四十七話 収集家⑱
収集家が宙を蹴って飛び上がる。
収集家を覆う黒い光が形を変え、竜を象ったような形状になり、収集家の肩の先から大きな光の翼を広げる。
収集家の身体が、空中で完全に固定された。
収集家の姿が、左右前後に何重にもブレた。
その瞬間、オーテムとラピデス・ソードが、俺と収集家の間へと動いた。
「えっ……」
「五連バハムートロア!」
五つの青い巨大な斬撃が、俺の立つクリスタルの足場にいくつもの罅を入れた。
辛うじて俺に直撃するはずだった斬撃は、ラピデス・ソードが刃で受け止め、弾かれされそうになったのを反対側から世界樹のオーテムが身体で抑えた。
防ぎきれはしたが、ラピデス・ソードの刃がボロボロになって朽ち果てた。
い、今、攻撃されたのか!?
動きがまったくわからなかった。
ラピデス・ソードの形状を変化させ……ついでに、防御用ヒディム・マギメタルを常備しておく必要がありそうだ。
「フハハハハハ! 素晴らしい、素晴らしい力であるぞ! だが、貴様を倒すのには遠距離攻撃では足りぬと見た! 本気で防げ、次で決めてくれる!」
収集家を覆う黒い魔力の鎧が一層と強くなり、収集家の身体が更に上空へと浮かんでいく。
……近接で来ると言いつつ、距離を取るのか?
いや、違う。これは、勢いをつけるために離れて行ったのだろう。
一気に急降下してきて、俺を仕留めるつもりだろう。
魔力の乗った斬撃だけでこの威力だ。
あんなに馬鹿みたいに距離を取って直接自戒剣を叩きつけてきたら、このクリスタルの足場そのものが消し飛びかねない。
どうにかカウンターで対処したいところだが……俺の手持ちの中で一番瞬間火力があるのは、リーヴァイの槍だ。
だが、この空間では、通常の転移の魔術は使えない……。
アルタミアが干渉できるのは、この空間についての研究を行い、専門の魔術を開発しているからだろう。
収集家の『暴食竜の道具袋』は内側に亜空間を作るものなのでこの制限には掛かっていないだろう。
心許ないが、落下してきた収集家にアベル球を叩き込みつつ、ヒディム・マギメタルを駆使して足場を作り、攻撃を回避するしかない。
アレにどの程度ダメージが通るのかはまったく予測できないが、時間を稼いでいれば、いつかはアムリタの効能が切れて、自戒剣の反動に堪えられなくなる時が来るはずだ。
「あれ……?」
脳裏に、手のひらを高速回転させているリーヴァイの姿が過った。
『な、なぜ!? その薄っぺらい結界のせいだというのか!? 槍の力は、他の如何なる魔法干渉よりも優先されるのではなかったのか! 余の手に戻れ!』
槍の力は、如何なる魔法干渉よりも優先される。
それが本当ならば、特異次元においても効果を発揮するのではないだろうか。
一度俺の結界で妨害できたので信憑性は薄いが……やってみるだけの価値はある。
俺は腕を宙に掲げ、手の甲のリーヴァイの槍の召喚紋に魔力を込める。
召喚紋が輝き出すが、強い反発力を感じ、槍は現れなかった。重ねて魔力を込めると、空間の遠くで渦を巻く光――カオスの渦が一層と深くなり、歪になっていく。
あれ……いける?
「ふんっ」
強めに魔力を込めると、空間全体に大きな謎の罅が入り、俺の目前に蒼く輝く巨大な聖槍、リーヴァイの槍が浮かんだ。
「なんだできるじゃないか」
リーヴァイの槍の召喚紋は通常の召喚紋とも異なる。
基本的に召喚も転移も元を正せば同種の魔術であるが、リーヴァイの槍に限っていえば一概に通常の転移の魔術と同一とも言い難い。
規制には引っ掛からなかったのであろう。
後でまたアルタミアにしっかりとこの辺りを聞いてみよう。
「তুরপুন」
俺は続けてすぐさま呪文を詠唱して魔法陣を組み、ヒディム・マギメタル製の巨大な腕を作り、リーヴァイの槍を握らせた。
手の甲に魔力を込めると、連動してリーヴァイの槍が光り、輝きを放つ。
「行くぞ、アベル! 我は、我はこの一撃にて、神話の末端に名を刻むであろう!」
収集家の興奮した声が響いてくる。
そろそろきそうだな……。
こっち側で衝突されたら反動が酷そうだ。早めに放っておこう。
「それ」
俺が空に指を差せば、それに連動して魔金属の腕が動く。
リーヴァイの槍が、光の直線となって空へと射出された。
「真・バハムートロア!」
黒い光の塊……収集家が、空から勢いよく降下してくる。
それが、リーヴァイの槍の光と衝突した。
衝突点を境目に、空が黒に、俺の立つ地面が白に、塗りつぶされる。
凄まじい轟音と共に、空間にできた罅がどんどんと広がり、赤い液体が広がる。
その数を増していき、白と黒に混じり、空間内に赤が溢れて行った。
「……こ、この空間……壊れるような性質のものじゃないって聞いてたのに」
俺は眩さのあまり、腕で視界を覆いつつ、わずかに逸らして収集家の姿を目視した。
光の中で剣を突き出している収集家の姿が微かに見えた。収集家は槍の力の前に、ゆっくりと、されど確実に後退を強いられている。
自戒剣が対応する様に光を増していくが、それでもリーヴァイの槍の優位は変わらない。
それに自戒剣が輝きを増すのに比例し、収集家の身体が剣を握る腕を起点に白化し、皮膚そのものが崩れて行っているようであった。
「そ……それは!? なぜ、なぜリーヴァイの槍がここにある! なんだ、何が起きておるのだ!?」
収集家が悲鳴を上げつつ、じりじりと下がっていく。
「よ、よかった……どうにかなりそう……」
だが、絶対ではない。
ここから収集家が巻き返す可能性もなきにしもあらずだ。
まだ妙な魔法具を隠し持っていてもおかしくはない。
「二重詠唱を使うか」
俺は杖を振るい、魔法陣を浮かべる。
同時に、俺の傍らの世界樹のオーテムの目が輝き、俺の浮かべた魔法陣とほぼ同一のものを宙に浮かべた。
「শিখা এই হাত」
俺が呪文を唱えると、世界樹のオーテムの口ががくがくと動き、俺の声を真似て復唱する。
「শিখা এই হাত」
マーレン族の奥義、二重詠唱である。
オーテムコールと呼ばれることもあったそうだ。
これを使えば、複雑な集中力を要する魔術でも、楽に並行展開できる。
球状の結界で包み込んで炎を圧縮し、無尽蔵に魔力を継ぎ出していく。
多分これが最後だから魔力を出し惜しみする必要もないだろう。
収集家のあの様子では、ちょっとやそっとではロクなダメージになりそうにもない。
俺は中で槍と拮抗している収集家へと杖を向ける。
二つのアベル球が、収集家のがら空きの腹部へと放たれる。
「馬鹿なっ! 二杯のアムリタと自戒剣クゥドラルグによって得た、神にも等しき力が……! 答えろアベル! この槍をどこで……む?」
収集家は二つのアベル球を横目で捕らえた後、目に恐怖を浮かべて俺の方を睨んだ。
「ば、馬鹿か貴様は! それは駄目だろうが! 既に手一杯なのが、見てわからんのか! 今で充分だろうが!」
収集家の魔力の鎧を突き破り、二つのアベル球が収集家の身体を大きく抉る。
支えを失った自戒剣が、アルタミア空間の果てへと飛んでいく。そして邪魔するものがなくなったリーヴァイの槍が、まともに収集家の胸部を貫いた。
リーヴァイの槍はそのまま一直線に飛んでいき、やがて見えなくなった。
収集家の身体が、リーヴァイの槍に弾き落とされたように急落下して行った。
収集家の身体は完全に白化して彫刻の様に硬くなっていた。宙で分散し、いくつもの破片へと変わり、それが粉になって空間に漂う。
だが、頭部と肩、辛うじて腰が繋がっていた収集家の身体がだんだんと生身の色を取り戻していき、身体が再構築されていく。
「あ……生きてた……」
さすがアムリタの力だ。
とはいえ、アムリタの過剰生命力もついに尽きたのか、収集家はげっそりとした血の気のない顔をしていた。
だが収集家の身体は、空間の果て……カオスのたまり場へと落ちていく。
俺が杖を構えると、収集家は疲れ果てた顔で手でそれを制し、腕を振った。
そういえば収集家の魔法具の中に、鎖付きの刃を射出する剣があった。あれでこっちまで帰還するつもりだろう。
収集家は、何も持たない手を俺の方へと向けて、突き出した。
「ああ、我の、負けか……。約束は、守ろ……む?」
「……何やってるんですか?」
当然、収集家の身体は体勢を崩し、そのまま落下して行く。
しばらく収集家は呑気に自由落下に身を任せていたが、その後大慌てで腕を振り回し、もがき始めた。
「な、なぜだ!? なぜなのだ!? 『暴食竜の道具袋』が、発動せぬ!?」
「তুরপুন!」
俺は慌てて杖を振るい、ヒディム・マギメタル製の蔦を錬成して収集家の元へと垂らした。
もがく収集家の腕が金属蔦を掴み、収集家は息を荒くしながら手繰り寄せたそれにしがみつく。
「い、いったい、なぜ……。アムリタとクゥドラルグの反動で、魔力の調子が悪いのか……?」
それから下を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「アァァァァァァァアアッッ!?」
嘆きと驚きの入り混じった悲鳴を上げ、収集家の動きが完全に固まる。
呼吸すら忘れたのではないかというほど見事な制止であった。
俺は収集家の視線を追ってクリスタルの縁に立ち、下を眺める。
「あっ……」
収集家の下に、煌びやかな財宝がどんどんと落ち、カオスの渦に呑み込まれていくのが見えた。
黄金の剣や、王冠……それに紛れ、大して価値のなさそうなものに見える、地味なものもあった。
魔導書や何かの地図、厳めしいどこぞの王家のものらしき紋章が描かれた盾。
夥しい数の財宝が落ちていく。それに紛れ、刃の射出できる剣もあった。あったが、渦に呑み込まれ、すぐに消えて行った。
ふと、俺は槍に貫かれた収集家の姿を思い返す。
あのとき……自戒剣を手にした収集家の魔力と、リーヴァイの槍の魔力、それから二発のアベル球に挟まれた形になった『暴食竜の道具袋』に、穴が空いてしまったのではなかろうか。
それにあの後、収集家は一度心臓部を綺麗に抉り取られてから再生した。完全に切り離されていたのだ。
「も、もったいな……」
俺は下唇を噛みながら、カオスに吞まれて行く宝具を見つめていた。
最後の『暴食竜の道具袋』の断片も、恐らくあの中だろう。
収集家め、とんでもないことをしてくれた。
世界中の宝具を集めた後に、纏めてカオスの渦に不法投棄するとは。
これは世界規模の歴史的な損失だろう。
歴史書や魔導書も複数あったことを思うと、今この瞬間に永遠に解明不可能になってしまった過去の歴史や魔術がいくつもあるはずだ。
あまりにやるせない。
だが……だが、俺よりも、収集家のショックの方が遥かに大きいだろう。
責めるのは酷だ。
ここはひとまず、慰めるのが先だろう。
「だ、大丈夫ですか、収集家さん? でも、ほら……収集家さんが求めていたのは、宝具じゃなくて、達成感だったんですよね。だから、なんていうか、これからも頑張ってほしいっていうか……」
「我の、我の宝ァァァァアァッ! 我のだっ! 我のだぞッ!」
収集家は金属蔦を蹴って、カオスへと飛び降りて行った。
俺は慌てて金属蔦を操り、収集家の身体を巻き取った。
「落ち着いてください! 生きてりゃいいことありますって!」
カオスは意思のない現象である。現象相手に返せ戻せとほざいたところでしょうがない。
例え罵声を浴びせながら殴り掛かっていっても、身体が粉微塵になって別々の空間に送り飛ばされるだけである。
「止めるなぁぁアアアアァアアッ! 貴様にッ、貴様の様な奴にッ、何がわかる! アレは、アレは、我の、我のすべてであるぞ! 止めるなあアアアァァァツ!」
「飛び降りたって死ぬだけですから!」
「ならば殺せぇぇッ! 三百年掛けて、集めたのだぞ! おまけにッ! 世界全土見回しても、今落ちたものより価値のある宝具が、いくらあるか……ああ、あああぁあッ! 今更……今更……アムリタもなくなった今、せいぜい百年の命で、今失くした分を取り返せるものかッ! 殺せぇぇええッ!」
収集家の慟哭が響く中、最後の宝具である『百業の壺』が落ちていく。
内側から何かが必死に壺の内面を叩いている様で、ガン、ガンっと激しく揺れていたが、壺はびくともしない。
そのままカオスに吞まれ、消えて行った。
俺がどう慰めようかと考えていると、空間内の色がどんどんと変色していき、カオスの渦が強くなっていることに気が付いた。
空間の崩壊が本格的に始まってきている。
おまけに今までの戦いでクリスタルに入っていた亀裂が大きくなって割れ、端から順にカオスの海へと呑み込まれていく。
「や、やば……! 収集家さん! ここ、崩れますよ! 何か、何か対策を練らないと……とりあえず、上がってきてください!」
「殺せぇぇぇぇえぇぇェェェェェッ!」
駄目だ、話が通じない。
俺が慌てふためいていると、クリスタルの崩壊と共に、背後から物音が聞こえて来た。
振り返ると、アルタミアであった。
プルプルと肩を震わせ、目に涙を湛えて俺を睨んでいる。
「アルタミアさん! ちょうどよかっ……ブッ!」
アルタミアはそのまま俺の顔付近まで浮かび上がり、頬を思いっきりグーで殴り抜いた。
既に戦闘は終わったため、世界樹オーテムもラピデス・ソードもオフにしていたため、普通に殴られた。
そのまま倒れた俺のマウントを取って泣き叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁああっ! 何してくれたの!? アンタ、本当に何してくれたの!? うわぁぁぁああぁぁっ!」
「お、落ち着いてください! 何のことかはわかりませんが、後でいくらでも謝りますから、早く塔へ戻してください!」
「その塔なら! さっき次元の歪から漏れて来た魔力波で、跡形もなく崩れたところよ!」




