六話
俺はラルク邸の一室にて、ラルクと錬金術師団を今後の方針会議という名目で団長権限を用いて呼び出し、禁忌魔術により精霊となり永きを生きながらえる、世の倫理に反した邪悪な魔女アルタミアの野望を打ち砕くべく糾弾会を行っていた。
「つまりです……上記の武具の価格変動は、ファージ領を中心に『ナルガルンの鱗鎧よりも頑丈か』、『ナルガルンの鱗鎧より差別化を測れる点があるか』で、武具の価値が大きく変動している、ナルガルンショックが引き起こされている結果によるものであることは、明白です」
俺は壁に貼り付けた紙を、杖で叩く。
紙には、メアに描いてもらった図解が大きく書かれてある。
目がバツ印になっているナルガルンから矢印が引かれ、大量の鎧へと繋がっており、その鎧が既存の鎧を駆逐して回っている。
「当然ですね。ナルガルンの鱗が出回って価値を落とせば、それ以下の全ての武具や素材の価値は更に下がります。ぶっちゃけ誰も欲しがりません。俺だってそんなゴミいりません。完全な私見ですが、市場情勢がある程度元に戻るのに、三年は掛かるかと。既に多くの商人が頭を抱え、ラルク男爵様を恨んでいるはずです」
俺が喋る横では、メアがやや手持無沙汰げに立っている。
メアはアルタミアと目が合ったからか、彼女へと小さく手を振った。
奴は敵だぞ、もう少し緊張感を持ってほしい。
アルタミアもメアの様子にやや困惑しながら、かなり控えめにゆらゆらと手を振って返していた。
冷やかしに来た収集家が、錬金術師団達の後ろ、最後尾の方に座っている。
見学という形でこの場に出ているが、恐らく入団するつもりは微塵もないだろう。
暇を持て余しているだけだ。
関係者以外立ち入り禁止にしたかったのだが、何故か収集家は、特に何もしていないのに領内で割かし何をやっても許される存在となっていた。
あ、今欠伸しやがった。
「俺が言いたいのは、ここで幻の銅武具の量産などやれば、それはもう他領地への経済攻撃に等しいということです! 以前は止むを得ない状態でしたが、今はファージ領内は安定しています。なぜ、ナルガルン武具の流通にも制限を掛けているのに、畳み掛ける様に幻の銅武具の製造を開始しようなどという話になったのですか?」
俺は机を杖で叩いて熱弁する。
「あまりに浅慮に過ぎます。他領への影響を考えていない。アルタ殿、貴女は、自分の知識欲、探究欲のままに、この領地を利用して自分の行いたい錬金実験を進め、更には国を混乱に突き落とそうとしている。そういうのは、ここ、錬金術師団の方針には相応しくありません! そうですよね? ラルク男爵様!」
正義のため、決してアルタミアの横暴を許すわけにはいかない。
魔女を止めるのは、彼女を塔の封印から解き放ってしまった俺の義務だ。
アルタミアは危険過ぎた。元より、研究狂いを拗らせて、表舞台から追われた魔女だ。
いつか暴走すると、疑って掛かるべきだった。
「俺は決して! 大掛かりな計画から省かれたからと拗ねて難癖を付けているわけではありません! 此度の計画が、多くの人々の不幸を招くものだと言っているのです!」
言ってやった。
汗を拭い、メアの方をちらりと見ると、メアは一瞬首を傾げた後、手を叩いて拍手を始めた。
違う、そういう場じゃない。
ラルクが複雑そうに腕を組み、メアの描いた図解を眺めている。
錬金術師団の多くが、『何言ってんだコイツ』という目で俺を見ている。
収集家が後ろで寝ていた。何しに来たんだ。
「あの……俺何か、間違ったこと、言いました?」
どうしよう。
なんというか、場の空気が望んだものではない。
静かになると、錬金術師団の団員のぼそぼそ声が聞こえてくる。
「私物化による錬金実験って、よりによって、団長が言うのかぁ……」
「団長さん、多分自分がそうだから、他の人が何やっててもそう見えるんだよ」
「アルタさん殴りかかろうとして、手許が狂って鏡をぶん殴ってしまったんだ」
「あの言い方だと、マジで自覚ない可能性が出て来たぞ。誰かが言ってあげないと……リノアさん! リノアなら角が立たずにきっとどうにか……!」
「……結果は出してるし、領地への貢献もあるから、適当に合わせてあげて。これはラルク様の意思でもある」
「あれ、過去の功績で延々ラルク様苦しめてたイカロスとそんなに違いなくないか?」
「あっ、やば! 団長こっち見てる! 前、前!」
目の奥が熱くなってきた。
俺は杖を投げ捨てて、目元を隠しながら部屋から逃げた。
横に立っていたメアが、呆然と俺の背を眺めていたが、一瞬遅れて後を追い掛けて来た。
「あっ、アベル団長! 大丈夫です、話聞いてましたよ!」
「すいません、冗談です冗談! ほら、杖落としましたよ!」
「誰か、アベル君を確保してくれ!」
「下手に我々が追わない方がいいかもしれません! メアさんに任せましょう!」
ついさっきまで寝ていたはずの収集家が、満面の笑みで俺を眺めていた。
満足したのか、悠々と腰を上げる。もうラルク邸を出て帰るつもりだろう。
俺の後を、錬金術師団の一部と、メアが追って来る。
「気をつけろ、団長が袖に手を入れた! 隠した杖だ!」
俺は呪文で、通路に飾ってあった三体のオーテムを動かす。
三体のオーテムは追跡者達の前へと躍り出て、その足取りを阻む。
俺はその間に走り続けた。
――五分後、倉庫に隠れて保管用オーテムに埋もれて身を隠していた俺の許に現れたのは、魔女アルタミアその人であった。
「……あの、ね? タイミングは確かに悪かったかもしれないけど、アタシ別に、乗っ取ろうとか、そういうことは思ってないから、ね?」
アルタミアが三角座りする俺の肩を叩く。
顔を覗き込まれたので、俺は自身の胸に顔を埋めることで己の尊厳を死守した。
「…………」
俺がなお無言でいると、アルタミアが再び口を開く。
「ほら、前に見せてくれた、魔力波塔の理論、アタシも凄く気に入ってたけど、領主様に資金問題で断られてたでしょ? それをアタシなりに解決しようと思って……あの後にすぐ、領地出て行っちゃったから、たまたまヘンなタイミングになっちゃったけど」
言われてみれば、以前にアルタミアは、俺の魔導携帯電に、思わぬ食いつきを見せて興味を示してくれていた。
資金難を理由にラルクが突っぱねたときも、顎に手を上げて金策を弄していたようだった。
「ア、アルタミアさん……俺……俺……!」
まだ涙の残る目で、俺はアルタミアを見上げる。
「まったく……あの娘が心配してたわよ、ほら。新しいこと始めるにも、アンタなしだと効率が落ちるんだから、省くわけないじゃない。それに、アンタが思ってるほど、アンタは別に避けられてるわけでもないわよ」
アルタミアが、倉庫外を手で示す。
「アベルだんちょーう! 俺、なんだかオーテムが彫りたくなってきたなー!」
団員達が俺を捜す声が聞こえる。
俺は鼻を啜り、袖で涙を拭う。
「もうちょっとだけ……気持ち落ち着けるまで、ここで隠れてていい?」
「……困った団長さんね。好きにしなさい、一緒に隠れといてあげるわ」
なぜ、俺に誰もついて来ないのに、アルタミアに人望があるのか、少しだけわかって気がした。
「……その、難癖付けてすいませんでした」
「指摘自体はもっともよ。アタシも、その辺りは後回しにしてて、まだ詰めてなかったわ。先に市場影響を抑えるための制限の方を整えておきましょう」
なんだこの人、聖人か。
後光が差して見える。
「あの、アルタミアさ……」
俺が再び声を掛けようとしたとき、勢いよく倉庫の扉が開かれた。
「ぜぇ、ぜぇ……あ、アベル殿、ようやく見つけました」
ユーリスであった。
欠片も空気を読まない登場に、俺はやや絶句する。
「その……アベル殿に、またお客様です。どうやら随分と急ぎの御様子でして……すぐに、客室まで来てもらえますか?」
「俺に、客……?」
はて、誰だろうと首を傾げると、外から声が聞こえて来た。
「し、しかしその、アベル君は今、ナイーブな状態でして……その、少し客室の方で待っていただければ、すぐにお連れ致しますので……」
「だから、アベルちゃんはどこにいるのよ! ナイーブとかどうでもいいの! どこにいるのか訊いてるの! こっちは本当に急ぎなの! 隠すような真似はやめてちょうだい!」
ラルクの説得するような声に続き、罵声を上げるオカマ声。
「あ、ペテロさん……」
「……ペテロぉ?」
アルタミアが、怪訝そうに顔を顰める。
ペテロの顔が、ユーリスの開いた倉庫の扉からこちらを覗いた。
「ほら、ここにいるじゃないの! アベルちゃん、とんでもないことに……ん?」
ペテロと、アルタミアの目が合った。
「「な、なんでここにいるの……?」」
二人の声が、綺麗に揃った。