二十六話 続・ファージ領の猛者達①
俺がナルガルン二体の討伐のために、リーヴァラス国との国境沿いから帰って来た時、領地は大パニックに陥っていた。
信じられない話だが、どうやらラルク邸が消し飛んだらしかった。
幸い巻き込まれた人間はいなかったらしいが、それでもとんでもない話だ。
俺はただならぬ事態と察し、謎の記憶喪失の老人と称してラルクに紹介する予定だったペンラート改めペン爺はひとまず外で待ってもらうこととして、ラルクの待つ宿屋へと入る。
俺は見慣れたラルク邸の使用人の案内の許に宿屋の中を歩み、奥の一室へとユーリスと共に訪れる。
机に肘を置く、ラルクと顔を合わせる。
部屋の中には、他にもアルタミアやメア、そしてラルク邸の使用人の姿があった。
今は宿が丸ごとラルク邸の面子で貸し切りとなっているそうだった。
メアも不安そうにしており、アルタミアも顔を床に向け、鎮痛な顔を浮かべている。
「アベルッ!」
メアが俺の姿を見て駆け寄ろうとするが、ユーリスが遮る。
「アベル殿、まずは、ラルク様への報告と、現状の確認を」
俺はムッとしたが、しかし確かにファージ領の一大事だ。
メアへと軽く笑いかけ、また後で、と目線で伝える。
メアにも色々と言いたいことがあったらしく、やや不満げにユーリスを見たが、下がってくれた。
俺はラルクの前へと進む。
「アベル君、此度の魔獣討伐もご苦労だった。君にしかできない仕事だったろう。君がいなければ、何度この領地が終わっていたのか――」
「前置きはいいですよ。何があったんですか?」
「そう……だね。君が言うのなら、そうしよう。聞いてはいるだろうが、ファージ領内でも問題が起こってね。アベル君の不在を狙った、リーヴァラス国の破壊工作だよ。最上位クラスの魔術師を送り込んできた」
ラルクが落ち着かない様子で言う。
本格的に物騒な話になってきた。
厄介な国に目を付けられ、そして厄介な位置にファージ領があったものだ。
リーヴァラス国からの干渉が続く限り、ファージ領に平穏はない。
「屋敷が吹き飛んだというのは?」
「その敵の魔術だよ、危ないところだった。もしも全員まだ館に残っているときに使われていたら……想像もしたくない」
俺は唾を呑み込む。
一歩何かが違えば、メアも、ラルクも、使用人達も、残らず殺されていたかもしれないのだ。
俺はどこか、リーヴァラス国の問題を甘く考えていた。
だが、暴走した国を一つ相手取るということは、人質や領地の爆撃などは覚悟しなければならないことだったのだ。
俺は敵国の神の宝具をがめておきながら、誰一人失う覚悟などなかった。
とっくに俺は水神に目を付けられている。
今更槍を返して済む話でもない。ならば、徹底的に戦い、敵を打ち滅ぼすしか道はない。
「……ペテロさんに急かされるまでもなく、俺は選択肢なんてなかった、ということか」
ペテロからの頼みを引き受けるしかない。
リーヴァラス国の守護神リーヴァイの討伐、及び現在のリーヴァラス国の最高責任者である教皇サーテリアの捕縛。
これは、俺とメアの、そしてファージ領の平穏のためには外せない問題だった。
館を吹き飛ばしたということは、ラルク邸の人間を敵は皆殺しにするつもりだったのだ。
運命の悪戯により、偶然ラルク邸の面子が助かったに過ぎない。
俺としても、リーヴァイのやり口にははっきりとキレている。
敢えて関わりたいほど愉快な連中ではないが、向こうが決着をつけたいというのであれば、望むところだ。
「その魔術師は、捕えたと聞きましたが……よく、どうにかなりましたね」
「ああ、襲撃者である大男、ラスブートは、アルタさんが確保してくれた。彼女には、感謝してもし足りない」
俺もそれを聞いて安堵する。
さすがは伝説の魔女アルタミアだ。
ファージ領にはもう一人、戦力として期待できる収集家がいるのだが、あいつは非協力的である上に、完全に腑抜けと化している。
周囲から何を言われても『我の手に馴染む剣がないので戦いたくない』とほざく有様である。
大貴族の総資産にも匹敵しそうな価値の剣を幾つも保有していたのだからその気持ちもわからないでもないし、俺としても理由の一端にある人間として何とも言えないのだが、しかしそろそろ夢だったのだと諦め、人生の大半を費やした塔を不幸な事故によって喪失させたアルタミアを見習い、第二の冒険者人生を歩んでほしいところだ。
「ラスブートについては、実際に戦ったアルタさんがよく知っているだろう。ただ、彼女も今は少し疲れているので、また後日にしてあげてほしい。私も、あまり詳しくは聞いていない」
俺がちらりとアルタミアを見ると、アルタミアは俯いて苦しそうな表情をしていた。
時折意味深に溜息を吐いては、辛そうに首を振っている。
「……もう、黙っておきましょうアルタミアさん? このまま黙っていたら、全部纏まりそうな雰囲気ですよ? メアも……もう、余計なことは言いませんし……」
メアが、小声で何かをアルアミアに耳打ちしていた。
「いえ、でも……でも、これは、さすがにちょっと……後で、取り返しがつかないことにならない? 結構マズい書類も焼失しちゃったみたいだし……」
どうやらメアがアルタミアを慰めているようだった。
珍しいこともあったものだ。
「本当のこと言ったって、誰も得しませんもん。メアも、頑張ってくれたアルタミアさんが罰を受けるようなことは、あってほしくありません。嘘つくわけじゃないです、ちょっと黙ってるだけですよ、ね?」
「……アンタ、そういう子だったの? アベルに毒されてない?」
「メッ、メア、アベルに染まっちゃってますか!?」
「なんで嬉しそうなの?」
よくはわからないが、メアが元気そうで何よりだ。
怪我をしていないのは知っていたが、恐怖で心に傷を負っていないかが心配だったのだ。
館が爆発した際に近くに居合わせたとのことだったので、それが心配だったのだ。
と、そのとき、ノックもなしに不躾に扉が開けられた。
「……そんな甘いことは言ってられないんじゃないの、男爵ちゃん。アルタミ……アルタには、とっとと敵の話を喋ってもらうわ。それで、その先の話も、アベルちゃんと進めておきたいわね」
振り返れば、付き人ミュンヒを傍らに、ペテロが立っていた。
「はっきり言って、笑えない事態よアベルちゃん。迷っている猶予はもう残されていないわ。これ以上、リーヴァラス国相手に後手に回る必要はない。アナタなら、直接乗り込んでサーテリアとリーヴァイを無力化するだけの力があるわ。いえ、アナタにしか、できないことよ」