七話 とあるフィクサーの野望③(side:ペテロ)
「貴方はとても優秀でしたよ、ペルテール元教皇さん。大国たるディンラート王国の安定は、世界の安定化にも繋がりますからね。貴方がディンラート王国を牛耳ってから、この国内ではさしたる事件は起きていない。ですからアナタのやってきたことにも目を瞑っていたのですが……クゥドル神に手を出したのは、やりすぎでしたね。少し前から、監視を徹底させていただいておりましたよ。ここで介入しなければならなくなったことは、聊か残念です」
『刻の天秤』の三人組のリーダーらしき眼鏡の男が、ペテロへと言う。
「……だったら、もっと早くに手を出していたんじゃないの。白々しいのよ……要するにアナタは、クゥドル神の力を掠め取ろうっていうのが目的なのでしょう?」
ペテロが下唇を噛みながら眼鏡の男を睨む。
眼鏡の男はペテロから指摘を受けて、にんまりと口端を吊り上げる。
「こちらも、実態はあまり掴めていないのでね……。再び封印するか、利用するか、見てから決めるといったところですか。私からしてみれば、ここに本当に本物のクゥドル神があるのか疑わしいところですが……まぁ、どちらにせよ、ここからは貴方方に勝手に動かれては困るのですよ」
眼鏡の男の敵意に満ちた様子を見て、ペテロの部下達が各々の武器を構え始めた。
男はその様をぐるりと見回した後、フンと鼻を鳴らした。
「ダーラス、やれ」
「オアアアアッ!」
その声を聞くなり、『刻の天秤』の三人組の一人、鉄仮面の大男が獣の様な咆哮を上げながらペテロへと掴み掛かってくる。
「……このワタシも、随分と舐められたものね。いいわ、相手をしてあげようじゃない!」
ペテロがゾロモニアの杖を構えると同時に、その場にいた彼の三十人の部下が一斉に動き始め、ペテロと鉄仮面の大男ダーラスの間に割って入った。
ダーラスは、巨体からは想像もつかない俊足で動き回り、ペテロの部下を蹂躙していく。
魔術も、剣も、まるで速度が追いつかない。
火の玉を掻い潜り、向けられた剣を相手の身体ごと掌底打ちで弾き飛ばす。
追いついたとしても、明らかにパワー負けしており、真っ当に勝負できるものではない。
人が虫の様に宙を舞い、叩き潰された。三十人いたペテロの部下が全員まともに動けなくなるまで、そう時間は掛からなかった。
眼鏡の男と金髪の少女は、最後までまったく手を出さなかった。
金髪の少女の魔術を警戒していたペテロはダーラス相手に本領を発揮することができず、ダーラスが打ち込んだ魔術式の刻まれた杭によって手首、足首を地面に固定され、動けなくされた。
「こ、ここまで来て、このワタシが、こんな……! 最初から、手段を選ばずにいくべきだったわ……」
ペテロは憎々し気にダーラスを睨む。
ペテロは後に残している二人のことを考えて動いていたが、ダーラスとて、人数差があったとしても、手を抜いて掛かっていい相手では決してなかった。
最初から後のことを考えず全力で挑んでいれば、まだ結果は違っていたかもしれないが、今更嘆いてもどうしようもないことである。
そもそも後二人後ろに控えている時点で、それもさして意味のあることではない。
対するダーラスは、先程までの様子が嘘だったかの様に大人しい。
ペテロの動きを封じた段階で動きを止めて、だらんと二つの大きな腕を垂らしている。
鉄仮面で顔が隠れていることもあり、その心情はまったく読み取れない。
「それくらいでいいだろう、ダーラス。ペルテールは利用価値が高い、大事な駒になる。それに下手に殺せば、ディンラート王国の政治が麻痺しかねない。そもそもクゥドル神を動かしたはいいが、制御ができないということになっても馬鹿らしい。神殿の奥に眠っているもの次第では、ペルテールを使わねばならないかもしれないからね」
そう言ってからペテロに歩み寄ってからしゃがみ込み、手足の痛みに呻く彼へと視線を合わせる。
「それでは、クゥドル神殿を浮上させていただきありがとうございました。ペルテール元教皇さん、貴方はとても優秀なお方でしたよ。対立が避けられなくなるまでは放置しておこうと思ってたのですが……思ったより早く、その日は訪れたようですね」
そこまで言うと立ち上がり、暇そうに欠伸をしている金髪の少女へと振り返る。
「ルイン、お前はここでペルテールを見張ると同時に、部外者を近づけさせるな。お前の魔術は規模が大きすぎる上に、範囲も絞れない。建物の中で真っ当に使えるとは思えないからな。クゥドル神殿に妙な関心を示す者は、念のためにすべて殺しておけ。ただし、魔力は三割以上込めるなよ。私がいなければ、万が一の際のお前の暴発を押さえることができないし、目立ちすぎる」
「…ふぁい」
ルインと呼ばれた少女はやや不服そうに眉を寄せたが、特に反論はしない。
欠伸の涙で濡れた目をローブの袖で拭い、近くの大石へと座った。
「ダーラスは、私と共に神殿の探索に当たれ。それからルイン……あの入り口までの、橋を頼む」
ルインは小さく頷き、座ったままの姿勢で杖を振った。
「মাটি সেতু হাত 」
崖沿いの土が崩れて形を変え、あっという間に海上にせり上がった神殿までを繋ぐ、大きな橋が完成した。
「ご苦労、ルイン。では、後はここで待っていてくれ。ペルテール元教皇さんも、ね」
眼鏡の男は馬鹿にした様にペテロを振り返って笑い、橋を渡って神殿へと向かっていった。




