二十二話 不死の怪僧ラスブート③(side:ラスブート)
アルタミアの操る幻の銅製の三角錐と立方体は同時に高度を上げ、回転しながらラスブート目掛けて突進していく。
ラスブートは、部屋の奥へと跳んで退避し、入口の方へ向き直る。
彼の動きに遅れ、一歩手前に三角錐が落ちる。床を容易く削り飛ばし、大穴を開けた。
その威力に驚き、ラスブートの動きに寸瞬の隙が生じた。
「逃がさない!」
回転する立方体から伸びた碧の針がラスブートを強襲し、彼の腹部を容赦なく抉る。
ローブが破け、真紅の線が引かれる。
「むぐっ!」
そのままラスブートの巨体が回転の勢いに弾かれ、大きく後退する。
ラスブートは壁に手を当てて止まる。
「……ぐぬぅ、重い上に、速い! さすがは魔女アルタミアの特製武器というわけですか……!」
立方体は続けてラスブートを追撃し、彼を壁と自身の質量で挟み込んで押し潰そうとする。
「私は優しくないって言ったわよね! どれだけタフでも、身体が全部削れれば死ぬんでしょ!」
アルタミアが叫ぶと、立方体の回転速度が増す。
ラスブートと接触し、そのまま壁へと押し込む。
「ぐぶぉっ!」
轟音が響き、削れた壁の粉が舞った。
「あ、ありがとうございます、アルタミアさ……」
「今は流離いの錬金術師アルタだから」
アルタミアが、メアの礼の言葉を遮る。
他に人がいないときでも徹底しておかなければ、うっかり屋のメアのこと、あっさりと人前で露呈させかねなかった。
「あ、はい……ごめんなさい。えっと、アルタさん、その、殺したんですか……?」
「……仕損じたわ、思ったより厄介ね。潰した感触があったはずなのに、形が残ってるのよ。どういう仕掛けなのかはわからないけれど……私を相手に、まだまだ手札を隠してるわ、こいつ。はっきり言って、かなりの遣り手よ。よくもまぁ、リーヴァラス国程度に、こんな男がいたものね」
「えっ……?」
立方体の回転速度が、唐突に遅くなり始めていく。
幻の銅塊の奥からは、頑強な金属同士が削り合う様な音が響いていた。
やがて、立方体の回転が完全に静止する。
立方体が唐突に勢いよく弾かれ、扉の前に立つアルタミアへと向かう。
アルタミアは宙に浮き、回転してから自身へ跳ね返された立方体の上へと器用に着地する。
壊れた壁の前には、ラスブートが腕を突き出した姿勢のまま立っていた。
その両腕は真っ黒に変色しており、金色に輝く魔術式が浮かんでいた。
「『呪体』を開放させられてしまいましたか。アベルとやらにぶつかるまでは、とっておくつもりだったのですがな……。まぁ、狙いのものも、目の届く範囲にあるわけですし……このラスブート、本気で相手をしてあげますよ」
「な、なんですか、あの不気味なのは……?」
メアはアルタミアへと問う。
「……アンタも、見たことあるんでしょう? マハラウン王国の一部に伝えられる秘技、『剛魔』を。アベルから聞いたわよ。アレは『剛魔』同様、魔力による、肉体強化みたいね。ただ、『剛魔』が純粋な魔力による強化だったのに比べて、魔術式を媒介に精霊に効果を補佐させてる。効果は大きい上に、『剛魔』ほどの修練も必要ないのでしょうけれど……その分、身体への負担は大きいように見えるわ。『呪体』とは、随分と素直に体を表した名ね」
アルタミアは推測を交えつつ、ラスブートの黒い腕について解説する。
魔力による身体能力の向上は、身に着ければ人の身で竜にも等しい力を得ることができる
しかし、その制御の難しさ故に、一部の者達の間での秘伝となり、地方によってやや異なった形で伝えられている。
マハラウン王国では『剛魔』、リーヴァラス国の特異宗派の内では『呪体』。
マーレン族内でもオーテムを媒介に身体能力を引き上げる『木偶棒』として伝えられており、かつて楽して筋力を得ようと画策したアベルが手を染め、全身筋肉痛となって一週間以上寝込んだ過去を持つ。
「ご名答……この『呪体』、膂力を引き上げ、身体を魔力の練り込まれた金属の如く強化する……が、多くのお方は、この力を扱うには、反動で命が持たない……。しかし! 他の儀式を重ねて受け、膨大な生命力を手にしたこの私ならば、このように自在に操ることも可能! さぁて、魔女狩りを始めましょうか!」
アルタミアが、メアへと目を向ける。
「逃げなさい、メア。どこかのタイミングで私が隙を作ってあげる。悪いけど、ここから先は庇いながら戦える自信はないわ」
「メ、メアなら大丈夫です! アルタさんも早く逃げてください!」
「何言ってるよアンタ! ここでアンタが残っても、仕方がないでしょう! 私がやるわ! アンタ見捨てて逃げたって知られたら、アベルに殺されるわよ!」
アルタミアはメアを睨んでから言い、宙へと舞う。
「さぁ、来なさい醜男! 」
三角錐と立方体が、不規則な動きでラスブートへ接近する。
ラスブートの身体から黒い光が漏れ出て、腕から肩へ、顔の一部へと皮膚が黒く染まっていき、金色の魔術式が浮かび上がる。
無表情な怪面がニカリと笑う。
巨体が宙を舞う。
ラスブートの足から金色の光が漏れ、アルタミアの立方体を蹴り、その反動で続いて三角錐へと向かい、同様に蹴り飛ばして地面に着地する。
蹴り飛ばされた立体が、床にめり込んだ。
「なっ……そんな、力負けした!?」
ラスブートは驚愕するアルタミアを他所に顔を上げ、メアへと駆ける。
「人質を取るつもりね!」
「当然でしょう! そうしない理由がない!」
「このっ……হন!」
アルタミアが素早く転移し、ラスブートの目前へと躍り出る。
同時に、精霊体特有の力を用いて、無詠唱にて炎の壁を展開した。
「その程度……この私には無駄だと、なぜわからないのですかなぁ!」
ラスブートが炎の壁を突っ切り、手にした呪猿杖を掬い上げる様に放つ。
先端の子猿の頭蓋が、アルタミアの腹部を押し込んで宙へと跳ね上げた。
「げほっ!」
「これで終わったと? পানিদংশন!」
アルタミアを持ち上げる呪猿杖の先端に魔法陣の光が生じる。
彼女の背を貫き、五つの水の刃が天井へと跳ぶ。