十三話 進撃のペンラート④
「さて、戻りましょうか。これで危機は去ったみたいですし……ナルガルンの残骸は、まぁ後でラルクさんに相談して、必要なら適当に私兵団でも動かして回収してください」
俺は二体のナルガルンの残骸を見ながら、ユーリスへと言った。
一体目のナルガルンは首を全て叩き落して魔法陣の発動を潰しただけなので、首も胴体も、価値を落とす様な外傷はほとんどない。
二体目は面倒だったのでアベル球でぶっ飛ばしたため、黒焦げの上に全体的な損傷が見られるので利用用途はかなり限定されるが、まぁ、ナルガルン自体、ファージ領の在庫竜と化しているので、さしたる問題ではあるまい。
ユーリスは俺が声を掛けた後も、しばらく呆然と二体のナルガルンの残骸を見つめていた。
「ナルガルンが、可哀想……」
ユーリスが微妙に非難がましくぼそっと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
あの、これ逃してたら、ファージ領の村を踏みつぶしに来てますからね?
わかってますよね、そのこと?
しかし、何故俺が何度もファージ領の危機を救っているのに、イマイチ感謝されないのか、その理由がようやくちょっとわかってきた気がする。
要するに、今のユーリスと同じだ。
「あっさり解決し過ぎるから、人望がないんだな……」
命懸けでやるのと、片手間にやるのでは、外から見たときの印象が違う。
例えば今ならば、俺がアベル球で一方的に吹っ飛ばしたからナルガルンが可哀想に見えるのであって、仮に俺が剣と勇気を武器にナルガルンを挑み、激闘の果てに傷だらけの半死半生でナルガルンを討伐していれば、ユーリスもこんな、同級生が捕まえたセミの頭部を間違えて外してしまったみたいな反応をすることはないだろう。
「アベル殿が錬金術師団で人望がないのは、普段の行いでは……? 錬金術師団の方々も、アベル殿が就任初日に特に意味もなく徹夜を強いるまでは、皆さんアベル殿のことを心から崇拝していたのですよ?」
失敬な、意味がなかったわけではない。
一刻も早く、最低限の魔力調整は身に着けておいてほしいと思っただけだ。
俺には必要なことだった。あれだけで離反者が出るということは、元から崇拝なんて嘘だったということだろう。
「さて、領地に帰るとしましょう」
しかし馬というのは、どうにも腰に来る。
特に何をしたわけでもなかったが、変な筋肉痛が残りそうだ。
俺の専属整体師メア先生に、またちょっとマッサージでもお願いしよう。
そのとき、リーヴァラス国との国境沿いの山の方から大きな音がした。
何事かと思い目を向けると、緑の体表を持つ、太った醜悪な巨人、トロルが、群れを成して山からこちらへと向かって来ている。
同時に、山を越え、大きな翼を持つひょろっとした飛竜、ワイバーンが十数体が空を舞った。
「な、なんですか!? 夥しい魔獣の量は……!?」
ユーリスが声を張り上げる。
魔獣達の大群はそれだけに留まらなかった。
全長二十メートルはありそうな巨体が、翼を広げて山の上へと飛び上がる。
地を這うナルガルンとは違い、翼竜だ。
おまけにその外見は、奇怪極まるものだった。
派手なショッキングピンクから純白と、色彩豊かな体表が継ぎ接ぎされており、愉快というよりは不気味なドラゴンであった。
「合成魔獣か……」
あからさまに自然発生した魔獣ではない。
トロルとワイバーンの群れといい、キメラといい、間違いなくリーヴァラス国の手先だろう。
「シャァァァァアアアアアッ!」
ドラゴンが咆哮を上げる。
「ま、まさか! リーヴァラス国が、大型の翼竜を保有しているなど……!」
ユーリスが頭上の巨体を見上げ、目を見張る。
ドラゴンの頭の先に、老人の姿が見えた。
ネログリフと同じ神官服に身を包んでいるところを見るに、どうやら水神四大神官の一人であるようだった。
「アベル殿、退きましょう! ドラゴンの中でも……翼竜は、危険過ぎます!」
「そうなのか?」
「当たり前ではありませんか! 私は、大型翼竜など、実物を見たのはこれが初めてですが……古くより大型翼竜は『魔獣の王』、『飛翔する要塞』と恐れられていたと言います。翼竜の恐ろしさは、ドラゴンの膂力と魔力を持ちながら、圧倒的機動力を備えていることです!」
ユーリスが、俺を説得する様に熱弁する。
だが悪いが、俺にはあまりピンとこない。
「ああ、もう! 例えるなら、空中を高速移動するナルガルンですよ!? だから、翼竜の恐ろしさは……!」
ユーリスはドラゴンから目線を俺へと下ろす。
ユーリスの顔には、焦燥からかやや苛立ちの色があった。
そして地上へと目を向けたユーリスの視線の延長線上には、二体のナルガルンの残骸があった。
ユーリスは表情を戻し、こほんと咳払いを一つ挟む。
「翼竜の恐ろしさは、えっと、宙を早く飛べることですかね……?」
先程まで翼を持つドラゴンの危険性をさももっともらしく熱く語っていたユーリスだったが、何故か最終的な結論は疑問形だった。
「そうですか」
こちらとら、翼竜がどれほど速い速度で動いていたとしても、俺には火球の魔術で、ドラゴンの頭に乗る老人だけ綺麗に撃ち落とすくらいの自信はある。
それにこちらにはリーヴァイの槍という絶対ホーミング投擲武器があるので、ぶっちゃけ何の心配もいらない。
なんならせっかく召喚紋をもらったのだし、大神クゥドルを召喚して代わりに仕留めてもらってもいい。
なんら焦る必要はない。
「……あの、ひょっとしてアベル殿、全然余裕あります?」
「えっと、まぁ、ぶっちゃけどうとでも……あれ、生かして捕えた方がいいですか?」
「あっ、じゃあそっちでお願いします……」
何を血迷ったのか継ぎ接ぎのドラゴンの操縦者は、飛行能力というアドバンテージを捨てて低空飛行し、更に俺とユーリスの近隣まで飛来していた。
俺は一応、いつでもドラゴンを吹っ飛ばせるよう、杖だけはしっかり握っておく。
キメラドラゴンが、俺達の上を保持しながら滞空する。
「さすがにこの数と、翼竜相手には、戦意も失せたとみえるの。お初にお目に掛かる、ディンラート王国マーレン族のアベル殿よ。愚拙の名はペンラート。リーヴァイ様に絶対の忠誠を誓う四大神官の一角であり、貴殿の捕らえた、マリアス女史とネログリフ氏は、この愚拙の同胞である……」
小柄な老人の、陰湿な相貌が俺を見下ろした
目が合っただけで、ビリリと背の痺れる感覚。
俺は気圧され、身を引きながら唾を呑み込む。
こいつ、ただの老人じゃない。
慇懃な言葉では隠しきれない、夥しい執念と悪意、狂気を感じる。
リーヴァイ四大神官というだけで正直舐め腐っていたが、こいつは、マリアスやネログリフとは、格が違う。