との因縁も、この場で晴らしてくれるわ! 我が教団の中で、危険な呪物として、丁重に扱ってやろうぞ!』
壁の裂け目から、リーヴァイの姿が消える。
次の瞬間、天井をぶち抜いて、リーヴァイの巨大な腕が振り下ろされてきた。




