十五話 第一の試練③
アシュラ5000を先頭としたオーテム五体と、一番近くにいたディンイーターが接触した。
アシュラ5000の振り上げた腕に、一体のディンイーターが飛びつき、喰らい付いた。
次の瞬間、アシュラ5000は、自身の腕ごとディンイーターを地面へと叩きつける。
床が割れて罅が入り、ディンイーターの膨らんだ腹が大きくへこんだ。
だが、ディンイーターの魔力はまだ生きている。
ディンイーターは弱々しく閉じかかっていた目をくわっと見開き、口を左右に割いた。
即座にアシュラ5000の二本目の腕がディンイーターの顔面を側部から打ち抜き、グロテスクな口を閉じさせた。
不意打ちの一撃を企てていたようだが、アシュラ5000の正確無比で俊敏な動きに隙はない。
アシュラ5000に組んである対応動作の機械的な判断の前には、騙し討ちなど通用しない。
そんな甘っちょろい術式を俺は刻んでいない。
あろうことか戦闘中に壁へと目を向けたディンイーターの隙だらけの身体へと、アシュラ5000の残りの五本の腕が、各々に容赦ない追撃を加える。
一本目の腕がディンイーターの身体を押さえ、三本目、四本目の腕がその腹へと殴打を加え、五本目六本目の腕が鋭い貫手を放つ。
複数の腕から放たれる連打に耐え切れなくなったディンイーターの身体が引き千切れ、二つに裂ける。
半身だけになったディンイーターの身体が震え、腕を地面に突いて起き上がろうとする。
跳び上がった通常オーテムの一体が、その頭部へと目掛けて無慈悲なスタンプを放つ。
首から上が床にめり込んだディンイータはびくりと全身を痙攣させた後、ついに力尽きたらしく身体が崩れ、消えていく。
後には、精霊体の残滓である仄かな輝きが漂っていた。
しんと、辺りが静かになった。
鳴き声を上げて騒いでいたディンイーター達が口を封じ、足を止めたのだ。
「……クゥ、クゥドル神の眷属が、あんなあっさり」
ペテロは消えるディンイーターを呆然と見ていた。
「そこそこ丈夫そうですね、あれの皮」
悪魔を殺しても、その精霊体を留める術はある。
残しておけば、何かと使い道はありそうだ。
残るディンイーターの群れの四つ目が、赤い輝きを灯した。
「গাগা গাগাগাগা গাগা!」
怒ったように吠え、止めていた動きを再開させる。
ディンイーターがバッと飛び跳ね、アシュラ5000を囲み、四体の通常オーテムを牽制する様にフォーメーションを組む。
左右の壁、天井、正面、そして背後に散り、その四つの目の全てで、オーテムの動きを逃すまいと睨む。
一秒。
神話最強のクゥドルの眷属である精霊獣ディンイーターと、術式を緻密に組んで速さと破壊力に特化されたアシュラ5000においては、あまりに長すぎる膠着があった。
アシュラ5000がぴくりと腕を揺らす。
それが合図だったように、一部のディンイーターが通常オーテムの前へと飛び出し、腕を振るう。
回避した直後を狙い、他のディンイーターが伸縮性のある腕を伸ばして抱き着き、確実に動きを押さえる。
数の差が出た。
他の三体も経緯は違えど、ディンイーターにしがみつかれて、素早くは動けなくされていた。
通常オーテムでは、二体のディンイーターにマークされては対処が困難なようだ。
俺は改善案を頭に巡らせつつも、ディンイーターへの関心を高める。
複数のディンイーターの口から毒々しい色の舌が放たれ、アシュラ5000の六本の腕へと絡みついた。
ディンイーターの狙いはアシュラ5000だ。
そのために、周囲に張り付いている通常オーテム四体の動きを先に封じたのだろう。
最低限の戦力でこちらの手数を減らし、主戦力を獲りに来た。
動きを封じられたアシュラ5000へと、他のディンイーターが四方から飛び掛かる。
『আমিদেবতাপ্রশংসা』
アシュラ5000から思念波がオートで放たれる。
挑発と威嚇のため、戦略として対応動作の中に組んであるのだ。
周囲のディンイーターの目つきが変わる。
クゥドル神に仕えるディンイーターに対して、あまりに傲慢な指図だった。
その分、効果もあったらしい。ディンイーターに、一瞬の隙ができた。
アシュラ5000が、舌の絡まる六つの腕を強引に激しく振り乱し、飛び掛かってきたディンイーターの頭部を殴りつけて壁まで飛ばした後、壁を背に固定された状態のディンイーターへと、二本の腕で連打を繰り出す。
振り乱した反動で宙に浮いたディンイーターへと次々に的確に拳を伸ばして弾き、時には確実に手刀で脳天を貫いてとどめを刺す。
ディンイーターも次々にとアシュラ5000へ飛び掛かる。
一体のディンイーターは、舌が絡みついて減速したアシュラ5000の腕を両手でがっちり押さえ、肩で受け止めることに成功した。
だが即座に大きく持ち上げられて天井に背を殴打され、続いて上下に振られたため、地面、壁へとその身体を打ち付けられる。
その過程で、通常オーテムを押さえ付けるディンイーターへも攻撃を加えて回避を誘い、四体のオーテムを拘束から脱させた。
四体のオーテムはアシュラ5000が弾き飛ばしたディンイーターへと襲い掛かり、確実に仕留めていく。
ペテロとミュンヒは、あんぐりと口を開けてアシュラ5000無双を眺めていた。
後ろのクゥドル像はまだまだ遅い。
このペースなら問題なさそうだ。
向こうが躍起になって飛び掛かってきてくれてよかった。
「見かけがちょっとキツいけど……そこまでビビんなくてよかったな」
俺が零すと、一体のディンイーターの一つの目が、ギョロリと俺へと向けられた。
次の瞬間、顔が左右に分かれて長い舌が射出される。
俺の前に待機していた世界樹のオーテムが即座に跳び上がってそれを受け止め、腕の付け根をゴキリと回して舌を挟み込み、豪速でその場で回転した。
持ち上げられたディンイーターが、舌から引っ張られて天井と床に交互に打ち付けながら世界樹のオーテムへと向かう。
世界樹のオーテムは接近してきたディンイータを背後へと蹴り、クゥドル像の顔へと飛ばした。
ゆっくり動いていたクゥドル像の触手が俊敏に動き、ディンイーターの腹部と胸部へ絡みついてねじ切り、三等分して後方へと放り投げる。
まるで空き缶を潰して放り投げるかの様な手軽さであった。
それから一分と経たないうちに、五十二体いたディンイーターもその半数が精霊体の輝きと共に消え失せ、残る半数も身体の一部が削ぎ落ちており、まともに戦えない状態となっていた。
そろそろいけそうだな。
俺は降ろしていた杖を振り上げ、前方へと向ける。
俺は正面に魔法陣を展開させる。
「তুরপুন」
造るのは、俺が悪魔収集用に、秘かに開発していた魔導金属だ。
空気中の成分を分解して抽出し、精霊と俺の魔力を元に造るヒディム・マギメタル。
魔力で繋ぎとめているため長く持たない代わりに、応用次第で好きな性質を持たせることができるのが、この魔術の強みである。
俺は目前に、ヒディム・マギメタルで象った、銀色のメタリックなオーテムを浮かべる。
俺が杖を通路の先へと向ければ、杖の示す先を追ってヒディム・マギメタル・オーテムが飛んでいく。
一体のディンイーターが舌で巻き取り、床へと叩きつける。
その衝撃でオーテムのマギメタル体が崩れ、周囲へと広がった。
あのオーテムの正体は、超高密度なヒディム・マギメタルの塊である。
重いが不安定であるため、衝撃を受ければ拡散され、一気に辺りを覆い尽す。
崩れたヒディム・マギメタルは床に広がり、ディンイーターとオーテム達が戦っている足場を埋める。
俺が杖を向けると、ヒディム・マギメタルから大きな針が伸びる。
弱っていたディンイーターにそれを回避する術はなく、ことごとく串刺しにしていく。
残っていたディンイーターが標本と化した。
突き刺されたディンイーターの身体に細かい術式が走る。
このヒディム・マギメタルには、悪魔や精霊獣の亡骸が無数の精霊体へと還って分散するのを、手っ取り早く封じる効果があるのだ。




