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最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第八章 大いなる水の神リーヴァイ
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三十一話 進撃のペン爺③

「だからそれは、捉え方の違いだと俺は解釈しているよ。ジレメイムの提唱した仮想悪魔こと微視的悪魔の存在の歪さは、敢えて例えるならば、人間が言葉の意味や魔術理論の構築の際、もっといえば日常生活において、微視的スケールにおいて捉えて考える価値を蔑ろにしてきたことが原因だ」


 俺はメアとペンラートを前に、ジレメイムの仮想悪魔のパラドクスについて語る。

 ペンラートは何度も頷き、手にした紙に魔術式とアレイ文字を走らせる。

 その横でメアが、呆然とした表情を浮かべていた。


「いや、さすがにそれは言い過ぎでは……いや、しかし、なるほど! そう考えれば、辻褄が合ってしまう、のか……? いや、やはりアベル様は、神代の創世者、リーヴァイ神さえも超越した頭脳をお持ちである……!」


「当たり前だけど、あらゆる言葉は、概念は、俺達が巨視的に捉えることを前提にしている。魔術についても同様に考えたせいで、概念としてズレが生じてるんだ。ジレメイムは、徹底してそこを突いて来て、そこのすり合わせの犠牲となった部分をさもそれらしく大層に語り、やれ次元だの空間だのを引き合いに、パラドクスとして提唱している」


「しかしそれは、既存の仮想悪魔のパラドクスの解釈とはあまりに異なる……。愚拙如きでは、今、完全にそれを受け入れることがまだできませぬ。仮想悪魔のパラドクスといえば、樹形図的並列世界説の裏付けや、パンドラ箱のニャルンなどの思考実験を生み出した、大本となる理論であるが、それらの全てを勘違いで否定してしまう……!」


 ジレメイムの仮想悪魔のパラドクスは、ざっくりと言ってしまえば、精霊体の最小単位である精霊体子の特性を踏まえた上で、仮に精霊体子数個から構成される超小型の微視的悪魔が発生したと考えた際に生じる矛盾について考え、そこから悪魔の性質について仮定を立てる、といったものである。

 ジレメイムが生きていた頃には、想定されている微視的悪魔は精神構造の機能を持つには精霊体があまりに単純過ぎるため、この架空存在である微視的悪魔自体が発生しないため、そんなものはあり得ない、という説が主流であり、そもそもこの考え方自体が荒唐無稽だと馬鹿にされていたとされている。


 ところがジレメイムの没後、百年以上が経過してから『従来の魔術理論・精霊理論を発展させて考えれば、発生の確率が天文学的に低いため非現実的であることは差し置いて、そういった存在が成立すると考えた方が自然』という説が主流となった。

 ジレメイムの方が正しかったということが、百年の発展の末に証明されたのである。

 もっとも、ジレメイムが馬鹿でも否定できるようなことを言い出すはずがないので、単にジレメイムの価値観に欠片でも追いつくのにそれだけの時間を要した、ということだ。


「ですので結論としては、無論それだけとは言いませんが、敢えて大雑把に言ってしまえば、ジレメイムの仮想悪魔のパラドクスから発展して作られた、『ジレメイムの微視的状態における精霊体方程式』は、単に考え方の根本的な間違いを変換する、といった意味合いしか持っていないということですよ。極小スケールの精霊体が変わった性質を持っている、という話でなければ、上次元や別世界の干渉を受けている、という話でもないんですよ」


「お、おお、おおおおお! 素晴らしい……! 愚拙は、この愚拙は今、万物の真理そのものを目前にしているのだ! 恥ずべくと悲しむべくは、この愚拙にそのすべてを理解するだけの聡明さがないということ……!」


 ペンラートは感涙の涙を流していたが、その顔を唐突に悲痛に歪め、膝をおっておいおいと泣き始めた。


「いいんだよペン爺。俺が横に立って、サポートしてやるじゃないか」


「アベル様ッ、アベル様ァアアアアアア!」


 ペンラートが俺に抱き着いた。

 俺は少し驚いたが、そっとペンラートの小さな身体に抱擁を返す。


「アベル様! 申し訳ございませぬ、この愚拙、なんと畏れ多きことを……!」


 俺はペンラートの頭を撫でる。

 これほど熱心な弟子がいれば、ファージ領も安泰だ。

 しばらく俺がこの地を離れても問題はないだろう。


「え、えっと、メアも、メアもわかりましたよ! 要するに、ジレメイムさんが誰にも理解されなかったから開き直って大袈裟な事言って煙に撒いたせいで、これまでアベル以外まともな解釈が誰もできなかったってことですよね!」


「え? あー、まぁ、身も蓋もない言い方をすれば、そういうことにならないでもない……かな? 究極的にはあらゆる言葉は何を示しているのかっていう、そういう考え方の違いって面はあるし、俺はそういうことについてはぶっちゃけ関心がないから、もう極小の精霊体を考える場合の変換式っていう位置付けでもいいとは思うけど……」


「魔術学の歴史も知らぬ小娘が、かいつまんだ結果だけ聞いて、いい加減なことをほざくなァ! 貴様の発言は、ジレメイムは疎かゴーレム学者フィナッチから熱球に人生を捧げたデイガラン、数式の魔術師ゲルネ、果ては今魔術を学ぶ全ての賢者に知恵者、錬金術師、果てはこの偉大なるアベル様をも侮辱する発言であるぞ! 申し訳ござませぬアベル様! この小娘をこの場から叩き出します故!」


 ペンラートが突然猿の様な顔を悪鬼に変え、メアへと掴み掛かろうとする。

 俺はペンラートの肩を押さえ、全力で引っ張る。


「ちょ、ちょっと待て、おい! ちょっと待てと! 止まれペン爺! いや、止まって!」


「しかし! しかしアベル様! 今コイツが、何を宣ったと! さすがに許してはおけませぬ! 今のアベル様に対する浅慮で不敬な発言を撤回し、地に三日三晩は頭を付けて謝罪させねば!」


 駄目だ、止まらない。

 こいつ、こんな小柄でガリガリなのに、意外と普通に力があるぞ


「ごご、ごめんなさい、ごめんなさいアベル! メア、メア、横で聞いてるだけだと寂しくって、ちょっとお話に入りたいなって思っただけで、その、その……」


 メアは肩を僅かに上下させながら、涙ぐんだ声で言い、その場で膝を突こうとする。


「ああっ! 頭下げなくていいから!」


「『だけ』だと? この場に及んで、自らの過ちを言い訳するか! どれほど、どれほど貴様はアベル様を愚弄するゥ!? ダメですぞアベル様、こんな奴といては! 元々ディンラート王国は、魔術に対する真摯さがないと思っておったのです! そう、そうでございます! 愚拙と共にマハラウン王国へ行きましょうぞ! あそこは、愚拙が個人的に認めていた魔術師も多いのです! こんなところでは、アベル様も肩身が狭いでしょう!」


「ちょっと黙ってろ! マジで破門にするぞ!」


「ア、アベル様! 申し訳ございませぬ! しかし、しかし愚拙は、アベル様のためを思って言っているのです……!」


 大混乱を極める広間の片隅へ、一人、というより一体の精霊体こと錬金術師団副団長、アルタミアがやってきた。

 俺がメアの身体を起こそうとし、ペン爺が俺の足にしがみついている様子を見て、心底呆れた様な顔で溜息を吐く。


「何やってんのアンタ達……。アベル、アンタ、またメア泣かせてるし……前の緑の娘も言ってたけど、そろそろ愛想尽かされるわよ」


「い、いや、ちょっと、五分くらいペン爺と立ち話するだけのつもりだったんだけど……」


「さっき遠目から見たの三十分以上前だけど、話込んでたわよね?」


「はい……」


 まったくもってその通りである。

 思わず項垂れる。


「どうせまたしょうもない話でもしてたんでしょ。とっとと切り上げてあげなさい、というより今すぐ中断しなさい」


「はい……」


 俺は頷くことしかできなかった。


「アルタさん……」


 メアが、泣き腫らして赤くなった目でアルタミアを見る。

 重ねてアルタミアが溜息を吐く。


「待て女! しょうもないとは何か!? 愚拙は、愚拙はアベル様と、ジレメイムの仮想悪魔のパラドクスの解釈にて話をしておったのだ! どれだけこれが魔術学的に価値のある話なのか、貴様程度にはわかるまい! 勝手に決めつけるのは結構! だが、面と向かって言われれば言い返さねばならぬ!」


 ぴくりと、アルタミアが肩を跳ねさせる。


「……へぇ、ジレメイムの? アベルの解釈?」


「はっ! 二流錬金術師が、まともに聞いたことがあるかどうかも怪しいものよ! フン、アベル様は寛容であられるため、今回は引いてやろう。だが女共、次はないと思え!」


「……ちょ、ちょっとだけ、概要だけ聞いてあげてもいいわよ?」


 アルタミアが、露骨に興味ない素振りを装う様に、泳いだ目を斜め上に逸らし、指先で髪を梳く。


「アルタさん!?」


 メアが縋るようにアルタミアの肩を掴んで揺らした。


「ひ、一言だから! 一分! 三十秒! いや、四十秒!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] メアを抱っこするか、せめて手でも握ったまま話してあげて……。 (……いや、逆にだめかも知れんけど)
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