三十七話 大神クゥドル⑪
蒼に輝く巨大な槍が、クゥドルの中央部に埋もれる単眼目掛けて飛来していく。
クゥドルがもがくのを、俺は全力で魔力を込め、ヒディムマギメタルの拘束を強めて押さえつける。
巨大な単眼が、忙しく周囲を見回す。逃れる術を模索しているようだった。
『こんな、こんなはずが……!』
肉塊から伸びる人間の上体も、目に見えて狼狽えていた。
やはり、クゥドルとて、真正面からリーヴァイの槍で貫かれるわけにはいかないのだ。
行ける。これなら、クゥドルを倒せる。
視界が光に包まれ、轟音が響く。
段々と、視界が戻っていく。
古代聖堂の、俺の前方の部分が、ほぼ原形なく吹き飛んでいた。
残った古代聖堂の床の一部や、海の表面に、青白い煙を出して縮んでいくクゥドルの触手や、精霊体の一部らしいものが、幾つも浮かんでいる。
「は、はは……や、やった……」
さすがに疲労が祟り、俺はしゃがみ込んだ。
リーヴァイの槍には、残りの魔力を全ブッパするくらいの気持ちでつぎ込んだ。
パルガス村でリーヴァイの放り投げた槍はアベル球で相殺することができたが、今回の投擲の威力は、その範疇に収まらないだろう。
さすがは神話最強の武器、あの程度ではなかったか。
思わずリーヴァイのせいで、リーヴァイの槍を低く見積もってしまうところだった。
まさか、ここまで魔力を消耗する日が来るとは、思っていなかった。
だが、無事にクゥドルを倒し、終わらせることができてよかった。
これ以上は、本当にもう、どうしようもなかった。
法神クゥドルは、理知的で、悪徳でもなかった。
少なくとも俺は、短いやり取りではあったが、そう思えた。
ただ、俺は絶対に譲れなかったし、向こうも一切退く意思がなかった。
気になることは多いが、こうなってしまった以上は、仕方ない。
俺に出来る範囲で調べ、対策を打ち、クゥドルへの供養とさせてもらおう。
「ほほ、本当に、本当に、あの、世界最強の精霊兵器を……! 法神クゥドルを……そそ、そんなことが、人間に出来るわけ……」
球状結界に引きこもっていたペテロが、呆然としたように崩壊した聖堂を見つめていた。
俺と目が合うと、ペテロははっと気が付いた様に足を折って、身体を伏せた。
「ほ、法神アベル様……!」
「いや、騙されませんよ!?」
あまりに思い切りのいい手のひら返しに騙されそうになったが、そもそも貴方、思いっきりクゥドルを操って利用しようとしてたでしょうと。
「ち、違うの! どうしても、どうしても、法神の力が必要だったの! 今、世界を守るためには、神話の存在だけではない法神を立てて、大きな一つの権威として、世界を一纏めにするしかないの! そのために、精霊兵器クゥドルが、どうしても必要だったの!」
「いや、でも、その法神は今もう、消滅させました。貴方の計画も、どれだけ時間を掛けたものだったのかはしれませんが、もうお終い……」
そこまで行って、先程、ペテロが俺を法神と呼んでいたことが頭を過ぎった。
ま、まさかこの人、俺を法神にでっち上げて、教会重視の世界的な大国を作ろうと目論んでいるのか。
「わ、悪いですけど、貴方の野望に付き合うつもりはありませんよ!」
「でも、本当に、こうするしかないの! ワタシが穏健派の賢教皇だったことは、ディンラート王国人なら知っているでしょう!? こうすることでしか、アレに対抗できる術がないのよ! ちょっと、話を聞いてちょうだい。そうしたらきっと、賛同……」
その時、俺とペテロの乗っている、海の上に浮かぶ古代聖堂の残骸へと、大きな黒い影が落ちた。
ゆっくりと俺は、ペテロと同時に視線を上げる。
『まさか、リーヴァイの槍まで操るとはな。奴の亡き後に失われた紋まで、再現されているのか。さすがに貴様が復活させたわけはないが……』
上空に、クゥドルが浮かんでいた。
下半身の肉塊からは、大量の触手と共に、触手が変異したような、二本の翼が生えている。
「え……え?」
ちょっと意味が分からない。
なんで、回避していたのなら、あそこに散らばっていた青白い精霊体の断片は……。
『触手を切り離し、拘束から離脱させてもらった。まったく、数秒とはいえ、この我が力比べで押さえ込まれたとは。触手の再生に少なくない魔力を要するため、これは使いたくなかったのがな。これならば、とっとと魔法を解禁しておくべきだったか。そちらの方が、消耗が抑えられた』
「ま、魔法の解禁……?」
違和感はあった。
高位精霊のトップであるはずのクゥドルの行動パターンが触手攻撃しかなかったため、何らかの隠し玉を持っているはずだとは考えていたが、そもそもクゥドルは、魔力消耗に制限を掛けて俺と戦っていたのだ。
クゥドルは神話において、四大創造神のそれぞれの属性の得意分野に匹敵する魔法現象を引き起こすことができたという。
てっきり触手しか扱わないのでそれはただの脚色かと思っていたが、単に魔力を扱う攻撃パターンを取らなかっただけだったのだ。
今でさえギリギリなのに、遠距離・中距離攻撃を解禁すれば、最早完全に突破口は潰える。
「あ、あ……あ……」
杖を持つ手が、自然と下がっていた。
あまりに化け物過ぎる。神話最強は伊達ではなかった。
頭を必死に回して考えるが、考えれば考えるほど、勝ち筋が見えない。
俺が呆然としている様を見て、クゥドルは俺とペテロの間に、悠々と降り立った。
俺もどうすればいいかわからず、クゥドルの接近を放置していた。
ヒディム・マギメタルで造った大きな腕は残っているが、これ単体でクゥドルに何かできるとは思えない。
オーテム達は、アベル球に巻き込まれて消し飛んだ通常オーテムと、クゥドルの一撃を受けて幹からへし折れたアシュラ5000の他の三体はまだ俺の周囲を守っている。
だが、近接戦闘用のアシュラ5000が攻撃を受け切れなかったところを見るに、あまり意味はない。
『貴様はよくやった。だが、少し眠っていろ』
クゥドルの人間体の目が俺を見下ろし、ゆっくりと腕を向ける。
指先は、俺の額へと向けられていた。
俺は恐怖で、目線をただクゥドルの指先に注いでいた。
終わった、完全に負けた。
せめて、最後まで抗えばよかった。
死ぬ気で魔術を放ち続ければ、クゥドルの隙を作って、もう一度リーヴァイの槍を投擲する機会もあったかもしれないのに、俺はただ諦めて接近を許していた。
そのとき、強大な重力を受けたかのように、クゥドルの華奢な人間体が揺れ、前傾姿勢になった。
触手も地に垂れ、巨大な単眼も半分ほど瞼が下げられる。
『な、何!? これは……』
俺も呆然としていたが、段々とクゥドルの周囲に光の格子が浮かび、その身体を固く拘束していく。
ペテロが不発させた、法神縛りの魔術だ。だが、前回よりも魔力が濃い。
屈むクゥドル越しに、大量の魔法陣が宙へと展開させられていた。
また、床に浮かべられた魔法陣の上に、ゾロモニアが掻き集めたらしいクゥドルの残骸の山が作られていた。
ペテロとゾロモニアの魔力をベースに、アレで魔力を増幅しているようだった
魔法陣も、前回からやや異なる。
かなり強引に発動させている様で、ペテロの顔色も随分と悪い。
「ペテロさん!?」
「ア、アベルちゃ~ん、こ、これで、貸一つってことでいいかしらぁ?」
ペテロが土色の顔で、ゾロモニアの杖を床に突き立てて自身の身体を支える。
『貴様……! この小悪党めが! 今まで見逃していたのは、貴様如きが干渉できるはずもないと思ってのこと! だが、無理矢理にでも横槍を入れるつもりならば、貴様から消し飛ばしてくれようか!』
クゥドルの単眼の瞼が、痙攣しながらも持ち上がる。
結界の格子の輝きが、やや弱まった。
「魔法陣が、改良された上に、触媒に対応できるように調整されてる……ペテロさん、そこまで魔法陣弄れたんですね」
『妾が知恵を貸してやったのだ。元々、妾が野放しであった頃は、今よりも他の大悪魔も多かったからの。悪魔の封印結界も、ペテロよりもずぅっと知っておる。妾の知識がヨハナンに勝っていたとは思えぬが、部分的にであれば超えられるところもあるからの。直接あれだけ見れば、多少の改良くらいならば簡単にできる』
ペテロの背後に浮かぶ、ゾロモニアが答える。
そして片目を瞑り、大きな猫目をクゥドルへと向けた。
『さて、妾『如きの悪魔』であれば見逃してもいいと言っておったが、今、どんな気持ちかの?』
『貴様ら……よくも、この我を、ここまでコケに……』
人間体の目が、ペテロを睨む。
閉じられていた単眼も大きく開かれる。
血走っており、その瞳から強い憤怒を感じる。
人間体が、身体を痙攣させながらも、上体を持ち上げる。
ペテロはゾロモニアの杖を抱きしめながら、大慌てで俺の方へと向かって来る。
「ア、アベルちゃん、早く、早くやってちょうだい! 何秒持つのかわからないけど、今なら当たるわ! 次でダメだったら、ワタシが消し飛ばされるから頼んだわよ!」
ちょ、ちょっとカッコイイと思ったのに、あのオカマ走りと発言で、また俺の中で色々と下がってしまった。




