八話
「四大創造神の一柱、水の神リーヴァイの討伐と、教皇サーテリアの誘拐ですか……」
さすがに、俺の顔も引き攣っていたと思う。
そんなことをすれば、ディンラート王国とリーヴァラス国の間で戦争が勃発する。
ペテロが無条件で俺の出した申請書に全部マルを付けた理由もわかった。
この大問題を俺に投げるための交渉材料としたのだろう。
ペテロの意図は分からないが、さすがにあまり受けたい依頼ではない。
甘ったれかもしれないが、俺は国の行く末や、人の生き死にに干渉したくはない。
リーヴァイ討伐は間違いなくその導火線となる。
いや、ぶっちゃけリーヴァイの討伐自体はどうとでもなるだろうが。
「ペテロさんは俺に、戦争の引き金になれと言うのですか」
「……むしろ、戦争を起こさないための処置なのよ。リーヴァラス国は元々、枝分かれした幾つもの宗派が争う、無法地帯となっていたわ。それを纏めたのが水の神リーヴァイと、その四大神官なのだけれど……ただそれは、正統な神の復活に民が自然と迎合したわけではなく、むしろ正統な神という看板を盾に進めた、ただの武力支配よ。どうやら水の神様は、民よりも、自分の玉座をとっとと安定させる方がずっと大事らしいわね」
……リングスは、正統な神を前に枝分かれした宗派が自然と纏まり、国としての機能を取り戻した、などと宣っていたが、ペテロの言い分が本当ならば、脚色にも程がある。
知れば知る程に胡散臭い国だった。
トップの四大神官の二人が、畜生のマリアスと狸爺ネログリフだったので、真っ当な集団ではないとは思っていたが。
二人とも、自身が裏切って苦しめている相手と、笑顔で握手できるような人間だった。
「サーテリアの率いる新リーヴァイ派は、対外的にはまるで無血で国内の宗派を統合した様に振る舞っているけれど……その実態は、酷いものよ。内部で未だに争いが絶えないというわ。ここで、二大頭のリーヴァイとサーテリアが消えれば、リーヴァラス国は、今みたいに国境越しにディンラート王国へ嫌がらせを続けている余裕はなくなるわ。新たな指導者の椅子を巡って、内乱国家に逆戻りよ」
それはそれで、後味の悪い話ではある。
ただ、リーヴァラス国の将来をどうにかする力や意志は、俺にはない。
「……逆に、これ以上放置していれば、リーヴァラス王国の方から干渉が来るかもしれない、ということですね。そして、そのときまず犠牲になるのが、国境近辺であるここファージ領になる、と」
数百年に渡って続いてきた内乱に終止符を打ち、リーヴァラス国を救済する、なんて大逸れたことは俺にはできない。
せいぜいできるのは、槍を失った槍神さんをこの世界から引退させるくらいだ。
それもまた、リーヴァラス国に新たな争いを齎すことにしかならない。
「しかし、内乱で余裕がないリーヴァラス国が、なぜわざわざディンラート王国へ攻撃を?」
「リーヴァイが狙っているのは、恐らく王国というよりも、王国の守護者であるクゥドルよ。過去に敗れた恨みなのか、自身が生き延びて権威を振るうためなのかは知らないけれど。クゥドルの封印が解けることを、予期していた男がいるのよ。恐らくリーヴァイは、あの男に、クゥドルの魔力を削るための駒として扱われているわ」
「……リーヴァイの陰で、糸を引いている奴がいるんですか?」
リーヴァイは、仮にも四大創造神の一角だ。
そんなリーヴァイを制御し、クゥドルと戦うための駒として扱えるような奴が、いるのか?
おまけにそれは、絶対支配者であるリーヴァイを通して、間接的にリーヴァラス国自体を操っていることにも繋がる。
「それはもう、リーヴァラス国の陰の支配者とも言えるのでは……?」
ペテロが首を振る。
「あいつは、そんな生易しい男じゃないわ。かつて、四大創造神が長きに渡って治めたとされる四大国を……すべて掌握して、ディンラート王国へ矛先を向けているわ。下手したら、このディンラート王国自体、あいつの手中に落ちていてもおかしくはない。世界の陰の支配者という方が、正確でしょうね。ワタシがクゥドルの封印を解きたかったのも、あの男を消し去るためよ」
四大国が、ディンラート王国を狙っている。
かつて、ハイエルフの司祭、デブなんとかも、天空の国がディンラート王国を狙っているのだと言っていた。
あのことも、ペテロの言う人物の仕組んだことなのだろうか。
排他的でプライドの高いハイエルフを自在に操るなど、はっきりとただものではない。
「それはいったい……?」
「ジュレム伯爵よ。有名人だから、アナタも名前くらいは聞いたことがあるでしょう」
「ジュ、ジュレム伯爵!?」
とんでもなく大きな規模の話が続いた挙句、お伽噺の人物まで現れた。
数々の歴史的な出来事の場に居合わせていたという、オカルト話の登場人物、ジュレム伯爵の名前が出て来るとは思わなかった。
「ジュレム伯爵の狙いは、魔力の回復量の遅い高位精霊の弱点を突いて、四大国を利用して、国の守護者であるクゥドルへと消耗戦を仕掛け続けることよ」
不老の怪人ジュレム伯爵の執念は凄まじい。
クゥドルを仕留めるためだけに世界中を牛耳り、クゥドルの守護者である立場を利用して攻撃を仕掛け続けるなど、あまりに気が遠すぎる。
だが、有効な手だ。
超高位精霊であり、かつ人工精霊でもあるクゥドルは、魔力の回復量が極端に遅い。
それにクゥドルは、本人が自称しているほど残忍ではない。
利用されているだけの国へと襲撃を仕掛け、必要最低限以上の死人を出すことを、きっとクゥドルは許容できない。
だからこそクゥドルは最初、脅しを掛けて冷酷に振る舞っていたのだろう。
神話におどろおどろしい内容が多いのも、恐らく同じ理由だ。
「クゥドル神は、できれば動かしたくわないわ。そもそもリーヴァイら自体が、ジュレム伯爵がクゥドル神を疲弊させるために用意した罠なのよ。仮にクゥドル神を使うにしても、リーヴァイを仕留めきれない状況では絶対に使わないでちょうだい。キリがなくなるわ。ジュレム伯爵の思う壺よ」
「…………」
俺は無言でペテロの話を聞く。
「どう、アベルちゃん? ディンラート王国のために……話を呑んではもらえないかしら?」
「……もう少しだけ、考える時間をください」
俺はペテロへ頭を下げる。
他に道がないとしても、俺は戦争の道具となることを、簡単には受け入れられなかった。
もう少しだけ、自分を納得させる時間がほしい。
「いいわ、いくらでも待つわよ。本当に大事なことだから、アベルちゃんの答えが出るまでは、この領地で待っておいてあげる」