十二話 天秤を背負う者②(side:ルーペル)
先の通路に現れたグロテスクな精霊獣の群れに、ルーペルは目を剥いて驚愕した。
「まさか……月喰らいか!?」
月喰らいは、クゥドルが我が身を用いて生み出した下僕だとされている。
空の神シルフェイムは四大創造神の中で最も狡猾であり、同時に他の三神をも圧倒するほど高い魔力を有していた。
空の神シルフェイムはクゥドルとの直接対決を避け、自身の配下である高位精霊や信者の人間を仕向けたり、他の三神を嗾けたりを繰り返し、クゥドルの力を削ぐことに専念していた。
圧倒的に手数の多いシルフェイムに対抗するため、クゥドルが生み出したのが月喰らいである。
その名が空の神シルフェイムの象徴とされる月を貶めるものになっているのも、それが所以である。
月喰らいはその体格からは想像もつかないほど絶大な力とタフネスを誇っており、単体でドラゴン(危険度A級最上位相応)を撃墜したこともあったと、クゥドル教の書物には記されている。
ただ性質に難があり、暴力的で残虐嗜好であった。
クゥドルや高位神官の目を盗んでは好き勝手に敵味方構わず荒らして回り、時には村人を惨殺していたこともあったため、後に発覚したときには群れが纏めてクゥドルに喰い殺されることもあったという。
ルーペルが背後を睨む。
幸い、クゥドル像の動きは遅い。
だが月喰らいの群れの突破など、片手間に行えるものではない。
「失策だった……もっと、足止め用の使い捨ての人員でもいいから、連れて来るべきだったか! 競争相手を増やさないための隠密行動……少数精鋭が、徒となったか! こんなものが神殿の中に潜んでいたのなら、王国の高位魔術師などを気にしている場合ではなかった」
ルインも連れて来るべきだったと、ルーペルは後悔した。
この大神殿内部の惨状に比べれば、ペテロの見張りなど、どうでもよかったのだ。
ディンラート王国を制御するためペテロを生かすか殺すかの駆け引きも、クゥドルの力が手に入るか否かと比べれば、本当に小さな問題でしかない。
そもそも、ペテロがこの第一の試験を突破できていたとは、ルーペルには到底思えなかった。
海より大神殿が浮上したところで慌てて横槍を入れて先に乗り込まずとも、放っておけばそれだけでペテロ達は全滅していただろう。
ルインの魔力は確かに危険だ。
暴発すれば、本人だけではなく、ルーペルやダーラスにまで被害を及ぼしかねない。
だが他に選択肢がなくなったときの、逆転の転機には十分になり得たはずだ。
ルーペルが魔導書を開く。
魔導書が光り、魔法陣を浮かべる。
ページが自動で捲られながら破け、その塵が人型を模していく。
『魔法具の残骸』という、使い古した魔法具の寄せ集めから造られるゴーレムの亜種である。
本来の効果を失った魔法具を掻き集めて作ることができる上に、元の魔法具の効果を出鱈目に反映することがあるため、不安定だが安価な戦力として貧乏小国同士の争いの中で度々用いられてきた。
ただ、ルーペルの魔導書は従来のものとは異なり、逆に『魔法具の残骸』を安定した戦力として用いるために造り出されたものである。
研究に研究を重ねて、本来不安定な形でしか発現しないとされていた『魔法具の残骸』を安定化させ、好きな時に好きな力を持つゴーレムを自在に造り出せる、独自の武器として昇華していた。
一番近くに現れた月喰らいが、先陣を切ってルーペルへと襲い掛かる。
ゴーレムは月喰らい《ディンイーター》の鋭い爪を受けたが、後方へ退いただけで、外見に変化はなかった。
ルーペルはこのゴーレムに、物理的な衝撃を受け流すことに特化した力を付与していた。
月喰らいは続けて、ゴーレムへと二度の爪撃を放つ。
月喰らいの猛攻を受けたゴーレムは、その勢いが薄れるようにスッ、スッと後ろに退く。
躍起になった月喰らいが大振りの一撃をかまそうと、肩を大きく引いた。
側部へと回り込んでいたダーラスがその隙を突いて、月喰らいの頭部を鷲掴みにした。
大きく腕を持ち上げた月喰らいの脚が、だらりと伸びる。
「『天壊』!」
ダーラスの腕に滾る魔力が、彼の大きな手の甲へと集約された。
ゴウッと黒い炎を上げ、同時に『剛魔』によってダーラスの握力が引き上げられる。
ダーラスの五指が、月喰らいの頭に深くめり込んだ。
それと同時に、ダーラスは獣の様な雄たけびを上げながら、月喰らいを床へと叩きつける。
「ウォオオオオオオオッ!」
月喰らいの身体が、大神殿の床へとめり込んだ。反動によって、周囲に衝撃波が生じる。
月喰らいの首は、叩きつけられたせいで前後が逆に捻じれていた。
圧倒的な膂力を秘めているとはいえ、小柄というのは、それだけで大きなディスアドバンテージとなる。
「一体……仕留めた」
ダーラスが、息を切らしながら言う。
「……だが、まともに相手をしていたらこっちが持たないぞ。近い内に、クゥドル像もこっちに来る。かなり危険だが、強引に掻き分けて進むより他ない……」
その瞬間、ダーラスに床に叩きつけられ、首が捻じ曲がっている月喰らいの四つの目がぱちりと開き、縦に裂けた口の間から何かが真っ直ぐにダーラスへと射出された。
ダーラスは咄嗟に腕を前に出しながら、姿勢を屈めて後方へと勢いよく跳ぶ。
放たれたのは、月喰らいの長過ぎる舌だった。
回避しきったはずのその攻撃はダーラスにとって想定外のリーチを伴っており、更にダーラスを追尾して軌道を修正する器用ささえ持っていた。
避け切れない。そう判断したダーラスは、月喰らいの舌を手で払おうとした。
突如、ダーラスの手首を激痛が襲う。
ダーラスは弾き飛ばされ、壁へと肩をぶつける。
失いかけた意識を気力で取り戻す。
寸瞬の遅れの後、ダーラスは自身の手首から先がなくなっていることに気が付いた。
「あ……あ、あ……おお、お、オレの、右手……!」
首の捻じ曲がった月喰らいは舌で口許に寄せたダーラスの手首を七本指の手で掴み、ぶちぶちと指を千切り、骨を引っこ抜いてバラしてから立ち上がる。
そして頭部を両腕で押さえ、ギチチチと奇怪な音を立てながら正面へと強引に戻した。
残る月喰らいは、当初と変わらず約五十体。
呆然とするルーペルと、痛みに喘ぐダーラスの背へ、ゆっくりゆっくりと、クゥドルの像が迫ってきていた。




