二十四話 不死の怪僧ラスブート⑤(side:ラスブート)
ラスブートを前に、アルタミアは思案する。
(アベル球については、作成者本人から、興味本位で迂闊に聞いたことをちょっと後悔するくらいには緻密に教えてくれたから、原理はわかる。調整と消耗魔力量がヘンタイ的だったから、完全な再現は私でも無理だし、そもそも領地が吹っ飛びかねないからそのままは使えない。あの魔術式を基に、今、即席で、実践的な魔術式に組み直す!)
一度アベルにアベル球について尋ねた後、アベルは聞いてもいないのに、魔法陣の構成魔術式を微細に一つ一つ、一週間顔を合わせる度に説明してくれたことがあった。
耐え切れず、苛立っているときについ顔面をビンタしてしまう一幕もあったが、結果としてはアベルからあれこれと教えられていたことが吉と出た。
しかし、それだけの前情報があってなお、伝説の錬金術師アルタミアの力量を以てしても、魔術狂アベルのお手製魔術の魔法陣の調整など、気軽にできるものではない。
今でも構成魔術式の中に完全なるブラックボックスとなっている部分があるし、なぜこれが必要なのか、説明を聞いても一切理解できない魔術式も紛れ込んでいる。
(だけど、呪猿杖を破壊しない限り、ラスブートが不死身だというのなら、アレを破壊するしかない! そしてアレを壊すには、今の私には、アベル球しかない!)
アルタミアは脳内で魔法陣を描き、トライアンドエラーにより、アベル球の魔法陣の、偏執的なまでの威力の底上げ部分を削り、アベル球改めプチアベル球へと改変していく。
「終わりにしましょうか! 貴女では、私には勝てないのですよ! フフ……橙の魔女さえも、私を殺し切ることは叶わぬのだ!」
ラスブートが、床を蹴って跳び上がり、アルタミアへ向かって来る。
アルタミアは思考の半分をプチアベル球の開発に残しながら、『呪体』により大幅に身体能力を向上させたラスブートへの対処を考える。
(プチアベル球の発動には、大きな隙ができる……。どうにかラスブートをもう一回瀕死に追い込んで、あの不気味な猿の杖に再生させる。そして、そのときに、あの杖にプチアベル球を放って破壊する!)
アルタミアが腕を上げる。
幻の銅の立方体と三角錐が、回転しながら周囲を飛び交い、壁や天井を崩しながらラスブートへと迫る。
「その魔術も、そろそろ見飽きましたな!」
ラスブートは『呪体』に染まった黒の腕で立方体へと触れ、宙でそれを弾いて加速し、アルタミアへの距離を縮める。
アルタミアは、向かって来るラスブートへ腕を伸ばす。
即席金属、ヒディムマギメタルによる十の剣が生じ、ラスブート目掛けて降り注ぐ。
だが、ラスブートは容易く自身へ向かう剣を呪猿杖で払い、そのまま魔術を詠唱する。
「পানি দংশন!」
ラスブートの身体の周辺に五つの魔法陣が生じ、その中央より水の刃が放たれる。
アルタミアは宙を回り、全ての刃を回避する。
だが、その間に間合いに潜り込んだラスブートが、呪猿杖をアルタミアへと振りかぶる。
アルタミアは斜め後ろへ退避する。
ラスブートは呪猿杖を地に突き立て、そこを起点に身体を回転させることで、自身から逃げようとするアルタミアの退路へと、高速で潜り込んだ。
(なに、今の動き……!?)
「止まって見えますなぁ!」
呪猿杖の突きの一撃が、アルタミアの背へと放たれた。
背を穿たれたアルタミアは、バランスを崩しながらも、突きの威力を利用して上空へと逃れ、宙を舞って移動する。
(膂力は『呪体』で強化されてるから強くて当然だけど……この男、体術の技量も高い! 魔術への造詣もそれなりに深いのに、体術も達人級で膂力も大型魔獣並み、おまけに杖がある限り不死身って、コイツ反則じゃない! 攻撃の規模なら間違いなくアベルの独壇場だけど、今みたいな近接戦なら、アベルの首にも届きかねない……)
「逃げ回るばかりですかな、橙の魔女!」
「……確かにアンタは、強敵だったわ。でも、今度こそ、これで終わりよ!」
アルタミアが言い放ったのと同時に、ラスブートの周囲を囲み、炎の猛煙のカーテンが上がる。
床、天井を伝い、炎が燃え広がっていく。
「これは……チィッ! 炎の結界ですか!」
「アンタがさっき軽々しく対処した魔金属の剣は、ヒディムマギメタルの成分を微調整して性質を変えて、魔術式を刻んだ、結界の媒介用の特別製よ。四つの剣を繋いだ内側に、炎の壁を生じさせたの」
続けて、幻の銅の立方体と三角錐が、アルタミアの近くまで浮き上がる。
「押し潰しなさい!」
アルタミアの声に応じ、二つの立体が炎の壁の中で焼け苦しむラスブート目掛けて落下していく。
ラスブートの悲鳴と共に、二つの立体はラスブートごと床を貫いて落下していく。
最後に、下の階層で肉の潰れる音が響く。
メアが、恐る恐るとアルタミアへ尋ねる。
「……お、終わったんですか?」
「いえ……どうせ、またすぐに復活するわ。あの男、ほとんどアンデッドね」
「ま、まだ生きてるんですか!?」
アルタミアの感知でも、間違いなくラスブートは生きながらえていた。
二つの立体と拉げる床の間から、強い魔力波長を感じる。
恐らくは、呪猿杖に分断されたラスブートの魂の欠片が発する、ラスブート本体への再生魔術である。
「ええ、だから、今から終わらせるのよ。শিখা এই হাত」
アルタミアの手元に小さな球形の結界が生じ、その中を赤い炎が満たしていく。
結界が内部の炎に押されて膨張が始まるのを、魔力で押さえ付けて大きさを留める。
「それ、もしかして……」
「ええ、あの魔術バカに教えてもらった、アベル球よ。規模も威力もかなり抑えてるけど……あの男一人蒸発させるには、充分な威力のはずよ」
無論、狙うのはラスブート本体よりも、子猿の頭部のついた杖である。
しかしラスブートの性質をわかっていないメアにそのことを伝えても意味がないため、アルタミアはそう伝えた。
「ア、アルタミアさん、アベルの魔術、使えたんですか!」
「フン、当然じゃない。私を誰だと思ってるの。これくらいのことは……ん?」
アルタミアの手の先にあるプチアベル球が、ボコボコと歪な形状に変化する。
「や、やだ、ちょっと、なんで!? 嘘!? やだっ、やだっ!」
「アルタミアさん!? どど、どうしましょう、メア、何かした方がいいですか!?」
球状が崩れれば、結界全体に余計な負荷が掛かる。
アルタミアは必死に結界を再構成し、強引に球状に留める。
修正を重ねるたびに膨れ上がっていき、最後にはアルタミアの背丈にも届きかねない大きさにまで膨れ上がったが、どうにか再び球形として安定する。
「ど、どうにか持ち直したわ。敢えて言うのなら、プチアベル球ってところかしらね」
「プチ……?」