三話 ファージ領の猛者達②
「今の素人に毛が生えた程度のアンタ達じゃ、はっきり言って何の役にも立たないわよ。まともなのは、副団長のリノアさんくらいね。他はもう、熟しながら覚えていくっていうレベルでさえないの。悪いけど、基礎の基礎からやり直してもらうわ」
ファージ領錬金術師団へと冷たい眼を向け、そう言い放ったのは、俺が連れて来たさすらいの錬金術師、アルタさんである。
今はファージ領錬金術師団の特別講師に入ってもらっている。
アルタは木箱の上に座りって足を組み、自身の橙の巻き髪を指先で弄りながら、溜め息を吐いた。
対する錬金術師団のメンバー達は、キツ目に言われたのにも関わらず反抗の意思はなく、「はい!」と威勢のいい返事を返してやる気をアピールしていた。
アルタは麻袋を取り出し、団員の一人へと投げた。
「その中には、赤い宝石が入ってるわ。小型のゴーレムコアよ。各自、私の書いたゴーレム入門書から要点を写して、各々にミニゴーレムの作成を始めてもらうわ。ゴーレムコア以外の材料については各自が代用できるものがないか考えながら、領内で掻き集めなさい。どうしても消化できない疑問点が出てきたら私に訊きなさい。完成までの期限は一週間だから」
「はい!」「任せてくださいアルタ先生!」
錬金術師団の団員達は、一斉にアルタのゴーレム入門書を囲み、各自の手記にメモを取っていく。
……俺が教えていたときとは、えらくモチベーションが違うな。
「アルタ先生めっちゃ優しいよな」
「てっきりアベル団長が連れて来たから、ヤバい人だと思ってけど……思いのほか、常識人でよかったわ」
「アベル団長と替わってくれねぇかな……。このままあの人が団長やってたら、その内死人が出るぞ……。ラルク様は恩があるから、下手に替えられないんだろうけど」
写本していた団員達が、口々に俺の愚痴を溢す。
き、聞こえているんだけどな。もう聞かせてやれの勢いで喋っている様にさえ見える。
「……アンタの弟子って聞いてたから正直怖かったんだけど、ほとんど一般人ね。ただ難題投げられてもせっせと取り組む辺り、根性だけはあるみたいだけど」
さすらいの錬金術師アルタ。
無論、その正体は、俺と収集家の戦いの余波で住まいの塔が全壊した、魔女アルタミアである。
アルタミアが引きこもっていたのは落ち着いて魔術の研究がしたいから、という意味合いが強かったらしく、塔内に保管されている研究成果がすべてオジャンになったのを機に、外に出る決心がついたようだった。
王家への反逆で封印されたことになっているので、本当はあまり堂々と歩き回れる立場ではないのだが、本物のアルタミアはハイエルフが連れ去ったことになっているので、ここへ捜査の手が入るようなこともまずないだろう。
百年の間にアルタミアの容貌や特徴も、すっかり伝承レベルのものになってしまっている。
アルタミアを描いたとされる絵がファージ領にも数種類あるが、どれも本人とは微妙に異なる。
魔女というネガティブなイメージが強く残っているようだ。
「アベル……教えるの、あんまり得意じゃないんですよ。きっとさっきの指示も、アベルが出していたらノルマは日に十個、わからない部分があったらもう一度書物を見返せ、全部あそこにちゃんと書いてある、でしたよ。最初の頃は、時間短縮のために三日分のスケジュールを一日で詰め込まれた団員が、一週間倒れたなんてこともありましたし」
俺が答える前に、メアがアルタミアへと言った。
それを聞いたアルタミアが、俺へと軽蔑の目を向ける。
「……私も感覚型だから教えるのはあんまり向いてないつもりだったけど、そこまで行ったらもう病気ね」
そ、そこまで言わなくても……。
俺だって、錬金術師団を使ってやりたいことが色々とあったのだ。
だが、今のペースでは、俺の理想に近づくまでに二十年以上掛かってしまう。
それでは駄目なんだ。いや、駄目じゃないけど、嫌なんだ。
三年後には全員アルタミア程度にはなってもらわないと困る。
「収集家が言っていたわよ。アイツ、ちょっとサイコパス入ってるって」
「あ、あの人は人のこと言えないだろ」
やっぱり収集家は俺のことをまだ恨んでいそうだ。
……勝負の結果だし、しょうがないと思うんだけどな。
俺だってできるだけ壊したくはなかったが、向こうが宝具を全部吐き出しながら戦ってきていたのだから、ああするしかなかったのだ。
それにちょっと価値が規格外すぎて、俺も責任の取りようがない。
「大神宝典だけでも返してあげたらどう? あっちは先に回収していたから、無事だったのでしょう?」
「え!? い、いや……あれは俺が、正当な勝負の結果としてもらったものだし……それに返してくれなんて、一言も言われてないし……!」
俺が解読していたら、遠目から物悲しそうに収集家がこっちを見つめていることはあったが。
「アンタ……そういうところよ……」
アルタミアが呆れた様に溜め息を吐く。
写本を進めている錬金術師団の様子をちらりと目で見た後、そう言えば、と続ける。
「収集家は、本人の態度や振る舞いからその人の世界への影響力を推し量れるらしいのよ。そのことは聞いたかしら?」
「ああ、確か、そんなことを……」
オーラ、などと言っていたか。
収集家の見立てに拠れば、俺のオーラは無に等しかったそうだが……。
「要するに、振る舞いや言動を類型に当てはめて、相手が過去にどんなことをやってきたかを探って、格を見抜いてるんでしょうね。それなりに経験豊富な人は、朧気ながらに自然とやっていることでしょう。長く生きてきて、大物と触れ合う機会にも恵まれていた収集家の眼は、一般的なそれよりも精度が段違いというだけで」
なるほど。
収集家の言い方が抽象的だったのでフワフワした超能力のような印象を受けてよくわからなかったが、そう聞けば納得がいく。
「『ドラゴンがフォーグ踏みつけてもそら実感湧かんだろうな』って、酔っぱらいながら愚痴ってたわよ」
「あ、あの人、そんなふうに俺を見てたのか……」




