二十三話 不死の怪僧ラスブート④(side:ラスブート)
「う、うう……」
アルタミアは、腹部を支点にラスブートの構える呪猿杖に持ち上げられたままに呻く。
精霊体とはいえ、ゼロ距離で放たれた高殺傷能力を誇る水の貫通弾の五連弾は、効率的にアルタミアの身体を破壊した。
背に空いた、痛々しい五つの穴は、まだ閉じずに残っている。
「どうした橙の魔女! こんなものですかぁ! 貴女、邪魔なのですよ。私は、何としても、あの小娘を回収しなければならないのです!」
ラスブートが吠える。
「や、止めてください! もしもメアが狙いだというのなら、メアがついて行きますから! アルタミアさんに、酷い事をしないでください!」
メアが悲鳴を上げる。
ラスブートが首を鳴らしながら曲げて、メアへと目を向けた。
「ふむ、なぜ、私が言うことを聞いてやらねばならないのですかな? 魔女は殺す、当然でしょう。残しておくと、後々厄介になる恐れがある。今回は勝てましたが、錬金術師は元々、研究が本分ですからね。リーヴァラス国に不利になるものを作られては困るのです。というより、国境沿いのこの領地が力を付けること自体、我々は好ましくない。こいつを始末した後に、ゆっくりと目的を果たすまでなんですよ!」
ラスブートが呪猿杖を振り下ろし、アルタミアを背から地に叩きつけ、腹部を頭蓋で再び圧迫する。
『呪体』に強化されたラスブートの腕力は、アルタミア越しに床に罅を入れ、粉砕した。
「ふふ、興奮してきましたねぇ! さぁて、しかし、まだ生きているとは。貴女はどうすれば死ぬのかな?」
再度、呪猿杖で殴りつけようとラスブートが杖を振り上げ――その手が、宙に固定された。
「む?」
いつの間にやら、手が、魔金属塊に覆われている。
ラスブートは足に違和感を覚え、目線を下げる。
いつの間にやら、足にも金属の枷が設置されていた。
「こ、これは?」
「……あんまり、私を舐めないことね。この私に近距離で戦うには、少し無防備すぎるわよ」
即席魔導金属、ヒディム・マギメタルの手枷と足枷である。
精霊であるアルタミアによりほぼノーモーションから放たれる錬成魔術は、自身の周囲の指定位置に、狙った形状で魔金属を生じさせることができる。
ラスブート程の魔術師ならば、警戒していれば避けれたはずだった。
しかし、優位に立った驕りと、このまま片を付けるという焦りが、ラスブートの視野を狭めていた。
「少し隙を見せたら、面白いくらいに乗ってくれたわね。ここまでボコボコにしてくれるとは思わなかったけど。さて、研究が本分の錬金術師にしてやられた気持ちはどうかしら?」
「この程度……!」
ラスブートの身体中の黒が濃くなり、筋力が膨張する。
魔術式の金色の輝きが増す。
アルタミアのヒディム・マギメタルの手枷と足枷に罅が入る。
だが、その隙に、アルタミアの幻の銅の立方体が、ラスブートの背後へと浮かんでいた。
「大した膂力だけど、これで終わり!」
立方体から伸びた針が、的確にラスブートの心臓を、背中側から貫通した。
ラスブートの瞳孔が開き、口から喀血した。
『呪体』により膨張していた膂力が、元の大きさへと戻っていく。
「……あ、ああ、あ……リーヴァイ、様」
ラスブートは蚊の鳴く様な声を絞り出し、がっくりと項垂れる。
アルタミアは、まじまじとラスブートを観察する。
精霊体の塊であるアルタミアには、その気になれば、魔力の動きを感覚として追うことができる。
(生命力と魔力が、急速に弱まっていく……。頑丈だったけど、ラスブートもさすがに人間ね。心臓部を穿たれたら、死ぬしかないみたい……)
が、そう考えていたのも束の間。
減少傾向にあったにラスブートの魔力が回復していくのが、唐突に回復し始めた。
ラスブートの白眼が見開き、歯茎を見せて醜悪な笑みを象る。
引いていた『呪体』の黒が、再び顔を、痣の様に斑に覆いつくしていく。
「えっ……? う、嘘! 今、確かに……!」
アルタミアは、ラスブートの心臓部へと目をやる。
未だに針に貫かれたままではあったが、そのままに皮膚が再生し、失血がほとんど止まりかけていた。
体内に、異様な魔力の動き。
恐らく、針を避けた位置に心臓を移動させ、強引に機能を再生させている。
「残念ながら、死んだ振りでございます!」
アルタミアは、宙を舞ってラスブートから間合いを取る。
ラスブートが乱暴に振り回した呪猿杖が、アルタミアの鼻先を掠めた。
(こ、こんなの、さすがにあり得ない! 確かに、肉体は心臓を失って、急速に弱まっていた。それが、急に……! 外部から、誰かが、死に行くラスブートに干渉したとしか思えない!)
アルタミアは、ラスブートを睨みながら考える。
アルタミアを以てしても、ラスブートは容易には理解できない、歪な存在だった。
(一回押し潰した感触があったときに気付くべきだったわ! あの男、ほとんど人形みたいな作りになってる! 誰かが魔力を送って回復させて補佐を行ってるか……そもそも、あの身体を操っているのかも……)
アルタミアは錬金術師としての知識を総動員させ、ラスブートの正体を探る。
感知を巡らせ、ラスブート周辺の不審な魔力の動きを探る。
そして、気が付く。
ラスブートが死の淵から帰って来て以来、ラスブートの握ってる奇怪な杖を起点に、妙な魔力発信があることに。
「アンタ、まさか……自分の魂の一部を、杖に封じたの!? よく人様を無神論者扱いできたわね。私から言わせてみれば、アンタの方がよっぽど怖いもの知らずよ!」
「ほう、気が付きましたか。さすがは橙の魔女。だが、わかったところで、何もできはしない! この杖は私以上に頑丈! 破壊できるものならば、やってみるがいいでしょう!」
アルタミアは、ラスブートの杖を観察する。
確かに、尋常ではない濃さの魔力を感じる。
しかし、あれを破壊しなければ、杖に眠るラスブートの魂が、肉体を無限に再生してしまう。
(コロッサスのない今の私が、アレを破壊し得るのは……あの魔術を使うしかないわね)
アルタミアは、かつて長い年月を掛けて作った、塔の最後の番人、幻の銅の大巨人のことを思い浮かべる。
あの一撃ならば、もしかすれば、ラスブートの杖にも通ったかもしれない。
しかし、現実にはアベルに粉砕され、予算と手間の関係で復活の見通しはついていない。
(……不要だと思ってたけれど、興味本位で聞き出しておいてよかったわ。問題は、本当に扱い切れるかってところだけれど……どうにか簡易化して、コンパクトにするしかない。この土壇場でそんなことやりたくはなかったけれど、他に手がないのなら、仕方ないわね)
アルタミアはラスブートを睨み、覚悟を決める。
(規模を押さえたアベル球を、あの悪趣味な杖に叩き込む!)