十九話 第二の試練①
俺はペテロとミュンヒの協力を得て、ディンイーターを一か所へと集めてもらった。
ディンイーターを相手取る際に転移させたオーテムを用いて結界を張り、改めて精霊体の分散と劣化を妨げる。
もう時間制限であるクゥドル像を気にする必要もないので、ゆっくりと落ち着いて作業をすることができた。
結界の光の壁の内側に閉じ込めたディンイーターの山を眺めつつ、俺は頷いた。
うむ、完璧だ。
とりあえずはディンイーターはここに固めておいて、帰りに回収すればいいだろう。
結界のオーテムもここへ残していく。
俺のディンイーターを奪い取ろうとする者がいれば、ある程度脅しを掛けるように対応動作に組み込んでおこう。
ペテロが死んだ目でディンイーターの山を見る。
「あ、ペテロさんも、やっぱり、いります‥‥?」
口を挟んで来ないのでもしかしたら興味がないのでは、といいように考えていたのだが、そんなわけはなかったようだ。
熟成された高密度な精霊体の塊である。
使い道なんざ、いくらでもある。
ペテロのことはよくわからないが、クゥドル教絡みの要人であることには間違いない。
権力を笠にディンイーターは私のものよと主張されれば、俺の手許にはディンイーターが一体も残らないことも考えられる。
「……いや、私はいいわ……」
ペテロが疲れ切った様に言う。
俺はその言葉を聞いてほっとした。
よかった、ペテロはさしてディンイーターに興味はないようだった。
いや、ペテロはクゥドル教の偉いさんで、おまけに禁忌魔術にもかなり踏み込んでいる様だった。
そんな人物が、クゥドルの眷属であり最高の魔術の触媒であるディンイーターの精霊体に関心がないわけがない。
ペテロは、俺に遠慮してくれたのだ。なんていい人だ。俺の中でペテロの株が上がった。
「そ、そうですか……! いえ、なんだかすいませんね! そういえば、あのクゥドル像、仰々しい割には、案外脆くてよかったですね」
「…………案外、脆い……そ、そうね。そうだった、のかもしれないわね」
ペテロはそう言い、通路の先へと目を向ける。
「それより、アベルちゃん……用が済んだのなら、その、そろそろ先へ進まないかしら? 最初に話した通り……王国外部の組織の連中が、『破壊の杖』を狙ってるのよ。後ろからのタイムリミットはなくなったけれど……先がどうなっているのかは、わかったものじゃあないわ」
『破壊の杖』……か。
しかし、大神宝典を読んだ際には、破壊の杖はあまり重視されていなかったように思う。
ここまで大掛かりな神殿を建て、試練まで設けるようなものなのだろうか。
そもそも破壊の杖は神官のもので、クゥドル神から授かった……というようなことを示唆する文章も、さしてなかった。
だが、神官は確かに『神へ救済を乞う者共よ』と言っていた。
本当に、この奥にあるものは『破壊の杖』なのだろうか。
『破壊の杖』に関してはわかっていないことばかりなので、気にし過ぎだと思えばそれだけの話なのだが、なんとなく頭に引っ掛かった。
「どうしたんですかアベル、考え込んで?」
メアが屈んで俺と目線を合わせ、尋ねてくる。
「いや……ペテロさん、この奥にあるのって、本当に『破壊の杖』なんですか?」
俺が声を掛けると、ペテロがびくりと肩を震わせ、顔を歪め――そうになったところで、唐突に自身の手首へと噛みついた。
相当強い力で噛んだらしく、血が垂れている。
「ペ、ペテロさん!?」
俺は突然の奇行にペテロを制止しようとするが、再三とペテロは自身の手首へ噛みつく。
「ちょ、ちょっと、急にどうしたんですか!? ペテロさん!?」
俺はメアと協力し、二人掛かりでペテロの奇行を止めた。
少し時間を置き、落ち着いたらしいペテロは、鼻から上を隠す仮面へと手を触れ、位置を修正する。
「わ、悪いわね。急に、ちょっと意識がくらっとして、気が付いたら……ね。アベルちゃん、メアちゃん、止めてくれてありがとうね。この神殿、ずっと青い壁が続くから、なんだか疲れちゃったのかしら? 魔力場の歪みや、精霊の淀みもあるのかもしれないわね。あまり長居しない方がいいかもしれないわ、先へ急ぎましょう」
「そ、そうですね……」
ペテロが先へと進んで行く。
止血くらいした方がいいのではないかと思ったが、ペテロは自身のローブへ手首を押さえ付け、雑に流血を抑えていた。
……あれ、そういえば今、何の話をしていたのだったか。
なんだか変わったことを思いついた気がしたのだが、唐突なあまりのことに、完全に意識がそっちに向いてしまった。
まぁ、重要なことなら後で思い出すだろう。
少しモヤモヤするが……。
俺を追い越して、コソコソとミュンヒが顔を隠しながら早歩きし、ペテロの横に並ぶ。
どことなくミュンヒの動きが硬い。なんというか、カクカクしている。
そういえばさっき、ペテロが急に自分の手首へ噛みつき始めたとき、ミュンヒは止めに来なかった。
まぁ、俺でも驚いたのだ。上司のペテロが唐突に奇行に走ったミュンヒの驚愕はそれ以上だろう。
実際ミュンヒは、動揺しているかの様に、動きが硬い。なんだか不審なほどである。
「……もう少し、自然になさいミュンヒ! ポーカーフェイスのできない娘ね。聖帽布を落としたのは、最大の失敗だったわね」
「申し訳ございません、ペテロ様……しかし、しかし……もう、誤魔化し通すのは……」
「……このままさりげなく振り切って、置いていった方がいいかもしれないわね。利用できると思っていたけど、あれは危なすぎるわ。いつ手許で爆発するかわからない爆弾よ」
小声で何か、ミュンヒとペテロが話し合う。
辛うじて、聖帽布という単語だけ拾えた。
あのペテロの部下が被っていた、ヴェールの付いた顔を隠す帽子のことだろう。
俺は俺にペースを合わせてくれるメアと並びながら、ペテロとミュンヒを小走りで追った。
「す、すいません、もうちょっとスピードを押さえてもらえると助かるんですけど……」
段々とペテロ達の背が遠ざかっていく。
途中で筋肉が張って足が痛くなり、転びかけたところをメアが肩を貸してくれた。
「大丈夫ですかアベル?」
「わ、悪い、メア……。ペテロさーん、すいません! ちょっと、ちょっと待ってください!」
俺が声を掛けたとき、一度姿が消えたはずのペテロとミュンヒが、並んで全力で俺へと向かって走ってくるところだった。
何事かと俺が呆然としていると、ペテロとミュンヒが俺の背後に控えて背を屈めた。
「アベルちゃん! もう一体! クゥドルの像がもう一体出て来たわ! さっきの奴、撃ってちょうだい!」
ペテロが唾を飛ばしながら叫ぶ。
昔、部屋内に小型種のフォーグが入り込んできたとき、ジゼルから泣きながら追い出してくださいとせがまれたときのことを、なぜか思い出した。
懐かしい。
「あ……はい。あれ二体、あったんですね……」
確かに、クゥドル像の台座は二つあったが、像は一つしかなかった。
片割れは先に神殿内を蠢きまわっていたらしい……というか、先行組がいるそうなので、そちらの試練に向かっていたようだ。




