二十一話 第二の試練③
そうこうしている間に、通路をやや進んだところに、人一人がどうにか潜れそうな狭い入口があるのを見つけた。
他に道はないためここへ進むしかないのだが、その狭い入口も、内側から術式の刻まれた石柱で閉ざされている。
石柱は、古代聖堂の内装にはやや似つかわしくない。
魔術式に至っては、明らかに近代の形式であった。
魔力を流して解析するまでもない。
「神話時代に造られたものではありませんね」
俺が言うと、ペテロは石柱に近づき、刻まれている術式に手を触れた。
魔力を流して解析を行っている様だった。
「先に進んだ魔術教団『刻の天秤』の二人でしょうね。結界で強化みたいだけど、アベルちゃんなら、すぐに術式の暗号化を解いて結界を解除できるんじゃないかしら?」
数秒触れた後、ペテロは俺を振り返ってそう言った。
「ちょっとペテロさん、離れてもらっていいですか?」
「ええ、お願いするわ。その間に、話しそびれてた、二人の操る魔術について説明するわね。もっとも、片割れの方としかまともに戦えていないから、眼鏡の子の方はあんまりわからないんだけど……」
ペテロが言いながら石柱から離れる。
「হন」
俺は杖を振り、目の前に世界樹オーテムを転移させる。
「アベルちゃん、解析にもオーテムを使うのね。あまり聞いたことはなかったっけど、さすがはマーレン族と言ったところかしら」
「পুতুল দখল」
続けて世界樹オーテムを操り、入口を封じる石柱へと杖を向けた。
世界樹オーテムが石柱へと、体当たりのぶちかましを放った。
石柱に世界樹のオーテム型の窪みが生じ、轟音と共に奥側へと後退、同時に全体へと罅が入って砕け散った。
「さぁ、行きましょうか」
「…………アベルちゃんは、とても優秀ねぇ」
やや間は空いたが、何事もなかったかのようにペテロは歩み始めた。
ミュンヒは口を大きく開け、動揺の込められた目で自身の上司であるペテロと俺と世界樹オーテムを交互に見渡していたが、ペテロと距離が空くと、そそくさとペテロの後を追い掛ける。
「……なんだかペテロさん、悟りを開いたみたいになってますね」
メアが小声で漏らす。
「そう?」
メアの例えばいまいちわからなかったので、俺は首を傾げた。
俺とメアもすぐにペテロとミュンヒの後を追い掛けた。
追いつくと同時に、狭い入口を抜ける。
ちょっとした広間となっていた。
広間の奥には何重にも重なった大きな円盤が壁に掛けられており、それが合計で五組あった。
円盤の中央には扉があり、扉と壁にはぎっしりと術式やら魔法陣が刻まれており、壁に防護結界を展開しているようだった。
そしてその前には、怪しげな白い、ごちゃごちゃとした図形の描かれたローブを纏う二人組がいた。
ペテロの話通り、眼鏡の優男と、鉄仮面で顔を隠した大男であった。
大男は、隻腕のようだった。ローブが血で汚れており、どうやらこの聖堂内で片腕を失ったようだった。
結局……彼らの戦い方を聞く前に遭遇してしまった。
だが、どうやら相手の方は、戦いどころではないようだった。
眼鏡の優男は、顔を青くし、汗だらけになりながらも、円盤に杖を向けている。
円盤は優男の魔力を受けてガチャガチャと回り、角度を変えているようだった。
一つの円盤が回ると、全体の円盤からカチャリカチャリと音が鳴る。
優男は壁の円盤に向かっていたが、振り返り、目を細めてペテロを睨んだ。
「なぜ、貴方がそこにいる……ペルテール!」
ルーペルがペテロへと叫ぶ。
ん、ペルテール……?
どこかで聞いたことが……まさか、ペルテール元教皇!?
「ンフフフフ……ワタシのこと、馴れ馴れしくそうやって呼ばないでもらえるかしら? アナタ、好みじゃないのよ、ルーペルちゃぁん」
ペテロがルーペルに勝ち誇ったように、独特のイントネーションの言葉で言う。
……やっぱり違うか。
ペルテール元教皇は、真面目を絵に描いた様な人だったという。
おまけに、ペルテール元教皇は、もう四十年以上も前に老衰で亡くなったはずだ。
それにアルタミアは教皇になる以前のペルテールと頻繁に顔を合わせていたそうだったが、禁魔術スレスレの領域に踏み込むアルタミアの研究を毎回非難し、止めるように諭していたという。
ペテロは明らかにぶっちぎりの禁魔術で身体の不老化を行っている。
考え方があまりに違い過ぎる。
確かにペルテールには稀に焦るとオネェ口調になる癖があったとアルタミアが笑い話にしてたが、別にオカマではなかったはずだ。
「悪いわね。アナタのお友達の金髪ちゃん、拘束させてもらったわよ。さてさて、ルーペルちゃん、さっきはよくも散々にやってくれたわねぇ」
ペテロが嗜虐的な笑みを浮かべ、眼鏡の優男――ルーペルを睨む。
隻腕の鉄仮面が、ペテロを警戒する様に腰を落として構える。
「なぜ、そこにいると聞いているんだ! 道中の、第一の試練はどうした!? 途中にクゥドルの像はなかったのか!? 一本道かと思っていたが、もしや別のルートが……」
「冥途にお土産をあげる程、ワタシは優しくも暇でもないのよ。先程は丁寧な挨拶、感謝するわ。随分とコケにしてくれたわよねぇ」
言い方から察するに、ペテロは大分ルーペルに恨みを抱いているようだった。
そりゃそうか。俺が来る前は、地面に杭で拘束されていたのだ。
しかし、一度負けた相手になぜここまで強気に出られるのか。
俺が疑問に思っていると、ペテロが俺を尻目で振り返り、パチパチとウィンクした。
どうやら戦力として大分期待されているようだ。
ルーペルが舌打ちする。
「少々、アナタを見くびっていたようですね。ですが、今、我々が争うメリットはありません。正直にお話いたしましょう。ここは、第二の試練です。円盤のパズルを解かなければ先へ進めず、また、タイムリミットがあります。争うのは、ここを越えてからにするべきです。そうでなければ、共倒れするだけでしょう。私は、このパズルを解く。その間は手を出さないでいただきたい」
試練なら、ヨハナン神官の幻影がルール説明をしてくれるはずだが……先行組と合流してしまったため、同一グループと認識されてしまっているのかもしれない。
ルーペルの様子に、嘘は感じない。顔中に汗を浮かべ、必死にパズルのために知恵を絞っているようだった。
「タイムリミット……」
俺はルーペルの言葉を反芻する。
確かにそれならば、今争うのはお互い得策ではない。
しかし……あの円盤のパズル、ぱっと見からして、かなり複雑そうだ。
円盤に刻まれている記号や術式がどうやらパズルの問いになっており、円盤の動かし方に対応しているようだ。
恐らくは魔法陣の構築に類した答えになっていると想像できる。
魔術師向けのパズル、といったところか。
俺でもそれなりに時間が掛かるだろう。
かなり楽しそうだ。見ていてワクワクする。
「これは、 『太陽と月の遊戯』……!? とんでもないものが出て来たわね」
ペテロが円盤を見て、声を荒げた。
名前は聞いたことがある。神話に出て来る、神々が奪い合いをしたパズルだという。
最終的には他の神のものがすぐ欲しくなるいじめっ子気質のクゥドル神が空神から奪い取り、すぐ飽きてヨハナン神官に捨てる代わりにあげたとされている。
本物だとすれば恐ろしい価値を持つパズルである。
国宝級……いや、神器級であろう。神々を夢中にさせたパズルだ。すぐに飽きられたが。
俺も解きたい。というか、部屋に飾りたい。
辺りの壁には、古代精霊語で『太陽と月の遊戯』の解法のヒントが大量に書かれている様だった。
その多くが、どうにも中途半端なところで途切れている。
なんというか、『俺は凄い解き方を思いついたが、俺が思いついたという事実は教えたいが、決定的な答えへ繋がることは教えたくない。もっと悩め』という、歪んだ優越感の様なものを感じる。
気持ちはわからないでもないが、このヒントを書いた人はあまり性格がよくなかったようだ。
だがやる気が失せるというよりは、むしろ興味がそそられる。ぜひ挑戦してみたい。
 




