四十話 教皇サーテリア⑤
俺はペテロ、メアと共に、小型木偶竜メツトリに乗り、リーヴァラス王国の聖都リヴアリンへと出発した。
小型木偶竜メツトリとは、木偶竜ケツァルコアトルの代用品として、俺が指揮して造った搭乗用オーテムである。
全長は七メートル程度で、全体的にカクカクとした竜の姿となっている。
木偶竜ケツァルコアトルは太陽のイメージで赤を基調としたデザインにしたため、小型木偶竜メツトリは月のイメージで青を基調としたデザインにしている。
胸部に埋め込んである、魔術式の刻まれた、球形の魔鉱石塊より強力な浮力を発生させることで、空を飛ぶことができる。
翼は一応あるが、ほとんどただの飾りであり、別にこれが動くわけでもない。
また、魔鉱石塊より展開された結界が向かい風を防ぐ他、加速・減速時の慣性力を常に相殺させる力場を生じさせている。
ペテロは死んだ目で遥か下の地上を見下ろし、死んだ目で溜息を吐いた。
「……アベルちゃん、今回は状況が状況だから仕方ないけれど、転移魔術やゴーレム、ドラゴンを用いた自国外の大規模な移動は本来最大のタブーとされていることだから、ワタシがいないときにはやらないでね」
「それはつまり、毎回ペテロさんを連れて行ったらいいっていうことですね?」
「できれば今日を最後にしたいものね」
しかし、ペテロの言葉は叶わないだろう。
ペテロの話では、四大創造神の国をジュレム伯爵が嗾け、ディンラート王国への攻撃を誘導しているとのことだった。
今はまだ表面化していないが、それが本格化すれば、ガルシャード王国、マハラウン王国、果てにはハイエルフの浮上大陸アルフヘイムとの関係も悪化し、小競り合いが始まるだろう。
今後も、こういった機会は増える。
「もうワタシ、疲れちゃったわ。……アベルちゃんに全部任せて引退しようかしら……」
「ミュンヒさんが泣きますよ。それに俺には政治のことなんてわかりませんし、あまり物騒なことにも巻き込まないでください」
「アベルちゃんなら全部力押しでどうにかなるわよ。アベルちゃん一人にほとんど乗っ取りが終わってたはずのファージ領ひっくり返されたどころか、三大幹部を纏めて監獄送りにされたサーテリアは泣いてると思うわ」
ペテロが溜息を吐きながら言う。
とはいえ、つい先日、俺が不在の間を、リーヴァイ教の刺客であるラスブートに狙われたところである。
今日も、想定外の事態が起こったときに俺だとどう立ち回ればいいのかがわからないため、ペテロに同行してもらっている。
メアもまたラスブートの様な奴に狙われない様に連れて来たが、本当に敵地のど真ん中に連れて行くのが正しいのかどうか、なんともいえない。
少し沈黙が続いてから、ペテロが口を開く。
「今回の目的は、教皇サーテリアの誘拐、及びリーヴァイの討伐よ。わかっているわね?」
「…………」
改めて聞くと、重い仕事だ。
死傷者も多数出るかもしれないし、リーヴァイを失った後、リーヴァラス国内はまとまりを失い、次に聖地をどこの教派が担うかで内乱が激化することが、ペテロによって予測されている。
リーヴァイ教の分派は、小さいものを含めれば、十や二十では済まないという話だ。
「脅すわけじゃないけど、アベルちゃんがやらないなら、いずれ戦争になったときに、更に多くの死者を出して同じことをやるだけよ。この国は、既に収拾が付かなくなっちゃってるのよ。ジリ貧の状態でウチにちょっかい掛け続けるサーテリアは間違いなく馬鹿だけれど、サーテリアやリーヴァイだけが悪要因ってわけじゃないの。龍脈と信仰から溢れる血の流れは、永遠に止まないわ」
「……なるべく、スマートに行きたいものですね。教皇サーテリアは、聖都リヴアリンの宮殿にいるって話でしたけれど、何かの用事で離れているってことは、考えられないんですか?」
仮にサーテリアが聖都リヴアリンに不在ならば、此度の襲撃自体が無意味になる。
「それはないわ。リーヴァラス国の偵察からの話だと、最低でもここ二年間、サーテリアは聖都リヴアリンは疎か、宮殿からさえ一度も離れたことはないわ、聖都は高い壁に覆われている上に、中央部に位置するサーテリアの宮殿は、巨大な水路に囲まれていて、自由に出入りができないのよ。橋も上げられたまま、ほとんど使われていないみたいね」
ペテロが地図を広げ、説明する。
俺とペテロのやり取りを寂しそうに聞いていたメアも、横から首を伸ばして地図を見る。
「……一度も、ですか? 随分と気合の入った引きこもりですね」
「ええ、その理由はわかるでしょう?」
聖都リヴアリンの龍脈を守るため、だろう。
サーテリア以外の者には、龍脈から魔力を引き出すことができないのだという。
龍脈にとってサーテリアは盾であり、サーテリアにとってもまた龍脈は武器なのだ。
サーテリア不在の聖都は、他の教派からこの好機に奪還を、と攻め入られてしまう。
そしてサーテリア自身も、聖都にいない間は無防備になるので、他の教派の者からの襲撃を受けることが予測される。
「……サーテリアがずっと宮殿にいてくれるのは襲撃が掛けやすくてありがたいのですが、そうなると、サーテリアは、一生宮殿から出られないことになりますね。おまけに、他に継ぐ者がいなければ、また国内が荒れるのでは?」
「でしょうね。あそこは、本当に呪われた国よ。平和になることなんて、永遠にないのでしょうね。ワタシ達にできるのは、こっちに迷惑掛けない連中が頭に立つよう、干渉することくらいよ」
ペテロが退屈そうに言う。
ペテロは俺なら力押しでどうとでもなると言ったが、世の中には、力押しだけでは解決しないことだってある。
例えばクゥドルがその気になればリーヴァラス国を滅ぼすこともできるのかもしれないが、リーヴァラス国を平和にすることは、誰の手にも不可能なのかもしれない。
聖都リヴアリンが、遠くに見え始めて来る。
高い壁の中に都市がある。
中央には大きな水路に囲まれた土地があり、そこに高い、大きな塔が建っている。
あれが、サーテリアのいる宮殿だろう。
ようやく、水神リーヴァイとの決着をつけるときが来たのだ。
【活動報告】呪族転生五巻、書籍情報を活動報告に記載しております!(2018/6/8)