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最強呪族転生~チート魔術師のスローライフ~  作者: 猫子
第七章 クゥドル神復活
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二十三話 第二の試練⑤

 ダーラスが腰を落とし、大きく腕を引く。

 ダーラスの身体中に、細かく魔力が走るのがわかる。

 ダーラスの肉体が僅かに膨らむ。

 筋肉の繊維が、肉皮を張って浮かび上がる。

 身体の大きさはさほど変わっていないが、硬度は跳ね上がっているようだ。


「魔力で、筋力を底上げしているのか……」


 俺はダーラスを眺めながら、そう零した。

 恐らくダーラスは、魔力を用いて筋力を強化する魔術を行っているのであろう。


「ご明察の通り。ダーラスの出身であるマハラウン王国で伝わっていた秘伝武術、『剛魔』です。精霊を介さない、単純な魔力による肉体の強化が『剛魔』の本質ですが……あまりに繊細な魔力制御を要することと、失敗時の肉体の変形、壊死などデメリットにより、広く知られるには至っていない技術です。もっともダーラスは、それだけではありませんが。あまり人目に晒す技術ではないのですが、手早く諦めてもらうには、ダーラスのこれが一番でしょう」


 魔力による、肉体の強化、か。

 ウチの族長も似たようなことをやっていたので、すぐにピンと来た。

 俺が警戒心を高めていると、メアが不安げに俺の顔を見る。


「……そのう、なんだか深刻そうな顔してますけど、そんなに凄いんですか? 魔力による肉体の強化って」


 メアに対し、俺は頷く。


「俺も似た技術は知っているが、結局制御しきれず、一週間以上、四肢が腐り落ちるほどの激痛を味わったことがある」


 魔力による肉体強化は容易なことではない。

 生命体の緻密なバランスを強引に塗り替えて制御するのだから、当然である。

 少しでも誤りがあれば、身体の各所で異常を来たす。

 正常に戻そうとしても、その時にまた別のところで異常が発生する。その繰り返しの地獄となる。


「ア、アベルが、制御できなかったんですか!?」


「ああ、結局後でどれだけ考えても、どこを間違っていたのかわからなかった」


 あの時のことはあまり思い出したくないが、残念ながら鮮明に覚えている。

 俺が十四歳のときだった。

 俺に肉体強化教えてくれた族長も、真っ青な顔していた。

 普段族長を慕っているフィロが族長に掴み掛かって泣き喚いていたのが印象的だった。


「そんな、アベルが……!」


 メアが驚愕した様に言った後、ちらりと俺の腕と、ダーラスの腕を見比べた。

 それから何かに気が付いたように口許を歪ませる。


「どうしたんだ、メア?」


「な、なんでもないです! メアっ、何も別に言ってませんから!」


 メアが首を振る。

 俺が首を傾げていると、ミュンヒが目を細めて俺の腕を見ていた。


「それは、土台がなかったと言いますか、筋肉痛……」


 ペテロがミュンヒの肩に手を置くと、ミュンヒがびくりと肩を震わせて黙った。

 ペテロが仮面に空いた目の穴の奥から、ミュンヒを睨む。


「ミュンヒちゃん、余計なことは言わなくていいの。こんなことで不興を買ったらつまらないでしょう?」


「も、申し訳ございませんペテロ様!」


「ワタシに謝るの? 違うでしょ? わかってるでしょう、今、コイントスしながら綱渡りしてるようなものなのよ?」


「は、はい……」


 ペテロとミュンヒが、また二人して何かを言い合っていた。

 いつもこそこそと何かを言い合っているので気になるのだが、今はペテロ達に気を取られている場合ではない。

 ルーペルの口振りからして直接危害を加えるつもりはないだろうが、警戒しておくことに越したことはない。


 俺はペテロ達から目線を外し、ダーラスを注視する。

 ダーラスは、俺達の入ってきた扉側の壁、俺から人三人分ほど離れたところへと、魔力の滾る掌底を放った。


「『天滅王掌』!」


 次の瞬間、俺の横の壁が、何かが叩きつけられたかのように大きく窪む。

 部屋全体が大きく揺れ、俺は地面に手を付け、どうにかその場で転倒するのを防ぐ。


 全長二メートルはあるであろう窪みは、巨大な掌の形を象っていた。

 五本の指までくっきりと表れている。


 俺の額から、冷や汗が垂れた。

 ダーラスは、詠唱も魔法陣の展開も行っていなかった。

 魔道具の行使もない。

 なのに、魔力に質量を持たせることは、魔術学的に考えて、ダーラスが悪魔でもない限りは不可能である。


「これで私達は、ディンイーターを退けることに成功しました。信じられないでしょうが、これは魔術ではなく、あくまでも武術の範疇です。魔力と気の混在した弾丸、とでも評しましょうか。『剛魔』の最大の絶技にして、誰も体得しえなかった伝説の技です。先祖が箔を付けるために作った架空の技だとまでされていたそうですが……ダーラスは、『刻の天秤(バランサー)』の一員となったのちに、この絶技の体得に成功したのですよ」


 ぶ、武術の範疇……?

 今の技が?

 あんなもの、聞いたこともない。

 目にした今でも信じられない。

 事前に魔術を発動していた……にしては、怪しい魔力の流れはなかった。

 魔法具を介したトリックか、ダーラスが悪魔か人工精霊だったと聞いた方が、まだ納得がいく。


「ま、まさか、ここまでだったなんて。ワタシを相手にしたとき、どれだけ手を抜いていたというの……! あんな技、使わなかったじゃない!」


 ペテロが下唇を噛みながら、甲高い声で言う。


「どうします? 私は、ダーラスほどの派手さや威力はありません。ですが、対人戦においては、彼より遥かに強いですよ。ダーラスが三人いても、私が勝ちます。それでも戦うというのならば、お互いに損を承知で、どちらかのサイドが滅びるまで徹底的にやりましょう」


 俺も必死に、ダーラスと壁の穴を見比べていた。

 いくらなんでも理屈が破綻している。あり得るのか?

 ただの魔力が、気などという曖昧なものと混じっただけで、あれだけの威力を持つなど。


 そもそも気とは、具体的になんなのか。

 筋肉繊維の摩擦や、体内物質の運動により生じた熱量が、魔力で指向性を持たされているのか?

 それともこの世界においては、魔術における魔力の様に、前世知識では推し量れない、武術における近しい別の何かがあだったのだろうか?

 武術についてはさっぱりであるし、興味もなかったので研究したことなどなかった。


 口許を押さえて考え込む俺を、ペテロが不安そうに見つめる。

 先ほどから一転して随分と弱気である。


 ペテロが口元に手を当てて、小声で俺に言う。


「あの、アベルちゃん……あのルーペル、どうにかできそうかしら? 鉄仮面は、ワタシとミュンヒちゃんで時間を稼いでみるから、その間にルーペルを片付けて、加勢してくれたら嬉しいんだけど……やっぱり、無理そうかしら?」


「えっ?」


 全く別の事を考えていたので、不意にペテロから話しかけられて戸惑った。

 俺は改めて、壁に空いた手型の窪みを見る。

 ここの壁がどれだけ堅いのかは知らないが……別にこれくらいなら、十分対処できそうだが。

 向こうの二人組がなぜか自信満々なので、何とも言えないが。


「どうでしょう……向こうも、底見せてないみたいですし。それにタイムリミットがあるなら、無暗に戦わない方が得策なのでは?」


 タイムリミットの正体が、ヨハナン神官の言葉を聞きそびれた俺達にはわからないが、あの脅えようからして、かなり具体的なペナルティーが考えられる。

 徹底して回避するべきだろう。

 できればルーペルから第二の試練のルールを具体的に聞き出しておきたいところだが、それを知ればこちらもまた別の動き方ができる可能性が生じる。

 ルーペルは、この場における優位性をわざわざ放棄してはくれないだろう。


「でも、こっちが退く以外に交戦を避ける手立てはあるのかしら? 逃げた振りをして、試練が終わったところを狙って強襲してみる?」


 それも可能だろう。

 ルーペルの最優先事項は、パズルを解くことにある。

 こちらが引き下がると嘘を吐いても、裏切りを承知で呑む可能性は高い。


「とりあえずは、こちらも同じ手で牽制する、というのはどうでしょうか? 駄目なら、別の手へと移行できますし」


「同じ手?」


 ペテロが不穏そうに尋ねる。

 俺は杖を振るい、魔法陣を浮かべた。


শিখা(炎よ) এই হাত(球を象れ)


 球状の結界で包み込んで炎を圧縮し、無尽蔵に魔力を継ぎ出していく。


「……アベルちゃん、何やってるの?」


「いえ、これをあの、ダーラスの横にぶつけようかなと」


「た、確かに、クゥドル像を破壊したそれなら……!」


 ペテロは言ってから、ダーラスの方を見る。

 ルーペルが鼻で笑った。


「……ほう、今のダーラスの攻撃よりも威力の高い技を出せる自信があると? 不意打ちで我々を狙おうなどと浅墓なことを考えるのでしたら、止めておいた方がよろしいですよ。こちらも警戒はしていますから、そんな直接的な攻撃は受けません。そのときは、交戦の合図とさせていただきますので」


 ペテロが数秒ルーペルと顔を合わせた後、仮面の下の頬をさぁっと青褪めさせた。


「ちょ、ちょっと待って、アベルちゃん! よく考えたら、ダメ! ダメっていうか、ダメな気がするっていうか……い、一旦止まってちょうだい! よくわからないっていうか、何が起きるかわからないけど、凄くダメな気がするわ! 別の方向にしましょう!」


「え……? 大丈夫ですよ、威力は建物が崩れない程度に押さえますから……あ」


 そこまで言って、気が付いた。

 ダーラスの背後の壁は、封じられた扉があり、その周囲には『太陽と(ディン)の遊戯』の円盤が掛かっているのだ。

 壁を壊して通られないためか、衝撃や魔力を殺す結界や術式が見られる。

 この壁に攻撃を仕掛けるのは不利なのだ。


「まぁ、向こうもそれくらい差し引いて考慮してくれますよ」


 面倒だったので、俺はそのまま撃つことにした。

 大丈夫だ。『太陽と(ディン)の遊戯』の円盤は、万が一を考えて避けることにしておこう。

 壊れて突破不可能になったら、大事である。

 それはそれで誰も破壊の杖を手に入れられなくなるので有りな気もするが、俺自身の関心としては奥へいってみたいし、破壊の杖も目にしてみたい。

 放置していれば、何かの拍子に誰かが手にしてしまうことも考えられる。


「そういう話じゃないのよちょっと、止めて! 本当に! お願いだから!」


 ペテロが俺の肩を掴んで揺らす。


「わ、ちょ、ちょっとペテロさん……!」


 俺はあらぬ方向にアベル球が飛んでいきそうになったので、未完成のアベル球を強引に形にし、無理矢理前方へと放った。

 アベル球は放物線寄りの軌道を描きながら、奇妙な動きでダーラスへと迫っていく。

 強引に放ったためか、普段とはかなり違う動きだ。


「わー! すいません、避けて、避けてください! すいません、でも、そんなに俺のせいじゃないです!」


「やはり狙ってきたか! ダーラス、掻き消してやれ!」


 ルーペルが叫ぶ。

 宣言通りに交戦状態へと入ったらしく、抱えていた巨大な魔導書を捲る。


「うおおおおおおっ!」


 ダーラスは、吠えながらなぜかルーペルへと突進した。


「ダーラス!? 何を考えている!」


 ダーラスの身体が、ルーペルを抱えて地面へと飛び込む。

 アベル球は、ギリギリ円盤横をすり抜け、扉の脇へと飛来して行った。


「よ、よかった、『太陽と(ディン)の遊戯』は無事ですね……」


 俺は安堵した。

 急にペテロが肩を掴むものだから、危うく大惨事である。


 アベル球が壁と衝突する間際に、光の壁に阻まれる。

 見たこともない大量の魔法陣が宙へ次々に浮かび上がり、明滅する。


「やっぱり、対策は十全だったみたいですね」


 少し負けた思いだ。

 壁に傷付くのではないかと期待していたのだが、神話時代の魔術師の腕前は相当のものである。


 ルーペルがダーラスの巨体を押し退けた。

 ダーラスは抵抗する様子もなく、ルーペルを開放する。

 ルーペルが立ち上がり、ダーラスを睨む。


「何の真似だと聞いている、ダーラス! お前とはいえ、返答次第よっては、ただでは……」


 俺はアベル球の行方を眺めていた。

 アベル球は、しばらく結界との接戦を繰り広げていた。

 しかしやがて防護の魔法陣が尽きたのか、不意に魔法陣の連打が途切れる。

 アベル球の軌道が再開する。壁に衝突し、熱風の衝撃波を周囲へ撒き散らす。

 轟音と共に爆発が起き、ルーペルがダーラスのタックルを受ける前に立っていた場所が、赤い光に包まれる。


「ただでは、ただ、では……」


 ルーペルが呆然と言う。

 壁には、大穴が開いていた。


「助かって、よかった。巻き込まれていたら、即死だった」


 ダーラスが、しゃがれた声で途切れ途切れに言う。

 こ、これ、試練の意味、なかったんじゃ……と俺が考えていると、亀裂が一気に壁一面へと広がった。


「あっ……」


 俺が壁へと手を伸ばすが、間に合うわけもなかった。

 壁一面が大きく崩れ、『太陽と(ディン)の遊戯』の円盤が、次々に壁へと叩きつけられる。

 その上を瓦礫の雨が襲う。

 ダーラスがルーペルを抱えて逃走しようとするも、倒壊に巻き込まれ、すぐに姿が見えなくなった。


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