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カルコ家の優雅な一日(sideノズウェル)

 ノズウェルは窓から裏庭へと目をやる。

 裏庭には、香煙葉ピィープ畑でせっせとオーテムへ魔力供給を行っている者達がいる。


 オーテムへの魔力供給は重労働だ。

 魔力の過剰消費で体調を崩す者も多い。


 当然、カルコ家はそんなことをしない。

 ノズウェルのようにこうして見張っていれば、それだけでいい。

 能あるものが初期準備を整え、重労働は人を雇う。


 マーレン族の集落に限らず、どこの土地でもそれは変わらない。

 カルコ家にある一冊の書物には、そういった類のことが書かれていた。


「なんだか、大変そうですねぇ。パパ、僕はあれ、もう参加しなくていいんですよね?」


 ノズウェルは欠伸混じりに言い、同じテーブルに座っていた父へと尋ねる。

 ノズウェルの父は口にしていたキセルから口を離し、ふぅっと煙を吐き出す。


「ああ、そうだ。お前はもう、アレはやらなくていい。オーテム彫りにだけ専念しておけ」


 ノズウェルも数度ほど、オーテムへの魔力供給を手伝ったことがあった。

 お前も要領だけは掴んでおけと、そう父から言われたのだ。もう二度とやりたくなかった。


「あんなの、毎日毎日よくやりますよ。どっかおかしいんじゃないでしょうか」


「そう言うな。あんなのでも、毎日狩りに行くよりはずっと効率がいい」


「へぇ、そんなもんですか」


「ああ、あれでもかなりの好待遇だ。なんせ、俺は優しいからな」


「またまた御冗談を」


 ノズウェルはにやりと笑いながら、父の言葉を否定する。

 刃向かったわけではない。父もまた、否定されることを前提にそう言ったのだ。


 裏庭には、覚束ない足取りで香煙葉ピィープ畑を歩いている男がいた。


 あの男は、エリジオという。

 エリジオは以前、カルコ家から独立して香煙葉ピィープを栽培しようとしたことがあった。


 結局オーテムがすぐ枯れてしまうので辞めたようだったが、ああいった者を放置しておけば、また後続が出てくることだろう。

 何らかの報復の手を打たねばならない。

 ……と、いうのは建前だ。実際は、憂さ晴らしの意味合いが強い。


 このマーレン族の集落は、娯楽が少なかった。

 簡単に物資が手に入り、周囲が言いなりになるカルコ家は、たまにちょっと変わった遊びがしたくなるのだ。


 エリジオも自分の行為がカルコ家から疎まれることであることはわかっていた。

 一時期はカルコ家のオーテムの魔力供給の仕事からも手を引いたのだが、エリジオと狩りに行かないよう周囲に圧を掛け、無理矢理に引き戻したのだ。

 長らく狩りの経験のなかったエリジオは、同行者なしでは効率的な狩りが行えなかった。

 また、彼も家族を養っている身であった。


 今ではエリジオは、周囲に白い目で見られながらも、一人当たりのノルマの三倍のオーテムへの魔力供給を熟している。

 そこに重ね、あれこれと難癖をつけて対価を減らしてやるのだ。


 かつては集落一の好青年といわれていたエリジオも、今やその面影はない。

 誰かに声を掛けられる度、びくびくと肩を震わせる。


 ノズウェルは父と顔を合わせ、二人して笑った。

 ひとしきり笑えば、エリジオへの興味も失せる。

 彼らにとって、その程度の娯楽であった。


「ああ、そういえば、明日はアベルの成人の儀らしいんです。ちょっと僕、遊びに行ってきていいですかね?」


 当然、祝いに行くわけではない。

 嫌がらせのつもりである。


「アベルぅ?」


「ほら、あの、ベレーク家の長男、オーテム狂です。僕が妻候補にあげた、ジゼルの兄ですよ。僕の義理の兄になるんですから、ぜひ祝ってあげなければ」


 そんな心ないことを白々しく言って二マリと笑い、父の顔を見る。

 だが、父の顔は渋い。


「……明日は、交換広場へ香煙葉ピィープを持っていけと言っただろう」


「えぇ……そんなの、リエッタ家にでも任せれば……」


「お前も多少は経験があった方がいい。それに明日の分は、例の新作だ。我らカルコ家にとっても大事な日になる。流通させ、知らしめることが目的だ。跡取り息子であるお前を前に立たせなくてどうする!

 それに、捌けるだけ捌いて、交換に受け取ったもので日持ちしないものは全部焼き払う。どうせ消費しきれないからな。多少反感も持たれることになる。噂になるのは構わんが、下手に他家を噛ませてそこから不要な火種を漏らしたくはない」


 普段ならば、なるべくは金属、布で受け取るのがベターである。

 元より食糧品は腐るほどある。

 だが、今回は新作の宣伝が第一目的だ。とにかく多く交渉を成立させることが大事になる。


「リエッタ家へは俺から言って、香煙葉ピィープの流通を止めさせている。俺も香煙葉ピィープを交換広場へと流すのを控えている。明日の広場で新作を数売れば、すぐにでも行列ができるだろう。まずしくじることはないが、余計なヘマは絶対にするなよ」


「わ、わかりましたよパパ……。でも他家を噛ませるのが嫌って、僕一人でやれってことですか?」


「お前にくっ付いている奴が二人いただろう。あの頼りなさそうなチビと木偶の棒だ。香煙葉ピィープの販売と、受け取った対価を運ぶことくらいならばあの二人を使ってもいい。あくまで友人に手伝ってもらったという体裁でな」


「はいはい。ちぇっ、台無しにしてやりたかったのになぁ……」


「なんだノズウェル、俺に文句があるのか」


「そ、そういうわけじゃないよ」


 渋々と返事をし、了承する。


 マーレン族の成人の儀は、午前から正午に掛けて行われる。

 交換広場が賑わうのも午後からだ。

 場所取りはしなくていい。適当に撤去させて陣取ればいい。

 カルコ家はそれができる立場にある。


 ならばなんとか顔を出して空気を壊すくらいは……と、そこまで考えてノズウェルは首を振った。

 収穫、準備にもそれなりに時間が掛かる。

 父が言っているのは、それらの段取りも一通り経験しておけと、そういうことだろう。


 ふと、ノズウェルは顎に手を当てる。


 明日は、新作の発売日。決してしくじるわけにはいかない。

 流通量が少ない上、リエッタ家が出て来るのも禁じている。だから、香煙葉ピィープが飛ぶように売れるはずだ。


 なぜだか、その二点が引っ掛かった。嫌な予感がした。

 何かを見落としているような気がしてならなかった。


「今回を足掛かりに、香煙葉ピィープを我らマーレン族とより強く結びつける。そして俺が、あの目障りな老いぼれを蹴落とし、新たな族長になる……! すでに、その下準備は整えてある!」


 父はそう言いながら、席を立った。

 興奮のあまりか、声が震えていた。荒く息を吐き、声を高らかに上げて笑った。


「パ、パパが族長に!?」


「そうだ! その第一歩が、お前の顔見せでもある! 絶対しくじるな! 失敗する要因はないが、大きなヘマだけはするんじゃないぞ!」


「は、はいっ! はいっ!」


 さっきまでノズウェルに芽生えかけていた不安は、この興奮で消し飛んだ。

 翌日、とんでもない対抗馬が現れることを、このときの彼らが知ることはなかった。

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