二話 ファージ領の猛者達①
俺はメアと二人で、ファージ領内にある酒場、『小人の隠れ家』を訪れていた。
とはいえ食事を取りに来たわけではない。
俺達は店の外側に立ち、窓を覗き込んで中の様子を盗み見していた。
メアが窓の両手を付けながらぽつりと呟く。
「……あの人、今日もいますよ」
「……みたいだな」
酒場のカウンターの奥にて、黙々と酒を飲み続ける男の姿があった。
がっしりとした身体に、左右に分かれた紫紺と白の髪。
顔を真っ赤にし、時折思い出したようにわっと涙を流しては、それを掻き消すかのように酒を煽るその男は、伝説の冒険者、収集家に他ならない。
俺達は収集家の観察に来たのだ。
なんとなく可哀想だったのでファージ領まで連れてきてしまったが、今の収集家はどうにも不安定なように見える。
もう宝具も武器もないとはいえ、収集家の力は一般人とは比べ物にならない。
もしも突発的に暴れ出す様な事があれば大惨事に繋がりかねない。
そのため俺は収集家に不審な言動がないか、しばらくの間は確認することにしていた。
「お客さん……毎日毎日、昼から夜遅くまで、勘弁してくださいよ。お金だって、まともに持っていないのでしょう?」
料理を運んできたエプロン姿の女店員が、哀れみの篭った目で収集家を見る。
収集家は彼女の言葉に機嫌を悪くしたらしく、カウンターに握り拳を叩きつけて立ち上がる。
「金だと! ふざけるな! 我を誰だと思っておる! 我はなぁ、我はなぁ! 伝説の冒険者なのだぞ! ついこの間までは、酒代どころか、この国にあるものすべてを買っても釣りが出るほどの資産を持っておったのだ! ついこの間までは!」
も、もう諦めろよ……。
まだ未練たっぷりじゃないか。
お前の資産なら、カオスさんが呑み込んで粒子単位に分解して異次元に送り飛ばしてしまったんだよ。
泣こうが笑おうが怒ろうが、もう返っては来ないんだよ。
「……伝説の冒険者でも伝説の資産家でもなんでもいいですけど、だったらたまには自分のお金で払ってくださいよ。冒険者支援所、人手がちょっと足りてないそうですよ。そんなに体格はいいんですから……何かしら、できることとかあるでしょう。なんなら私から口利きしますし……」
「今更この我に、チンケな日雇労働に精を出し、小金を稼げと言うのか貴様は! この我になんたる無礼だ小娘!」
収集家は怒りを露にして店員へと詰め寄るが、店員に怯える様子はなく、呆れた様に溜め息を吐いているばかりである。
完全に信じられていない。
ただの性質の悪いゴロツキ扱いされている。
「今、ファージ領の冒険者支援所で、特殊な登録証を配っているんですよ。なんでも、登録者の魔力と筋力を数値化してくれるとか……。この領地を救った凄腕の錬金術師が考案したものなんですけど、興味でてきたりしません? 登録だけでもしてみませんか? そのまま働く気になったり……」
「ハッ! どこの凡俗か知らんが、凄腕の錬金術師とは大きく出たものだな! 魔力の数値化だと? そんなものができたら苦労はせんわ。子供騙しと相場が知れておる。そもそもここに伝説の錬金術師が来ているというのに、そんなことも知らずに幅を利かせている間抜けがおるとは笑い話にしかならんな」
「せ、せっかく人が善意で……!」
気を遣っているのにまったく取り合わない収集家に対し、店員が苛立ちを露わにしていた。
「いいのいいの、エーラちゃん。シュウさんの分のお金は、私が払うんだから」
収集家の傍らに座る、金髪の女の人が店員へと笑いかけ、収集家を手招きして席へと戻させる。
彼女の名前はイリス。
唯一収集家をシュウさんと呼んでも、本人から咎められない人である。
元々はアッシムの街の商会に加入している商人だったそうだ。
ただ、ファージ領の物価調査を商会から頼まれてこちらへ訪れた際にナルガルン騒動に巻き込まれて帰れなくなり、そのまますっかり領地に馴染んでしまい、ナルガルンが討伐された今でもこの地に残っているそうだ。
おっとりとした雰囲気の人だが、見かけによらず若くして商会内でも信頼も厚く、それなりにお金は溜め込んでいたらしい。
ファージ領に持ってきていたのはごくごく一部だというが、彼女が金銭に不自由している様子は一切ない。
「シュウさん、凄い冒険者だったものね。すっごく苦労してたのだもの、今はちょっと、人生の長めの休暇ってだけよ、ね?」
イリスが収集家へと優し気に声を掛ける。
イリスもアッシムの街を拠点にしていた頃はかなり根を詰めて働いていたそうなので、疲れ果てている様子の収集家に何か共感するところがあるのかもしれない。
「イリスはよくわかっておるではないか! 気に入ったぞ、我がその気になったときには、建て替えていた酒代を一万倍にして返してやろうではないか! 我は嘘は吐かぬ。せいぜい、帳簿につけておくことだな」
「ほら、エーラちゃん。シュウさんもそう言っているでしょう?」
それ、永遠にその気にならない奴だぞ。
「しゅ、収集家さんが幸せそうで何よりです……」
メアが半ば諦めたように言う。
「伝説の冒険者さん、完全にただのヒモになってるぞ。いいのか、アレ」
収集家はファージ領に来て以来、ずっとこんな調子である。
最初の日は収集家のただならぬ様子に同情した店員のエーラが自主的に収集家の食事代を立て替えたそうだが、それが当然の様に三日続いたため一度店を追い出された前科を持っている。
周囲からは、何か悲しいことがあって酒に溺れた、妄想癖のある元冒険者のゴロツキとして認識されている。
たまに酒場で酔っ払いに馬鹿にされては割と本気でキレているようだが、暴力に訴えたことはないので、さして問題へと発展したことはない。
収集家の魔女の塔での気分屋で短気な振る舞いを知っている俺としては、『見掛け倒し野郎』だのとからかっている酔っぱらいを見る度、気が気ではない。
こっちがハラハラする。
ただ収集家は若返ってから見てくれはいいので、酒場の隅で悲し気にしているだけでなんとなく絵になる。
そのためか、話相手と寄生先には困っていないようだ。
お前……そんなことのために、アムリタ三杯飲み干したのか?
そろそろエルフが怒鳴り込んでくるぞ。
「まぁ……この調子なら、問題なさそう……あっ」
唐突に収集家がこちらを振り返ったため、目が合った。
俺が愛想笑いをすると、収集家が大きく目を見開いて睨みつけてくる。
俺はメアの手を引いて、素早くその場を逃げ去った。




