五話
ラルクに「領地発展のため!」と熱弁して研究経費という名目を勝ち取った俺は、ついに人工精霊を含めた大神宝典の研究費用を領地運営資金から引き出すことに成功した。
もっとも人工精霊の研究とは口が裂けても言えなかったので、新魔鉱石の開発と、魔導携帯電話のための魔力波塔の開発の下準備を口実にし、どうにかこじつけておいた。
ただ話をしている最中、アルタミアが魔力波塔の開発へ謎の喰いつきを見せてきたため、ちょっと危うかった。
申請品のリストに目を通して「あれ、これ何に使うの? こっちの方がよくない?」と、三十回近く質問された。
どうにかあの手この手で誤魔化し通せたが、次からあまりこの手は使わない方がよさそうだ。
アルタミアはただでさえ魔術の知識が深い上に、自身を精霊体化した経験まである。
その際に、人工精霊への知識もかなり溜め込んでいるだろう。
ファージ領に来て以来、何かと常識人ぶって俺を非難しては錬金術師団内の株を上げているアルタミアではあるが、元々討伐命令を受けていた大型魔獣アポカリプスをペットにしようとして隠居を余儀なくされた魔女である。
普通に人工精霊の二、三体くらい造ったことがあってもおかしくない。
下手をしたら、申請書リストから俺が何をやっているのか勘付きかねない。
ただ、アルタミアも魔導携帯電話に興味津々らしく、俺と一緒になってあまり乗り気でないラルクへと魔導携帯電話の有用性を訴え、魔力波塔建設の具体的なプランを頼んでもいないのに勝手に練ってラルクへと提案してくれた。
しかしラルクは『アベル君には恩があるからぜひ出資してあげたいが、前も言った通り、ウチの領地にそんな魔石の塊の様な塔を建設する余裕がないんだ!』の一点張りであった。
水神四大神官マリアスとネログリフによる領地の封鎖や領内の分断工作、天候異常や魔獣災害によって一時は破綻寸前まで追い込まれていたファージ領ではあるが、ここ数週間で急速に持ち直している。
とはいえ、まだまだ懐事情に余裕がある状態とは言えないようだ。
領内の状況や他領地との交流も、リーヴァラス国の謀計を受ける以前の段階まで完全に戻ったわけではない。
ラルクは私兵団の大幅な縮小以来、徹底して冒険者の優遇、冒険者支援所の復興を進めているため、その方面では大いに発展している。
冒険者から引き取った魔獣の肉や毛皮の売買、及びその冒険者を対象にした商売で利益は出しているが、他の方面はさっぱりらしい。
せいぜいオーテム瓜農業が、大した値では売れないが元手が掛からないので安定して収入を得ている程度のようだ。
ナルガルンの大量の首から造られた防具は、大量に出したら大暴落が見込まれていたので流通を制限してちょっとずつちょっとずつ捌かれていたのだが、既に四分の一が外部の領地へ捌き切れたのだという。
四分の一といっても侮ることなかれ。
元々、巨大なナルガルンの首が五十本近くあったのだ。
今でさえ既に、ファージ領周辺領地で防具やその素材となる魔獣の素材の価値が半分近くまで下がるという大暴落を引き起こしている。
安値でそこらの魔獣よりもよっぽど強いナルガルンの鱗から造られた防具が大量生産されているのだから、他の防具の売れ行きが伸び悩むのは当然だろう。
金銭の工面には未だにかなり苦労しているようだし、利益が出る限り売り続ければいいのではないかと思うが、ラルクは今でさえナルガルンの防具問題で他貴族から散々嫌味を言われているらしく、流出量をかなり制限しているようだ。
これ以上下手に外部へ流せば、『領地に何体ナルガルンが出たんだ?』と言われかねない状態らしい。
元々リーヴァラス国が禁魔術によって造り上げたナルガルンを利用して採取したものなので、あまりそれで儲けるというのも印象が悪い。
不利益を被った明確な相手がいる以上、弱みを見せれば必要以上に周囲から叩かれることは間違いない。
アルタミアはラルクとの話が終わった後、「資産、資産ねぇ……私の個人資産から出資してもよかったのだけど、生憎事故で全部消えちゃったものねぇ‥…」とブツブツと小声で漏らしていた。
全然口にしないから、ひょっとしたら俺と収集家が塔を吹き飛ばしたことは、塔と同じく綺麗に水に流してくれたのではと思っていたが、やっぱりきっちり根に持っていたらしい。
アルタミアはラルクから泣いて突っ返された提案書を口惜し気に見返しながら、「幻の銅の錬成法、売ろうかしら……」と呟いていた。
……魔力波塔建設の出資を行ってくれるというのならば、無論俺としてはありがたいことなのだが、そんなに気軽に技術の安売りをするべきではないのではなかろうか。
そんなこんなで忙しくはあったものの、大神宝典の示すディンラート王国の最東の地の探索を決意してから、数日の内に出発の準備を整えることができた。
前回同様、馬車の御者はエリアへと頼んだ。
俺はラルクと私兵団、一部の領民達、そしてアルタミアとどこか安堵した表情の錬金術師団の面子に見送られ、最東の地へと旅立った。
俺は出発してからしばらくは時折背後を確認していたのだが、真っ先に掃けて行ったのは、俺の部下であるはずの錬金術師団の連中であった。
「アベル、どうしました? そんなに後ろばっかり何度も確認して」
「……なぁ、ひょっとして俺って、人望ない?」
錬金術師団の前団長イカロスでも、一部の部下からは慕われていたように思う。
ファージ領を追放処分になったときにも、イカロスへとついていった団員が数人いたほどである。
実は俺が錬金術師団の面子へ探索のためしばらく領地には戻らないと伝えたとき、『他の魔術師の視点も欲しいし……誰か付いて来るとか言い出さないかな。でもあんまり多いと困るな』などと心中期待していたのだが、皆ハイタッチして喜び合っているばかりで、そういう方向にはびっくりするくらいに話が向かわなかった。
さすがにいたたまれなくなって俺が涙を堪えて無言でその場を去ってメアに泣きついていると、『ごめんなさい、アベル団長って結構図太いイメージあったので、そんなにヤワだとは思わなくて……えっと、半分くらい冗談のつもりだったんですが……』と割と本気で後で謝られたが、残念ながらそれでもやっぱり俺について行きたいと言い出す団員は一人もいなかった。
「え、えっと……メアはっ! メアはずっと、アベルについていきますよ!」
「ありがとう。でも俺が今訊きたいのは、そういうことじゃないっていうか……」




