二十話 第二の試練②
アベル球の炸裂したクゥドル像の頭部が弾け飛び、身体と本体部分が白化する。
クゥドル像の首から先がない人間体の部分が、両腕を静かに俺へと向ける。
それからぐったりと、力尽きるように前屈みに倒れた。
クゥドル像から伸びていた無数の触手も動きを止めていく。
白化した触手の先端が折れて、床へと落ちて砕ける。
触手の生えている中央の、クゥドル像の本体の様な部分にある大きな目玉の様な水晶も光を失って色褪せる。
クゥドル像から感じていた魔力が薄れていくのを感じた。
一体目のクゥドル像に放ったアベル球は神殿の崩壊を招きかねなかったので、今回はかなり威力を抑えてみた。
安定性だけ高めた状態で、敢えて不完全な小さい状態で放った。
その結果、ちょうどクゥドル像の頭を吹き飛ばすことに成功したのだ。
「予想通り、先に向かおうとしていたみたいですね。やはり、先行組の試練を行っていたみたいです」
ペテロを倒した先行の二人組にも大分近づいてきたようだ。
試練も気を抜けないが、その二人も警戒しなければいけない。
クゥドル神の力を付け狙うディンラート王国外の組織の連中だという。
ただ者ではない。
ペテロとミュンヒは頭の溶けたクゥドル像の前に並んでいた。
ペテロの顔は仮面で窺えないが、ミュンヒは死んだ目で首のないクゥドル像の人間の上体を見つめながら、小声で何かを相談し合っていた。
「ペテロ様……もう、我々帰った方がいいのでは? この先に首を突っ込める機会があるとはとても……」
「……何を言っているの、ミュンヒ。これはむしろ好機、いや、天運よ。よくよく考えてみれば、ワタシはむしろついているわ。世界に意思があるとしたら、ワタシの歩むべき道を示してくれているかのようよ」
「そうでしょうか?」
「元々この試練は、十全に準備していてもワタシの手に負えるものではなかったわ。『刻の天秤』への対処も不可能だった。この二大困難の突破が、何が出るかわからない彼の行動ルーレットになっただけよ。『刻の天秤』も試練ももう突破したも同然よ。機嫌取っていれば道中の安泰は保障されたようなものだから、こっちの方が全然分があるわ。ルーペルの悲痛な顔が瞼の裏に浮かぶようだわ」
「……そうかもしれませんが……我々はそれでいいのでしょうか?」
あまりよくは聞こえないが、どうやら今後について話し合っているようであった。
第一の試練は難なく突破できたが、最初の試練は小手調べの様なものだろう。
こういったものは大抵、残る二つが本番だ。
そこへこの先、先行組の妨害も加わることが予想される。
難易度は跳ね上がるだろう。
先行組の二人については、どうにも引っ掛かることがある。
崩壊したクゥドル像の脇を通り抜けて、俺とメア、ペテロとミュンヒの四人で先へと進む。
「ペテロさん、先に進んだ二人について、詳しく教えてもらっていいですか?」
今後戦いが想定される強敵だ。
直接対峙したペテロから少しでも情報を聞き出しておくべきだ。
「……えっ?」
ペテロが疑問の声を上げ、ミュンヒへと目を向ける。
ミュンヒも困惑した表情を浮かべていた。
「いえ、まだ、先行した二人について、ざっくりとしか聞いていないのですが……」
『破壊の杖』を狙う、自称世界の平定を教義に掲げる魔術教団の魔術師であり、優男と鉄仮面の二人組である、という部分までは聞いている。
だが、戦い方や扱う魔術についてはまったく教えてもらっていなかった。
ペテロはしばしミュンヒと顔を合わせた後、俺へとゆっくりと目を向ける。
「必要なの……?」
ペテロが口を歪めて言った。
「えっ……? 何を言ってるんですか、これから交戦になる相手ですよね!?」
大丈夫だろうか、この人。
大物感があったから凄い人なんじゃなかろうかと考えていたが、ちょっと抜けているような気がする。
「アベル、メアが思うに、多分そういうこと言ってるんじゃないかなと……。アベルだったら別に、相手の魔術とか関係なく、押し潰せるんじゃないですか?」
メアが俺に耳打ちする。
「いや、相手は最上級の魔術師だぞ。前情報はあるに越したことはないし……」
確かに魔術の腕に自信はある。
だが、今回の相手は、イカロスの様な凡魔術師ではない。
それに変わった魔術を得意とする相手ならば、情報の価値は重い。
それが勝敗を分けることもあるだろう。
「それに、気に掛かっていることがある。俺はこの試練について、見落としがあったのかもしれない。行動がちょっと浅慮だった。俺にもまだはっきりとはわからないが、違和感がある。先行した相手は、それが何か気づいていたはずだ」
俺はメアに言ったのだが、ペテロが先に反応した。
「試練内容の、見落とし……? アベルちゃんが気づけなかったことに、『刻の天秤』は気づいていたと言うの?」
「……まだ、確証はありません。ただ、違和感は」
俺が見落としていたことに、先行した二人組はきっと気が付いていた。
これが後々の試練で響いてくるかもしれない。恐らく、俺の気づけなかった試練の隠されたルールがある。
古代精霊語で語るヨハナン神官の幻影の言葉に、何か引っ掛けや暗示があったのかもしれない。
だとしたら先の二人は俺より一枚上手だ。
かつ俺達は第二、第三の試練において何らかの形で不利を被ることが先にあるのかもしれない。
「そ、それは何なの……?」
「気が付かないんですか? さっきの状況が、おかしいんです」
「さっきの、状況……?」
ペテロが俺の言葉を反芻する。
俺は大きく頷いた。
「二体目のクゥドル像が前方にあったということは、先行した二人組は、わざわざ後ろから追いかけて来る邪魔なクゥドル像を、何の対処もせずに放置した、ということになります」
もしも壊す手立てがなかったとしても、結界を張るなり、壁でも作るなり、どうとでもやりようはあるはずだったのだ。
だが、放置した。
心理的に放置しておきたくない、後を追い掛けて来る巨大像を、敢えて、である。
この先の試練であの像が必要になるのか、それとも余計な干渉をしてしまうということ自体に何らかのペナルティーが課されるのかは、まだわからない。
前者ならば、相手の足を引っ張れたという結果になるが……ペテロさんの口振りからして、共倒れは望んでいないはずだ。
ペテロは口許を歪ませたまま、何も喋らない。
しばしの沈黙が続いた。
「それ、さっきの精霊獣のせいで余計なことしてる余裕がなかったんじゃないですか……?」
沈黙を破ったのはメアだった。
「いや、さすがにそんなことはないと思うけどな。頑丈ではあったけど、ベロ伸ばす以外は変わった性質もなかったし……」
「ええ、いや、でも……」
俺がメアへと説明している間、ミュンヒが涙ぐんだ不安そうな目でペテロの裾を掴んで引っ張り、何か言いたげにしていた。
ペテロは口許をきゅっと絞って表情を引き締め、ビシッとミュンヒの手の甲へとしっぺを叩き、手を下げさせる。
「ペ、ペテロ様ぁ……」
「確かにそうね。クゥドル像を残したのには、何か思惑があったのかもしれないわ。ワタシはクゥドル教の神話には自信があるから、何かわかるかもしれないわ。少し思い出せそうなことがあるのよ。そっちはワタシが考えてみるから、とりあえずアベルちゃんは、次の試練の方に集中しておいてちょうだい」
ペテロは淀みなくそう言った。
今まで何となく不安そうな様子が多かったのだが、何か、迷いが一つ吹っ切れたかのような調子であった。
「ありがとうございます。では、そちらは頼りにしていますね、ペテロさん」
俺は宗教学には疎い。
ペテロがその分野に明るいというのならば、二人で協力して補って進むことができればベストだ。
メアは口を開けて唖然とした顔で、ペテロと俺、ミュンヒの顔を見回していた。
ミュンヒがメアの目線を受けて顔を逸らす。




