二十七話 続・ファージ領の猛者達②
俺はペテロに連れ出され、ラルクの滞在している宿屋を後にし、敵魔術師に破壊されたというファージ邸へと向かうこととなった。
ペテロは既に一度館の惨状を目にしたらしい。
事の深刻さを俺にわかってもらうためには、アレを見てもらうのが一番手っ取り早いという話だった。
大方、俺の杖先をリーヴァラス国に向けさせることが目的だろう。
俺としてはそういうふうに利用されたくはなかったが、しかし実際問題、リーヴァラス国からの干渉は度を越している。
このままいけば、いずれ戦争にさえなりかねない。
というより、向こうはそれを望んでいるようにさえ思える。
俺も温いことを言ってはいられないのかもしれない。
「これは、酷い……」
俺は遠目からファージ邸の有様を見て、呆然とした。
館が半分ほど完全に吹っ飛んでいる。
いや、それだけではない。
館の北側先が、数十メートルに渡って枯草一つ残らない不毛の大地と化している。
「ええ、そうでしょう。まったく、この魔術を人里で使おうなんて、正気じゃないわね」
ペテロの言葉に俺は頷く。
「改めてわかりましたよ。俺の理解が甘かった。奴らは、真っ当じゃない」
おおよそ人間のやる事とは思えない。
惨状を目にし、繰り返し怒りが湧いて来る。
このやり口から考えるに、リーヴァイはラルクやメアが死のうが生きようが、どうでもいいのだ。
ペンラートを囮にし、その間に俺に槍のしっぺ返しをくらわせたかったのだろう。
その気になれば、こういう手も取れるのだぞ、せいぜい震えて居ろ、と。
あの尊大なリーヴァイの、大魚人の腕が挑発する様にひらひらと揺れている光景が脳裏に浮かぶ。
ああ、そうかい。
神からしてみれば、なるほど人間なんてその程度の存在か。
遥か高みから見下ろした気になっていればいい。必ず後悔させてやるぞ、あの槍抜き槍神め。
俺は後方を歩く、アルタミアへと顔を向ける。
アルタミアは、リーヴァイの仕向けて来た刺客、ラスブートと直接対峙した証人である。
そのため、ペテロと対リーヴァラス国を相談するに当たり、アルタミアにもついてきてもらったのだ。
肝心なアルタミアは、地面を俯いて肩を震わせていた。
メアがぽんぽんと、慰める様に肩を叩いている。本当にいつの間にやらすっかりと打ち解けたものだ。
「……それにしても、全く奴らの考えていることが理解できませんね。魔力を膨大な熱量に換えて放射する魔術のようですが、効果範囲が歪すぎる。脅しに派手にしたかったにしても意味不明の一言ですね。魔力を溜めて溝に捨てるようなものですよこれは」
アルタミアがぴくっと肩を震わせた。
俺はその動作に首を傾げるが、深くは気に留めず、ペテロへと向き直る。
「そう? 魔力はリーヴァイに借りたにしろ、これだけの威力の魔術を単独で発動できるのなら、魔術師としては最高級だと思うけど……まぁ、アベルちゃんが言うなら、そうなのかもしれないわね」
「規模を引き上げるだけならどうとでもなりますよ。まぁ、この魔術を使った魔術師にはどうにもならなかったみたいですけど」
「ま、リーヴァイ教徒なんて、どいつもこいつもまともな学がなくて、身勝手で、視野が狭くて頭が固い、そんな連中ばっかりよ。水神の魔力を借りようが、真っ当に扱う術がわからないのでしょう」
ペテロが吐き捨てる様に言う。
ペテロの立場として、他教徒の者達には色々思うところがあるようだ。
あまり俺はこういった、決めつけて貶すような物言いは好きではないが、庇い立てするほどリーヴァイ教に思い入れもないので、適当に曖昧に頷いて相槌を打っておくことにした。
「今の新リーヴァイ派を自称してる連中だって、ワタシが掴んだ情報の範囲でも、力を持て余した蛮人そのものよ。強引な宗派統合のせいで国内がボロボロになってるのに、そこでやることがディンラート王国への嫌がらせなんだから、どう考えたって長くは続かないわね。ワタシ達が手を出さずとも、十年待てば破綻するでしょう。もっとも、そんな長い目で見ているつもりはないけれど」
「……まぁ、難しい話はわかんないですけど、この惨状を見れば言わんとすることは伝わりますよ。魔力痕から文明と知性を感じない。これは一種の魔術史への冒涜ですよ、冒涜」
背後から殺気を感じ、小さく振り返る。
青筋を立てて俺へと前のめりに出るアルタミアの肩を、メアが押さえていた。
アルタミアは、フー、フーッと息を荒げ、半月の様なジト目で俺を睨む。
「随分と、仰々しく貶してくれるものね……!」
「お、抑えてください! アベルは何も知らないんです! 悪意があったわけじゃないですもん! ね?」
俺は首を傾げ、ペテロと顔を合わせる。
ペテロもアルタミアの不機嫌の理由はわからないらしく、肩を大きく竦める。
「しかし、知性に文明だなんて、魔術の行使を見て来たように言うのね、アベルちゃんは」
「だいたいわかりますよ。適当に魔力を注ぎ込んだ後に、どうやって魔力を扱うか悩んだ末に、抑えきれなくなって爆発したような、そんな行き当たりばったりささえ感じます。こんなの、魔術師のやることじゃないですよ。『ゴミを真上に投げたら落ちてきてゴミが頭に当たった! 最悪!』って言ってるようなものですよこんなの」
「そ、そこまで言うものかしら……? リーヴァイ教徒を擁護したくはないけれど、あれを引き起こすだけの膨大な魔力の塊を、誰でも即座に魔術の一撃に変換できるのなら、魔石さえあればそれ以外の準備なしに、魔術師たった一人で大戦の戦況を変えられるって話にまでなるわよ。……まぁ、一人で世界壊しそうなアベルちゃんには言っても無駄かもしれないけど……」
「ゴブリンシャーマンだってここまでは酷くない。この魔術を行使した恥知らずは、今すぐ杖を折って魔術師を引退するべきです。そうすることで世界の魔術師の平均レベルがちょっとだけ上がるので、その愚かなリーヴァイ教徒も魔術学にちょっとだけ貢献できるでしょう」
形跡からでもだいたいわかる。
あまりにこの状況自体がちぐはぐなのだ。
俺には敵が、適当に魔力を練って敵に魔力を行使したとしか思えない。
魔力痕より、一瞬アベル球に似ているかもしれないとも思ったが、そんなことはなかった。
俺のアベル球はこんなちんけなものではない。
「あー! わかった! アンタ、全部わかってて私を馬鹿にしてるんだ! そうなんだ!」
「抑えてっ! 抑えてくださいアルタミアさん! 気持ちはすっごくわかります! アルタミアさんが怒るのも仕方ないかなって! でも、メアがいくらでも謝りますから、ここは抑えてください! ごめんなさい! ごめんなさい!」
メアがアルタミアに抱き着いて、わーわーと騒いでいる。
……何をやっているんだ、あの二人は。