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最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第八章 大いなる水の神リーヴァイ
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二十五話 不死の怪僧ラスブート⑥(side:ラスブート)

 アルタミアは、プチアベル球を制御しながら宙へと浮かび、床に空いた大穴の下、ラスブートを押し潰している幻の銅(オレイカルコス)の立方体と三角錐を睨む。


 不意を突いてラスブートの身体を一時的に破壊することには成功したが、半ば不死身のラスブートを前に、アルタミアの策も底を尽きていた。

 残った魔力も、このプチアベル球に費やしてしまっている。

 ここで決めなければ後がない。


 立方体が微かに震え、一気に持ち上がる。上に乗っていた三角錐が床へ落下した。

 立方体は、『呪体』により全身を黒く染めたラスブートが、片腕で持ち上げていた。



「何をしようとも、無駄なこと……! 私を殺すことなど、誰にもできないのです!」


হন(運べ)!」


 アルタミアは転移の魔術を詠唱。

 アルタミアの身体が魔力の光を残して消え、ラスブートのすぐ傍へと現れる。

 アルタミアは両腕に抱えた巨大な炎の球を、ラスブートへ向ける。


 立方体を持ち上げているラスブートは、唐突に魔術を用いて接近してきたアルタミアへの反応が遅れた。

 『呪体』による超体術と魔術を組み合わせた連撃は、アルタミアも警戒していると考えていた。


「な、なんだ、その魔術は……!」


 加えて、アルタミアの抱える炎球は、死を幾度となく乗り越えて来たラスブートにとっても、恐怖を抱かせるに十分なものだった。

 巨大な球状結界の中には、未だに灼熱が蠢いている。

 どれだけの魔力をねじ込んだのか、想像もできない。


「この方角なら、多少何があっても大丈夫……ラルク男爵、ごめんなさいね!」


 アルタミアが腕を振るう。

 だが、プチアベル球は、動かない。


「あ、あれ、嘘!? なんで!? ああもうっ! だったら、イチかバチか……!」


 アルタミアは、重ねて魔法陣を展開する。

 球状結界に粗を作り、指向性を持った暴発を引き起こす。

 球状結界表面に窪みが生じ、それが亀裂に変わる。


「い、今の間にっ!」


 同時にその隙を突いて、ラスブートが真横へと跳んだ。

 一瞬遅れ、プチアベル球の球状結界が崩れ、内部の膨大な熱量が、爆発によって一気に放射される。


「おっ、ぐぉおおおおっ!」


 ラスブートはプチアベル球の放つ衝撃波に弾き飛ばされ、火だるまになって床を転がる。

 手が焼け焦げてへし折れ、握りしめていた呪猿杖の持ち柄が焼け崩れていく。

 子猿の頭蓋が顎を震わせて雄叫びを上げる。甲高い猿の悲鳴が響いた。


 放たれた極太の熱線は、館の北の北側を吹っ飛ばした。

 それだけに留まらず、地面を抉るプチアベル球の軌跡が、館から離れるごとに拡散して広がっていき、その先数十メートルを更地に変えていた。


「げほっ、げほっ……やっぱり、結界崩すのはダメだったかしら……?」


 アルタミアは、消し炭になった見晴らしのよくなった館北側を眺め、小声で呟いた。

 人的被害はなかったと信じたい。


「掠っただけで炎上したなんて……やっぱり、充分過剰威力だったわね。アベルの奴は、何を考えてこんな魔術を……? 普通、もうちょっと刻むでしょ……まぁ、そのお陰で、ラスブートはどうにかなったけど‥…」


 アルタミアは溜め息を吐き、ラルクにどう説明したものかと頭を悩ませる。


「アルタミアさん!」


 メアの叫び声を聞き、アルタミアは我に返る。

 横を向けば、半身が焼け爛れたままのラスブートが、怒りの形相で立っていた。

 片眼は焼き潰れ、残った側も瞼が焼け切れていた。

 これまで感情の色の乏しかったラスブートが、顔の一面に憎悪と憤怒を浮かべている。


「な、なんで!? どうしてまだ動けるの!?」


「よくもやってくれたな、精霊崩れの亡霊風情が!」


 『呪体』で強化されたラスブートの裏拳が、アルタミアの胸部に刺さる。


「うぶっ!」


「こんなものではないぞ!」


 続けて、アルタミアが体勢を直す間も与えず、顔に、腹部に、腰に、ラスブートの超高速の体術が叩き込まれる。


পানি(水よ) দংশন(貫け)!」


 絶え間ない暴力に打って出ながらも、魔術での追加攻撃も欠かさない。

 ついでとばかりに、アルタミアの身体を水の刃が通過して破壊する。

 とどめに放った回し蹴りが、アルタミアを軽々と吹っ飛ばした。

 アルタミアは受け身も取れず、肩から地面に落ち、数回転してから無防備に顔を天に向けた状態で倒れる。


「クソ、どれだけ頑丈なのだ、この半精霊は……! 人間ならば、二十は死んでいるはずだというのに!」


 アルタミアは霞む意識の中、どうにか上体を起こす。

 ラスブートの足許には、一部が焼け焦げた、子猿の頭蓋が転がっていた。


(しくじった……! 直撃が取れず、衝撃波で吹き飛ばしたせいで、破壊しきれてない!)


 策を尽し、魔力も消耗しきったアルタミアに、これ以上ラスブートと戦う手立ては残っていない。

 加えて先程の連撃のせいで、ほとんど身体を動かせない状態にまで追い込まれていた。

 どうにか起き上がろうと身体を捻り、地に手をつけるが、腕を伸ばす力が入らない。


「ぶっ殺してやりたいが、いつ死ぬかわからぬ貴様を嬲っている余力はないらしい。身体と、猿呪杖も治さねばならぬ。橙の魔女、今日のところは見逃してやる。次は絶対に殺してやる。楽に死ねるとは思わぬことだ。リーヴァラスには、数え切れぬ邪教と儀式が眠る。その苦痛の全てを、貴様の身に味合わせてやるぞ……!」


 そう言うと、ラスブートは呪猿杖の頭蓋を拾って抱え、身を翻す。

 向かう先は、半壊したラルク邸の二階。メアが残っている部屋である。


「ま、待ちなさいラスブート!」


「ここまで追い込まれるとは予想だにしていなかった、が、目的は果たした、私の勝ちだ橙の魔女……! フフ、次会ったときは、私は水神様の四大神官……いや、あのお飾りの小娘と代わり、教皇になっているやもしれぬな。再会の日を、楽しみにしているがいい」


 ラスブートの隻眼がアルタミアを振り返る。

 その後、すぐにメアの方へと向き直り、地を蹴って跳び上がり、ラルク邸二階へと侵入する。


 メアが応戦に放った矢を、ラスブートは素手で受け止めて握りつぶし、床へと落とす。


「フフ……怖くはありませんぞ、ドゥーム族のお嬢様。少し私と来てもらうと言うだけです、さぁ!」


 ラスブートが笑いながらメアへと駆ける。


「ひっ!」


 メアが脅え、目を瞑る。


 ――その瞬間、部屋に置かれていたオーテムが魔法陣を展開した。

 底部で床を蹴って、ラスブート目掛けて一直線に跳び、頭突きを放つ。


「むっ! なんだ、これは!」


 ラスブートは片腕で止めようとしたが、抑えきれず、オーテムの頭突きをまともに身体で受けることとなった。

 攻撃を受けた衝撃で、手から呪猿杖の頭蓋が飛び、地面を転がっていく。

 ラスブートは空いた両腕でオーテムを掴み、強引に引き放す。


 アルタミアはその様を呆然と見ていたが、遅れて状況を理解する。


「見張りのオーテムがついていたのね……」


 アベルはナルガルンを止めるべく動く前に、メアの身の危険を起動条件にしたオーテムを残していたのだ。

 メアが屋敷に残ったのも、そうするようにアベルから言い含められていたためであった。


(でも、ないよりマシだけど、状況は悪いままね……)


 アルタミアは目を細め、オーテムとラスブートの押し合いを睨む。


 普通の相手ならば、オーテム一つで対処できたかもしれない。

 だが、相手が悪かった。

 リーヴァラス国の殺戮司祭、怪物ラスブートの『呪体』による身体強化、そして極められた体術の技術は、瀕死の状態であっても、オーテムの力を僅かに上回った。


「はああああああああっ!」


 ラスブートはオーテムの力の向きを誘導する様に身体を回転させ、床へと方向を捻じ曲げて叩きつけた。

 床に綺麗にオーテム型の穴が開き、下へと落下していく。


 相手が小さな人形であるからこそ対処可能であった。

 ラスブートは息を荒げながら、無事に捌けたことに安堵する。


「なるほど……これが、アベルのオーテムか。本人がいれば、少々まずかったかもしれぬ」


 ラスブートは息を荒げながら、再びメアを見る。


「さぁ、私と来るのだ、赤石の娘……」


 メアの周囲から、十の魔法陣が浮かぶ。


「む?」


 部屋に放置されていた十体のオーテムが、一斉に魔法陣を展開した。

 瞬間、ラスブートの頭が思考を停止した。

 驚愕と絶望がないまぜになり、口から「ぶふふっ」と息が漏れる。


 なまじ先程のオーテムと押し合った分、これが見た通りの事態ならば、どれほどの窮地かは、容易に想像がついた。

 即座に片足を軸に身体を反転させ、そしてその回転により押し出されるように一歩目を歩む。

 大きく歩幅を取ったが、しかしそれで体勢が乱れることもない。

 極められた体術の生み出した、無駄のない離脱の体捌きであった。


 しかし、逃れるどころか第二歩を踏み出す間もなく、ラスブートの背にオーテムの頭突きが当たる。

 その場に倒れ込んだラスブートへと、十体のオーテムが囲んでリンチを始める。

 立ち上がる余裕など与えるはずもなく、容赦ない打撃が繰り返される。

 ラスブートの悲鳴が響く。


 アルタミアは地面に伏したまま、死んだ目でその光景を眺めていた。

 メアは二階から降り、恐る恐るとアルタミアへ近づく。


「だ、大丈夫ですか、アルタミアさ……えっと、アルタさん」


 メアが思い出したように言い直す。


「……ねぇ、あれ、何」


 確かにメアは、アルタミアに自分を置いて逃げる様に、途中で促していた。

 あのときは何を言っているのかと思ったが、恐らくこのためだったのだろう。

 しかしそれでも納得しきれない気持ちがあった。


「……そ、その、アベルが保険に置いて行ってくれた、オーテムです……。えっと、即席で用意したから、あんまり期待はするなとも言われてたんですけど」


 メアが申し訳なさそうに答える。

 本当はアベルから『万が一、オーテムで対処できない様な奴が来たらアルタミアを頼れ』とも言われていたのだが、今そのことを伝えても何の意味もないばかりか、嫌味と取られかねないことはわかっていたので、黙っていた。


 アルタミアは顔を押さえ、深く溜め息を吐く。


(何にせよ、何事もなくてよかったけど……)


 アルタミアも、もしかしたらラスブートならばアベルを殺しかねないかもしれないと考えていたが、どうやら気のせいだったらしいと悟る。

 

「あっ!」


 ふとそこで、ラスブートの特性を思い出す。

 ラスブートの不死性は、呪猿杖にある。

 オーテムがどれだけラスブートを叩きのめしたとして、あの子猿の頭蓋を壊さない限り、ラスブートを完全に倒すことはできない。


 アベルがオーテムの停止条件をどう組んだかわからないが、半不死のラスブートを叩きのめしたと誤認して早々に解放し、逃がしてしまう恐れがある。

 ラスブートの不死性の根源である子猿の頭蓋を回収しなくてはならない。


「今、あの頭蓋骨はどこに……!」


 アルタミアが顔を上げれば、子猿の頭蓋は、二階の部屋に、平然と転がされていた。

 やはりオーテムは呪猿杖を感知できていなかった。

 あれを壊すまでは、まだ安心できない。


(幸い、多少は回復できた……あれを拾って回収してくるくらいなら、今の私にもできる……)


 アルタミアは立ち上がって浮遊し、半壊したラルク邸の二階へと移動する。

 オーテムに叩きのめされ続けているラスブートを警戒しつつ、子猿の頭蓋を拾う。


「ま、魔女……魔女お! アルタミア、アルタミア殿ォ!」


 ラスブートから懇願するような声が響く。


「降伏するからっ! これ、止めて、止めてください!」


 ラスブートがアルタミアへと縋る様に上げた腕が、オーテムに踏み潰される。


「……知らないわよ、私のじゃないし。えっと……それは敵を無力化するためのだから、多分、アンタが気絶したら勝手に止まるんじゃないの?」


「それっ、潰して! それある限り、私、意識途切れないんで……! ぐぼぉ! さっきの魔術もう一回使えば、完全に潰せるはず……おぼごぉ!」


 アルタミアは、ふと拾い上げた呪猿杖の頭蓋へと目を向ける。

 確かにもう一度プチアベル球を使えば潰せるかもしれないが、今、そんな余力はもう残っていない。

 それに元より、アルタミアには、ラスブートを解放する義理もない。

 散々殴りつけられた挙句、甚振って殺してやるとまで宣告されたのだ。


「……だったらアンタは、しばらくそのままでいなさい。これは預かっておくわ」


「橙の魔女ぉおおおおおおおっ! おごがっ!」

 

 ラスブートの咆哮が、顎をオーテムに殴りつけられたことで止まる。


(……私、今まで何をしていたのかしら)


 アルタミアは言いようのない虚無感に包まれながら、最後にもう一度溜息を吐いた。

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