十九話 進撃のペンラート⑩
「か、神……! 既に真理の神が、この世に降臨なされていたとは‥…!」
ペンラートはしゃがみ込んだままおいおいと泣き、真っ赤になった目で心酔しきった目で俺を見上げる。
俺はペンラートを睨んでたが、目が合っているのもなんだか気まずく、状況の説明を求めるようにユーリスへと目を向ける。
ユーリスはさして動揺する様子もなく、真顔で小さく頷く。
「恐らくマリアス同様、気が触れたのでしょう。ファージ領ではよくあることです」
「はぁ……?」
四大神官の一人であり、ナルガルン騒動の被害者を装ってラルクに取り入っていたマリアスは、俺との戦いの後に急に幼児退行を引き起こし、ラルクを『パパー!』と呼んで歩み寄り、ユーリスに剣の柄でぶん殴られる一幕があったのだが、あのときと何か関係があるのだろうか。
どこか含みのある言い方だが、俺にはそこにどういった意図が含まれていたのかよくわからなかった。
「この愚拙、アベル氏に……いや、アベル様に心より心服致しました! まさかこれほどまでに、魔術の道を極められたお方がいたとは! 先程は愚拙の愚かさ、了見の狭さ故に、アベル様へととんだご無礼を……! 貴方様こそ、世の真理にもっとも近きお方……! 愚拙はこの後、死罪になることでしょうが……最期に、最期にアベル様とお会いできて光栄でございました……!」
な、なんだこの人。
何で敵地に乗り込んで盛大に大敗した直後に、ここまで一人で盛り上がられるんだ。
「アベル殿、この老人を確保して村へ戻りましょうか」
……なんでこの人はこうも冷静なんだ。
何はともあれ、ペンラートは土の魔術で即席の縄でも作って縛り、オーテムに乗せて運ぶとするか。
オーテムは人を乗せての素早い移動には乗り心地的な意味で難があるのだが、所詮は捕虜である。
悪いが慈悲はない。
「ええ、とっとと戻りましょうか」
「アベル様……! どうか、どうかこの愚拙に、アジ・ダハーカを解体したあの木偶人形を、見せてくだされ! お願い致します! どうか……!」
俺は思わず身体を止めた。
「アベル殿……?」
ユーリスが訝しむ様に俺を見る。
「ユーリスさん。帰りはそう急ぐ意味もないでしょう、ゆっくりと行きましょう」
それからは俺は歩きで、ユーリスは馬でゆっくりと、そしてペンラートは大きめのオーテムに縛り付けた状態での移動となった。
「魔術師リデオンは、魔力波の七色散乱における波長変化の規則性を調べるための魔術実験を行ったことは知っていますよね?」
「勿論でありますアベル様! リデオン魔力散乱式を知らないものは、魔術師を名乗れても、錬金術師を名乗る資格はありますまい! リーヴァラス国にはその様な恥知らずが珍しくありませんでしたが、いやはや嘆かわしい話でございましょう! とと、話の腰を折ってしまいましたな、申し訳ございませぬ! 続きをお聞かせ願いたい!」
俺は頷く。
俺はペンラートに対し、内心では継ぎ接ぎ魔法陣しか作れないと内馬鹿にしてたが、話せばなんでもすぐに理解するし、最低限度はモノを知っている。
イカロス以上、アルタミア未満といったところか。
「ええ、ここからが本題です。俺はリデオンの七色散乱の観測実験において、それを参考に、新たな実験を行いました。精霊干渉がゼロに近似できる理想的な空間を用意し、速度の異なる魔力波を規定の間隔で撃ち出し、疑似七色散乱を起こし、フェロン魔石へと入射させました。当然、陽魔と陰魔の波に分かれるわけですが、ここでドラゴネス結晶石を用いて角度を変え、二つを重ね、その動きを観測しました」
「な、なんと!? そうか……そういうアプローチが……いや、しかし、リデオンの実験からそこまで発展させるとは……! これでは最早、リデオンの歴史的功績がただの簡易実験ではあるまいか! そ、それは、! それは、どうなったのでございますか!?」
ペンラートが興奮に顔を赤く添えて叫ぶ。
「……あの、アベル殿、その……そういったことは、私がいないところでやっていただけませんか?」
ユーリスは不機嫌な面持ちであった。
「あ……すいません、話に入りたかったのですか?」
「絶対に遠慮しておきます」
短く、淡々と返された。
「女ァ! 貴様、このお方を誰だと心得る!? このアベル様が、どれほど素晴らしいお方なのか、まったく理解しておらぬ! だからアベル様に対して、その様な舐め腐った態度を取ることができるのだ! このお方は神にも等しきお方なのだぞ! 貴様に少しでも魔術師としての見識があったのならば、このお方へと、そのような粗雑な態度を取ろうとは思わんかっただろうに! 無知とは何たる愚かか!」
ペンラートが拘束された身体をガタガタと揺らし、ユーリスへと食って掛かる。
「アベル殿の錬金術師団での扱いは、もっと酷いですが」
ユーリスが小さな声で呟く。
俺はそれを敢えて聞かなかったことにした。
「無知なる者は何と不幸か! アベル様と同じ時代に存在できたということ自体が、いくら感謝しても感謝したりないほどの事柄であるというのに!」
「大袈裟だよ、ペンラート。俺は人より少し、魔術に関心があったというだけです」
俺が窘めると、ペンラートが縛られた状態ながらに、やや身体をピンと張った。
「またまた御冗談を! アベル様がただの凡人と言うのならば、この愚拙はフォーグにも劣りましょうぞ! ああ、長生きはしてみるものですなぁ! 愚拙は、愚拙は今、幸せでございます!」
俺は思わず泣きそうになった。
ここまで俺の魔術をストレートに認めてくれた人は、今まで一人としていなかった。
俺もペンラートに会えてよかった。
しかし、ペンラートはこのままだと死罪、よくて無期限投獄……。
「ペンラート、ファージ領錬金術師団に来い。俺が提言すれば、ラルク男爵も無碍にはできない。使ってやる。お前なら、すぐに副団長まで登ることができるだろう」
俺が少し白々しいほどに思慮深げに言うと、ユーリスがずっこけて馬から滑り落ち、身体を地面に打ち付けた。
「ユーリスさん? 大丈夫ですか!?」
「アベル殿! 勝手なことを約束しないでください! これっ、割り食うのラルク様なんですよ!」




