四十三話 教皇サーテリア⑧
「ここが、私達リーヴァイ教徒がリーヴァイ様と交信を行うための場所……神の間です」
サーテリアの案内に連れられ、俺達は宮殿の最上階へとやってきた。
部屋の奥には金の装飾が施された台座があり、その上には、大きな青い、水晶玉が置かれている。
「メア……ありがとう。もう、階段は終わったから大丈夫だ」
俺はメアの肩に回していた腕を降ろす。
「大丈夫ですか、アベル? 足、痛くありません?」
メアが不安そうに俺へと尋ねる。
「とりあえず、今のところは……」
如何せんこの最上階までぐるぐる螺旋階段が続いていたもので、途中で俺の足が吊り、階段を転げ落ちるハプニングが発生したのだ。
サーテリアが謝罪と共に、俺に肩を貸すことを提案し、俺の足の爪先を伸ばしていたメアが半泣きになり、気を遣ったサーテリアが即座に引いたことで今に至る。
「本当に不便なところで、申し訳ございません……リーヴァイ様の威厳を示すための設計だったのですが、もう少し低くしなければいけませんね……」
サーテリアの口から、宮殿のバリアフリー化計画が漏らされる。
なんだあの螺旋階段はと疑問に思っていたのだが、どうやらリーヴァイの我儘だったらしい。
別に俺は、もう二度とここに足を運ぶ予定もないので、後はどうなろうとも構わないのだが……。
『サーテリアァァア! 貴様……本当に、のこのことこの神聖な場へと、その様な者共を連れ込んできたのか!? 余を、余をなんだと思っておる!? この不敬はっ、この不敬は、この、この余を、なんと……!』
頭に直接、リーヴァイの声が響いて来る。
よくわからないが、サーテリアは何やら自信ありげそうだったので、きっとリーヴァイにも話が通っているのだろうなと思っていたのだが、どうやら本神は了承していなかったらしい。
しかもこの様子、リーヴァイは相当キレている。
この教皇さん、色々と大層な話はしていたが、何一つ擦り合わせられてなかったのではなかろうか。
国内の争いどころか、教神と教皇が対立している。
「いい加減に、折れてください! アベル様が乗り込んできた以上、リーヴァイ様にももう、選択は残っていないはずです! 前にも申し上げさせていただきましたが、あくまでもアベル様と戦うというのならば、私は協力致しません! 全盛期の魔力も、リーヴァイ様の槍もない状態で、どうか戦ってください!」
『この余を、この余を舐めおって……! よいか、余は、この国を守るために戦おうと言っておるのだ! 貴様が意地を張れば、この国は終わるのだぞ!』
「このままリーヴァイ様に従っていても、いつか必ずリーヴァラス国は滅ぶではありませんか! お願い致します! 私も、リーヴァイ様を信じていたいのです! しかし、もうこの国には、何の余裕もないではありませんか!」
サーテリアが顔を赤くして水晶玉へと叫ぶ。
懇願する様な言い方ではあるが、時に脅迫染みた言葉も混じっている。
水晶玉からは、怒声の如く苛烈な思念が発される。
間違いなく、リーヴァイは本気で怒っている。
ちょっと俺も怖くなってきた。
あれはどう見ても、駆け引きの演技ではなさそうだ。
何をやっているんだあの神様。
「アベルちゃーん、ワタシ、こんなのに付き合っていられないのだけれど?」
ペテロが冷たい声で、わざとサーテリアに聞かせるように大きな声で言った。
「あ、あの、も、もうちょっとだけ見守ってあげてもいいかなぁと……」
俺がサーテリアを不憫に思ってそう言うと、俺の声を掻き消すかのように、ペテロが言葉を続ける。
「ねぇ、メアちゃんもそう思うでしょう? ねぇ? どう思う? どうしても話をしてほしいっていうから、ワタシもサーテリアちゃんに同情して乗ってあげたのに、いざ来てみればこの有様よ? こんなことってあるかしら? まぁ、リーヴァラス国だし、期待していなかったと言えばいなかったけれど……これなら、待ってあげなくてもよかったわねー」
「メメ、メアは別に、そのう………」
サーテリアが半分だけ顔を背後へと振り返り、焦燥した目をペテロへと向ける。
涙が滲んでいた。
『サーテリア……貴様のここしばらくの言動は、あまりに目に余る。龍脈の管理を担っているとはいえ、それだけでこの余と対等に立っているつもりか? いざとなれば、貴様の身体の自由を奪い、龍脈から魔力を引き上げる道具とすることもできるのだぞ? 貴様の身体に恐ろしい負担が掛かるので、できれば取りたい手ではないのだが……サーテリア、貴様が余の声も聞けぬ、背信者だというのならば、こちらも手段を選んではおれぬなぁ?』
水晶が赤く濁った光を灯す。
光の奥に、大きく見開かれた、真っ赤な瞳が映り込んでいた。
ペテロが俺へと目で合図する。
話し合いが始まる前に破綻しそうなので、攻撃の準備をしておけ、ということだろう。
「……き、聞き入れてもらえないというのならば、私にだって考えがあります! リーヴァラス国には、もう本当に余裕がないんです! ……私は、この会談が、最後の好機だと思っています! この場に、すべてを懸けるつもりでいるのです!」
サーテリアは声を震わせて言うと、片手で持っていた大杖を両腕で握り、その先端を自らの顎先へと向けた。
「リーヴァイ様が、聞き入れてくださらないのならば……私は、この場で、自死致します! お願い致します、リーヴァイ様! どうか、私の願いを聞いてください! ディンラート王国と交戦する力は、リーヴァラス国にはないのです!」
『サァテリアァァアアアア! 貴様……覚えておけ、代わりが見つかった暁には、貴様など……貴様など……!』
リーヴァイの怒りを表しているのか、水晶玉が禍々しい光を放つ……かと思えば、唐突に水晶玉から光が失せる。
「に、逃げたんじゃ……」
俺が口を開いたのと、神の間の壁が崩れるのは、同時だった。
土煙の中から、見覚えのある、巨大な青い手が浮かび上がる。
壁の崩れた隙間から、腕が差し込まれていた。
腕が引き、代わりに五メートル近くある、巨大な老人の顔が神の間を覗く。
老人の顔には激しい憤怒が刻まれていた。
三つの目が、真っ先に俺を捉え、次にサーテリアへと向けられる。
『いいだろう、サーテリア。今だけは、貴様の言うことに付き合ってやろう』
「リーヴァイ様……! リーヴァイ様はいつか御心を改めてくださると、信じておりました……!」
『すぐ、無意味な事と知るだろう。サーテリアよ、会談が破綻したときには、余はそこの人間共を残らず喰い殺す。サーテリア、その際には、龍脈の魔力を使わせてもらう……それが、最低限の、条件だ』
さすがに本体が出てくると迫力が違う。
前回遭遇したときには腕だけだった上に、案外すぐに帰ったので、四神最弱、槍なし槍神と高を括っていたが、ちょっと低く見積り過ぎていたかもしれない。
パルガス村で会った際には向こうも油断していたのだろうが、今はその色もない。
リーヴァイは、サーテリアを納得させるため、会談を行う素振りは見せてくれたが、しかし、それだけだ。
明らかに適当に破談させ、戦闘に持ち込む腹積もりである。
俺はペテロを振り返る。
ペテロもペテロで、額に脂汗を浮かべながらも、勝利を確信した様に不敵な笑みを浮かべ、リーヴァイを睨んでいた。
そして笑みを隠そうともせず、俺に『わかってるわよね?』目で合図をする。
駄目だ、どっちも端から、まともに話をする気が全くない。
サーテリアの空回りしきっている、眩しい笑顔が儚い。
いつ戦いが始まってもいいように、身構えておいた方がよさそうだ。